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セロファン菓子店 (1)

 射殺す日差しを身に受けるこの街の人間が、等しく俺みたいになればいい。
 アスファルトからせり上がってくる熱気はこんなに暴力的なのに、朝の通勤のためスーツ姿や化粧で武装している中年男や女どもは、みな二足歩行で前を向いて歩いている。忌々しい。中途半端に生え散らかしているビルから垣間見える空は、晴天。ガキの頃図工で使ったセロファンみたいに透き通った青だ。偽物じみた爽快さ。反吐がでる。

 俺は閉店したままの菓子店のシャッターを蹴り上げた。
 衝撃で、ただでさえ錆びついたシャッターの塗装が、ざりざりと地面に落ちた。砂糖のコーティングみたいなそれをさらに踏み付け、舌打ちをする。絶対、逃がさねえからな。
 昨晩、ここの女と寝た。
 そういうと語弊があるが、正真正銘、文字通り、寝ただけだ。
 ふらっと入ったショットバーで、俺の隣に座ったその細身の女は、ゆるやかに髪をかきあげ、嫣然と目を細めた。

「うちにこない?」

 そういって差し出してきたのは、掌に収まる大きさの長方形の紙。
 名刺かと思えば、女の名前は一切書かれてなくて、店の名前と住所、営業時間のみ。
 ショップカードなら電話番号かホームページアドレスくらい載せろ。営業時間に目を這わせ、納得する。ああ、なるほどね。下卑た感情が声に乗る。

「菓子店って、なんつーか、そういう比喩表現?」

 営業時間は、0時~3時となっていた。
 妙な営業時間だ。夜中の二時間しか営業しない、菓子店。
 こういう店で見知らぬ男に前触れなしに、ショップカード渡して、そう声かけてくるなら、間違いなく水商売だろうと思ったのだが、女は涼やかにいなす。

「そういうのじゃなくて、真面目にお菓子売ってるの。おにいさんのお口には合わないかもだけど」
「へえ、本当に菓子店なんだ。この住所の辺りって飲屋街近かったっけ?」

 夜の街なら、深夜に菓子店を営んでいても客はいるかもしれない。商売してる女の手土産に丁度いいと、普段買いもしない甘味に金を払う男はいるだろう。
 水商売にしても微妙な営業時間なので、ニッチな需要に応えた、女の言葉そのままの意味での菓子店という可能性もあるにはある。

「いや、繁華街からは少し離れてる。でも夜はちょっとさわがしいかもね」

 女の唇はやけに赤く、ショットバーの薄暗さによって存分に艶かしい。

「おにいさん、うちの店の中で立っているだけの簡単なお仕事、してみない?」

 女の容姿自体は悪くはないが、言ってくる内容は不味い。

「なんだそれ。店に危ないヤツでも来るのか」
「ごく稀に。サービス業ってどこもそんなものじゃない?」
「俺に黒服みてえなことしろって?」
「お菓子屋さんで、喪服みたいな黒い格好でつっ立たれても、普通のお客さんがびっくりするから、今の服でいい。店の中もそんなに広くはないし、すみっこで立っててくれるだけで十分なの」

 黒服ってのは喪服って意味で言ってんじゃねえよ。わざとはぐらかしてんのか。
 眉間に皺を寄せ、女を見る。女は店の常連なのか、店主に目線を送り、店主はシェイカーを振り出す。

「たまにうちの商品食べて、手をつけられなくなりそうなのがいるの。おにいさんが店にいるだけで、なんとかなりそうだと思って」
「は、なに? もしかして、菓子ってヤバい薬とかって意味?」

 単刀直入に聞く。女は笑った。

「だから、売ってるのはお菓子。薬でも女でもないの」

 一度来てくれたらわかるんだけど、そう女は独り言ちて、店主の出したマティーニを口にした。

「薬みたいな形の菓子は作ったことあるし、店にかわいい女の子はいる。でも残念ながら、今は薬みたいな形の菓子はやってないし、女の子は売り物じゃない」

 酒を置いて、女は俺を見た。

「ね、ちょっとは興味でた?」
「いや。変わってるとは思うけど」
「変わってるってのは言われ慣れてる。店も、お菓子も、私も」
 
 身を捩り、俺との距離を縮める。

「でも、おにいさんも変わってるって言われない?」

 女は俺の腕に触れた。女の手は生ぬるい。細長い指で、俺の左腕の輪郭を執拗に確かめている。

「言われない。俺は遠慮しとく。もっと他の頭ゆるい男ひっかけてろよ」
「振られちゃったかー。私、おにいさんがいいんだけど」

 ぱっと、腕から離れて、女は苦笑した。

「そりゃどうも」
「せっかくだからお店には来てね? 私は常にはいないけど、お菓子とかわいい店長はいるから」
「覚えてはおく」
「ありがと。私、またおにいさんに会えるの楽しみにしてる」
「次がありゃいいな」
「あるよ。だって、おにいさん時間有り余ってるでしょ? いつ終わるかわかんない暇をつぶすのに困ってるなら、さっきの件、考えといてね」

 頼んだマリブサーフの青さが、気付くと澱んだように見えて、俺は口をつけずに手に取ったロンググラスを置いた。
 女にも酒にも気味悪くて手をつけなかった俺の行動は、正しかったはずだ。
 なのに、目覚めると身体は床に転がっていて、ショップカードの裏に達筆な字で置き手紙。

『借ります。次お会いする際にお返し致します。
         菓子店 ランカンシエル』

 夜、女が触れていた俺の左腕が、ごっそり丸ごとなくなっていた。

#小説 #短編 #セロファン #飴 #菓子 #おばけ #ファンタジー

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