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人に頼れないのはなぜか

私は人に何かを頼るのが苦手だ。
小さい時は何でも親に頼ったはずなのに、いつの間にか親にも頼らなくなっていた。
いつからそうなった?と自問自答してみる。
おそらく、私が中学生くらいの時には親にも周りにも頼らなくなっていたと思う。
なぜ人に頼らなくなったのか?
明確な原因はわからなかった。

最近、久しぶりに母と二人で過ごした時間があった。
その時に子どもの頃の嫌な感覚を思い出した。
私の母は、とにかくため息をつく人間だった。
しかも「はぁー」と声に出すくらい大きいため息をつくのである。
人のため息というのは、なぜこんなにも不快なのだろうか。
まるで「私は苦労しているんです、私は疲れているんです」と主張されているような気分になる。
「子どもの頃からこのため息が嫌いだったな」と少し懐かしく感じた。
私があまり実家に帰りたくなかった理由の1つでもあった。

母は無意識にため息しているのだろうが、良い癖ではないことは明らかだ。
私も大人になったので、ため息の癖について母に指摘してみた。
やはり母は「そう?」と言って、ピンときていない様子だった。
しかし、その後も母のため息は続いた。
その度に指摘したのだが「癖なんだよ」と言い、やめようとしなかった。
いくら私が指摘しても母はやめる気配がなかったので、ついには指摘することをやめた。

母の悪い癖は他にもある。
それは、返答のほとんどが否定から入ることだ。
例えば転職先について相談すると、
私「介護業界に就職しようかな」
→母「給料安いし厳しいでしょ」
私「タクシー運転手になろうかな」
→母「深夜まで働かなきゃいけないから大変だよ」
私「起業して個人事業主になろうかな」
→母「経費の計算とかできないでしょ」
といった具合だ。

このやり取りでたちが悪いのは、母は介護のこともタクシーのことも個人事業主のことも何も知らない素人であり、調べることもなく否定していることだ。
今思えば、母は昔からそうだった。
子どもの頃から何もかも否定されてきた。
乗りたかったバイクも、やってみたかった格闘技も全部ダメと言われ続けてきた。
その反動で社会人になってから全部やることとなった。

今はインターネットや書籍から情報を得られるので、多様な生き方を学ぶことができる。
しかし、それらがなかった子どもの頃の私は、色々な可能性を潰されてきたように思う。
自分のやりたいことではなく、親が納得することしかできなかった。
おそらく母は、自分自身の「普通」を私に押し付けていたのだと思う。
バイクも乗らない、格闘技もしない普通の学生で、普通の会社員になって欲しかったのだろう。
でも母の普通とは何か、私は未だに把握できていない。

この間、母と出かけた時に美味しそうな惣菜屋を見つけた。
私が惣菜を購入しようとすると「電車の中が臭くなるでしょ」と否定してきたので購入を断念した。
すると母は、電車に乗る直前で「そういえば、あの惣菜買わなくていいの?」と言ってきた。
私は耳を疑った。
しかし、数秒後には「この否定する癖も無意識なんだ」と気が付いた。
悪意がないところが絶妙に気分が悪かった。

母がため息ばかりつくことや、否定ばかりするのはなぜだろうか。
元の性格もあるだろうが、もしかしたら原因は父にあるかもしれない。
父はいわゆる亭主関白だった。
一番風呂に入れないと怒鳴りだす、自分の好きな料理じゃないと文句を言って食べない、家族で見るテレビも常に父が決めるといった具合だ。
私が食べ物で好き嫌いをした時、父に殴られご飯抜きとなったことがあったが、理解ができなかった。
なぜ父に許されて私に許されないのかと。
そして、それらの行動に黙って従う母も理解できなかった。

一度、母に「なんでお父さんが一番最初にお風呂に入らないと怒るの?」と聞いたことがあったが、母は「それが普通だから」と答えた。
昔はそれが普通だったのか?
どの家庭でもそうだったのか疑問が残る。
私が父に殴られているのを止めなかったのも、普通だったのだろうか。
今度、いじわるで聞いてみようか。

そんな両親も私が中学生の頃に私の前で大喧嘩していたことがあった。
子どもながらに気まずくて、触れないようにしていた。
しかし先日、そのことをふと思い出したので、思い切って母に聞いてみた。
すると「それはお父さんの三回目の不倫が発覚した時だね」と平然と答えた。
もう少しくだらないことだと思っていたが、三回目の不倫というのは衝撃的だった。
しかも父は、60歳を過ぎた現在も不倫を疑うような不審な行動が多いとのことで、母は既に諦めているとのことだった。

もはや父は亭主関白ではなく、ただのワガママな人だったのかもしれない。
そんなことを考えていると、一つの仮説が生まれた。
それは、「父のワガママに対して我慢する母=
周りにため息と否定を撒き散らす母」という仮説だ。
あながち間違いでないような気もする。
母は加害者であると同時に被害者でもあったのかもしれない。
とはいえ、それに共感することはない。
そして、理不尽な普通に囲まれて育ったのが私だ。
なんとなく、自分が人に頼れなくなった理由がわかった気がする。
いや、正確には「人に頼らなくなった」と言った方が良いだろう。

どちらにせよ、私は両親のようになりたくない。
しかし、やはり遺伝というのは怖いもので似てしまっている部分もある。
私は怒った時、父のように怒鳴ってしまう癖がついてしまった。
また、「自分が我慢すれば良いんだ」という自己犠牲の精神みたいなものは、母から受け継いでしまったのだと思う。
これは私の無意識だった。
妻は私のことをどう思っていたのだろうか。
同じような思いをさせてしまっていたのなら申し訳ない。

結局、自分が何を言いたいのかわからない。
今後の改善策も思いつかない。
気が付いている方もいるかもしれないが、今回の記事は私の愚痴である。
ここまで読んでくれた方に感謝したい。
皆さんも親の悪い部分や思い込みなどがあれば、解放された方が良いと思う。

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