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藍宇江魚 短編集

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藍宇江魚の短編集です。 ここには、noteで公開した10000字くらいまでの作品を収めました。 ジャンルはフリー。 小説、エッセイです。 ヨロシクお願い致します。 ちなみにヘッダ…
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2021年5月の記事一覧

黒と白

 寝室の姿見鏡に映る自分を見ながら哲司は顔をしかめた。 「喪服に白いマスクはなぁ…」  独立前に勤めていた会社で入社以来世話になった上司にして、自分の会社の主要取引先の社長が急逝し、その日の午後に社葬が執り行われる。 「社葬だろ。マスクは黒の方が…」 「パパ。何してるの」  妻の早苗が苛立ち気味に寝室を覗きながら言った。 「社葬に白いマスク。まずくないか?」  早苗はあきれ気味に言った。 「もう。直ぐ出ないと式に間に合いませんよッ」           *  コロナとはいえ社

カップルたちの『あ』『そ』『こ』

      もう直ぐ金婚式の二人の『あ』れ 「あれ。どこ?」 「あれ?」 「あれだよ」 「あれのこと?」 「あれ」 「あれね」 「あれじゃない」 「あれ、じゃないの?」 「あれだって。あれッ」 「あれって…」 「あれなんだけどなぁ」 「あれあれって…」 「あれですよ…」 「あ…、あれ?」 「あれっ」 「あれね。はいはい」       肉特売場付近での夫婦の『そ』れ 「それ安いなぁ…」 「それ要らない」 「それとか?」 「それも要らない」 「それッ」 「それ入れない」 「それ

What is it ?

 夜空を彩る花火を居間で眺める二人。  竜は、渉に言った。 「なぁ。俺たち。もう別れよう…」 「えっ。どうして?」 「俺。自分の子供が欲しくなった」  その夜のフィナーレを飾る大輪の花火が二人の前でパッと、一際派手に散った。           *  猛烈な台風の朝。  渉は、最近付き合い始めた彼氏の翔とベッドの中で話している。 「ゲイで子供欲しいかぁ…」 「そう言われるとね。別れる以外ないし」 「それで荒れてたんだ」 「うん。でも、どん底で翔に救われた」  二人、苦笑。 「

縁側から見える枇杷の生垣

 今年も、隣家との生垣で植えている枇杷にたくさんの実が生った。  征子がそれを収穫していた時、足元に落ちている枇杷の種に気づいた。  彼女はしゃがむと、その種を愛しむように指先で撫でた。           *  庭を散歩している征子の足元に、枇杷の種がポトリ降り落ちて転がった。  …建造め。また、うちの枇杷の実を…  垣根越しに隣の庭を覗くと、征子の幼馴染の建造が枇杷の実をムシャムシャ食べている。  彼を見るなり、征子は大声で怒鳴った。         「こらッ。う