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遠巻きの寛容

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藍宇江魚のファースト連載小説です。 『遠巻きの寛容』No.1~No.6 お楽しみ頂ければ思います。 ヨロシクお願い致します
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#連載小説

遠巻きの寛容(第2回「虚実」)

     虚実 「桜井」  祐平は開斗を押し離した。 「セクハラだぞ」 「俺、本気ですよ」 「わかった。だが、今夜は帰って寝ろ」 「祐平」 「編集長だ」      *  午前5時前。  ホテルの自室で目覚めた祐平はベッドを出て窓の外を眺めた。 彼の目に蒼白い都会が酷く生彩を欠いて映った。  …祐平。好きです…  脳裏を過る、開斗の声。  …あの時にどこか似ている…  彼は、そう感じて少し途方に暮れる。      *  編集会議の後、開斗は会議室を出ようとする祐平を呼び止め

遠巻きの寛容 第5回「寛容」

      寛容  会場に読経の声が響く。  祐平は、遺影で微笑む寛人に自分の知らない別人の彼を感じる。  …寛人。お前、本当に死んだのかよ…  祐平の心の問いに答えはなく、葬儀社の会場係の声が彼の耳に届いた。 「御親族の皆様。ご焼香を順番にお願い致します」  焼香台の前に立つ親族たちの背中で寛人の遺影が見えなくなった。       * 「御親族の皆様。ご焼香を順番にお願い致します」 それまで床に視線を落として喪主席に座っていた開斗だが、葬儀員の声で顔を上げた。  彼の視

遠巻きの寛容(第4回「告白」)

      告白  体調不良を理由に長期休暇を取った開斗が出社をしなくなると、祐平に対する妙な噂話が社内で一気に広がり始めた。  そんな矢先のある日、祐平は若杉と飲んだ。 「島村と連絡は?」 「休暇届けのメールが最後です」 「メールってお前、一緒に暮らしてるだろう」 「彼とは別れました」 「いつ?」 「先週末です」  祐平、若杉をジッと見つめる。 「何だ?」 「ご存知だったんですか?」 「何が?」 「彼が寛人の息子だと」  若杉、少し間を置いて頷く。 「いつ頃からです?」

遠巻きの寛容(第1回「理由」)

    理由  1990年3月7日、水曜日。曇天。  神保町、時刻観書店。  仕事で必要な本を探しあぐねた桜井祐平は、近くの若い男性店員に声を掛けた。 「はい。何か?」 「この本、あります?」  祐平、メモ書きを彼に渡した。 「少々お待ち下さい」  彼はすぐ戻ってきた。 「こちらですか?」 「そう」 「良かったです」 「でも、どこに?」 「本探しの達人ですから」 「探すのを手伝ってもらおうかな」 「喜んで」  名札に清水寛人とあった。 「シミズヒロトさん?」  苦笑し、彼は