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真っ赤な嘘とほんとの境目

昨年の12月頃、直木賞候補作として書店のいちばん目立つところに平積みされていたのをよく憶えている。妖しいモノクロの表紙に半分消えかかったヒゲおじさんの写真。教科書か参考書で見かけたことのある写真の人、誰だっけ?、ブラームス?ドストエフスキー?、いやいや、ちゃんと帯に「マルクスは消失する」と書いてあるじゃないか。

小川哲著『嘘と正典』である。

書影は以前から見かけていたが、SFに対する苦手意識からすぐには手が伸びなかった。

「#読書の秋2020」課題図書をきっかけに読んだ『ユートロニカのこちら側』がたいへん面白くて、直ちに入手した。

実在の事物を題材にしながら、すこし空想を混ぜ込んでいる。私のような堅物でもとっつきやすいソフトSFである。そして、根底にはしっかりした哲学的基礎が感じられるのだ。

手塚治虫の作品、例えば「火の鳥」あたりに通じるような、知的で奥深さを感じる心地よさがある。


頭から読みすすめながら、「時間」がゆるやかなテーマになっていることは理解できた。帯のとおり「歴史」と「時間」についての作品集である。もう一つ加えるなら「世代」かな。「歴史」+「時間」=「世代」と言う図式になるかもしれない。

それぞれの話は面白いが、『ユートロニカ』のような連作ではなく、正直言って、別々の小品を寄せ集めたような印象だった。

しかし、最後の中編『嘘と正典』を読み終えたあと、全く印象が変わった。

全ての話が有機的に繋がっているように感じられたのだ。ちょっと不思議な感覚である。特に『嘘と正典』が最初の『魔術師』に循環していくように感じたのは、考えすぎだろうか。


私は手汗がすごいので、表紙は外して読む派だ。表紙を外したら本体は赤かった。厳かな正典の裏側に「真っ赤な嘘」が潜んでいるという暗示なのか?! 正しい歴史とは何なのか? 「正典」はわかったけど「嘘」ってもしかして?

いろんな仕掛け、くわしく語られていない設定がありそうで、その部分を読み解くのが楽しい。よくできたRPGはストーリーをクリアした後に、別の視点でのやりこみ要素がある。読了後に、それぞれの短編をもういちど巡って細かいディテールを考えながら楽めるような、そんなところがある。


さて、疑い出すとキリがない。

改めて表紙をみつめると、題名のフォントが変わっている。著者名の部分は普通の明朝体のようだが、タイトルはかなり奇妙だ。横線が異様に細く、右端の留めがきっちりした▲とヘンである。特に「典」の中央部が塗りつぶしてあるのは何の意味があるのだろうか、これが気になって仕方がない。何かの暗号?電極? 


満喫しました。いちファンを宣言いたします。