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【世界のメガ・イベントに終止符を】万博の歴史から紐解く 釜ヶ崎労働者らの人柱化と「浄化」という名の排除/神戸大学准教授・原口 剛

神戸大学准教授 原口 剛

 膨張しつづける予算、汚染まみれの人工島、ずさんな計画。これらの実態が明るみにされることで、大阪・関西万博への批判の声は急速にひろがりつつある。歓迎すべき状況であることは間違いない。それだけに、私たちの課題も明らかだ。
 問われているのは、「開催できない」状況をこえ、いかに私たちの手で万博を終わらせることができるかだ。そのプロジェクトは、近現代を貫く万博の歴史の総体を覆すものでなければならないし、万博か五輪かの種別を問わず、地球上を食い尽くす全てのメガイベントの企ての阻止へ向かうものでなければならない。
 そのような拡がりを獲得するために大切なのは、様々な立場から、多様な論点を投げかけることだ。ここでは試しに、博覧会とは歴史的に因縁の深い釜ヶ崎の視点から、メガイベントの暴力を明るみにしてみよう。キーワードは「人柱」と「浄化」だ。

70年万博突貫工事で多数死傷者

 釜ヶ崎の活動家だった平井正治は、第5回内国勧業博から1980年代のイベント・オリエンテッド・ポリシーにいたるまで、博覧会の暴力の歴史を見つめてきた。平井の自伝のなかで、70年万博直前に11人が生き埋めで死亡した尻無川水門事故について、以下のように述べている。「〔この突貫工事を〕下請けまかせで手抜き工事をやったのが原因で事故が起きた。機械で掘るわけにいかんし、潜水夫が入って、手探りで〔遺体を〕一人一人挙げるのに4日かかった。…ほんまに人柱ですわ(『無縁声声〔新版〕』藤原書店、2010年、242頁)。
 注目したいのは、この「人柱」という平井の言葉が、博覧会の暴力をずばりと言い当てていることだ。平井の記述によれば、この水門事故のほかにも、70年万博の会場造成工事だけで17人が死亡した。
 また開幕後も、70年4月8日に地下鉄天神橋筋六丁目の建設工事で、ガス爆発により死者79名、重軽傷者420名の犠牲を出した。こうして70年万博は、多くの「人柱」のうえに築かれたのだ。
 目の前の万博はどうか。前代未聞の「突貫工事」になることは、目に見えている。なにしろ万博協会は、労働者の残業規制を取り払うよう、政府に要請したほどだ。また、東京五輪下の新国立競技場や選手村建設のなか、過労死をふくむ3名の死亡者を生んだことも忘れてはならない。大阪・関西万博の「突貫工事」はまちがいなく、労働者の犠牲を求めるだろう。そうした犠牲を出さないための選択肢は中止しかない。

天六ガス爆発事故現場。
地下鉄工事の影響で地下ガス管の継手部分が抜け落ち、都市ガスが噴出、引火して大爆発した。
覆工板約1500枚と上に乗っていた人々が吹き飛ばされ、79名が死亡した。

都市を取り戻し 作り変えよう

 にもかかわらず大阪・関西万博は、「いのち輝く未来社会のデザイン」を謳う。注目すべきは、ほとんど同じフレーズが、1987年の天王寺博覧会ですでに掲げられていたことだ。そのスローガンは「いのちいきいき」だ。
 では「いのち」を掲げた87年の博覧会は、現実にはなにを帰結したか。会場とされた天王寺公園は、会期後に全面改造され、90年にはフェンスで囲われた有料公園へと姿を変えられた。その狙いは、公園から日雇い労働者や野宿生活者を追い払い、「イメージ向上」を図ることだったのである。
 すなわち博覧会の歴史とは、都市空間の浄化の歴史であった(「浄化」はジェントリフィケーションと読み替えてよい)。1903年の第5回内国勧業博の時代からすでにそうだ。目抜き通りの日本橋筋沿いには高い看板が設えられ、周囲に住まう貧民が天皇や欧米人の眼に触れぬよう隠ぺいされた。のみならず、博覧会を機に開発が勢いづくことで木賃宿街は解体され、貧民は追い払われた。
 この原初的な暴力は、いまなお継続し、ますます深刻化している。都心を「売り」にしようとする新自由主義的風潮のなか、「浄化」の暴力は、ヘイトをまき散らしながら暴走しているのだから。
 ここに挙げたことがらだけでも、万博に反対する根拠は十分かもしれないが、論点はまだ多数ある。気候変動や生物多様性が世界的課題となるなかで、海を埋めつづける愚かさ。万博・カジノとセットで進められる淀川左岸の掘削。さらにリニア中央新幹線を開通させようとする企み。向き合うべき暴力は、多岐にわたる。あらゆる角度からメガイベントの権力の暴力をあばき、総力を挙げて対抗していこう。その先にこそ、都市を取り戻し、私たちの手でつくりかえていくための道筋がようやく見えるはずだ。

(人民新聞 23年11月5日号掲載)

後編は以下より:
【続・万博反対論考】メガイベントへの〈対抗の世界地図〉を描き出すために/神戸大学准教授・原口 剛
https://note.com/jinminshinbun/n/n24b69242a1f6

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