見出し画像

【パワハラ】国立ハンセン病資料館で不当解雇 日本財団は事件を隠ぺい

差別の歴史を後世に伝える目的で、当事者の設立運動でできたハンセン病資料館で、パワハラ問題が起こっている。東京都東村山市にある国立ハンセン病資料館の元学芸員である、稲葉上道さんへの取材を通して、実態を明らかにする。(編集部 かわすみかずみ)

 国立ハンセン病資料館は、国立ハンセン病療養所多磨全生園に隣接し、療養所での入所者の暮らしや差別の実態を、展示などにより啓発する貴重な場所だ。1993年に「高松宮記念ハンセン病資料館」として開館し、2007年に厚生労働省の所管となった。
 稲葉さんは大学院で博物館学を学んだ後、02年から20年3月まで学芸員として勤務した。
 16年頃、稲葉さんに対する運営委員からの嫌がらせや侮辱行為が始まり、18年には成田稔館長による特定の職員へのパワハラやセクハラが日常化したという。19年の年始あいさつでは、館長が「気に食わない学芸員は自分のひと声で飛ばせる」旨の発言をした、と「ハンセン病資料館不当解雇学芸員を支援する会」のホームページにある。
 また、当時の事業部長などが、稲葉さんらを会議から排除したり、実際は稲葉さんらに責任のない展示ミスを、言いがかりをつけてミスをしたようにするなど、悪質な嫌がらせもあったという。
 稲葉さんら3人は、19年に国家公務員一般労働組合の国立ハンセン病資料館分会を立ち上げた。組合の支援の下、資料館の管理運営団体=日本財団との団体交渉を行った。

不当解雇された稲葉さん

 20年度末、管理運営団体が日本財団から笹川保健財団に変わるタイミングで、これまで行われなかった採用試験が突然行われた。その結果、稲葉さん含む2人の組合員が不採用になった。当時の「しんぶん赤旗」の記事によれば、採用試験について笹川保健財団は「回答しない。不採用はふたりのみではない」と回答。日本財団は「ハラスメントについては、調査した結果、ハラスメントの事実の存在は確認できなかった」と述べている。
 稲葉さんへの聞き取りでは、2人以外に非組合員がひとり不採用になったが、その人は元々「辞める」と意思表示しており、試験を受ける予定はなかった。だが、財団が試験を受けるように勧め、不採用になったという。
 単年度契約だったが、これまで自動的に契約更新されていたにも関わらず、突然採用試験を行った理由は何か? また、辞める予定の職員に試験を受けさせたのはなぜか?

東京都労働委員会での攻防

 20年3月、全国ハンセン病療養所入所者会協議会(以下、全療協)が、笹川保健財団と資料館に不採用の理由を質問した。これを皮切りに、当事者、国公一般労組の団体交渉が始まり、「ハンセン病資料館不当解雇学芸員を支援する会」が発足(元療養所職員や、ハンセン病問題を考える関係者らが中心となって支援)。両輪で当事者を支えた。3月9日には厚生労働省で記者会見を開いた。稲葉さんは、「記者の皆さんも驚かれていた」と当時を振り返る。
 国公一般労組と支援する会を中心に、不当解雇撤回署名やカンパを広く呼びかけた。5月には東京都労働委員会に不当解雇撤回申し立てを行った。
 審議の末、都労委は22年5月、①日本財団と笹川保健財団が密接な関係にあること、②両財団の行為は不当な組合排除に当たる、として稲葉さんらへの解雇撤回命令を出した。
 だが、笹川保健財団は「都労委の命令に従わない」と、国公一般労組との団交を当初は拒否した。稲葉さんらは、国会議員と厚労省難病対策課との会合に参加。議員とのやり取りを見聞きする。議員が厚労省に対し、受託者への管理責任を問うと、「労働組合法は受託の際、守るべき法令に入っていない」と回答(後日撤回)。
 その後、受託契約書を見せるよう迫ると、契約書には「受託者が関係法令を守らなかったら指導、契約解除できる」旨の記載があったという。

パワハラを生み出した不透明な受託者選定

 筆者が先日、厚労省に同様の質問を行ったところ、難病対策課は、「当時の職員は誰もおらず、回答できるものがいない」と答えた。
 国立ハンセン病資料館の受託者について、厚労省は次のように回答している。2008年〜日本科学技術振興財団、16年〜日本財団、20年〜笹川保健財団が運営している。単年度契約で、入札方式で行う。金額提示と企画評価の両方によるもので、厚労省は、「入札結果等は公表しない。各省庁も同様の対応をしている」と答えた。だが、経済産業省、総務省のホームページでは、落札者の名称や住所、落札金額等が記載され、年度でまとめられたものもあった。日本科学技術振興財団は、大手企業が援助してできた、科学技術の向上支援を目的とする公益財団法人だ。
 日本財団と笹川保健財団は、故・笹川良一がモーターボートの収益を慈善事業に活用するために作られ、笹川保健財団は、ハンセン病の支援に特化した財団だ。両財団は、全国の療養所に併設される社会交流館の職員採用と、資料館、群馬県草津町の重監房資料館の管理運営を行っている。
 ハンセン病資料館には、日本財団からの出向職員がいる。稲葉さんは、その出向職員のうちのひとりが、成田稔館長に、稲葉さんらに関する根拠のない誹謗中傷を伝え、以降、パワハラが日常化した、と推測する。また、成田館長が元女性学芸員へのセクハラを行っていたこともわかっている。
 これまで各療養所では、入所者の自治組織と全療協の患者運動により、生活改善を勝ち取ってきた。全療協は軽症患者が重症患者を看ることを止めさせ、職員の配置や、建物の改修などの改善要求を訴えてきた。だが、入所者の高齢化や、新規患者がいなくなったため、自治会や全療協は機能しにくくなってきた。
 このような状況を受け、厚労省は「全療協」の話ばかりを聞くわけにいかない、というスタンスを取り始めているという。各資料館の学芸員はこれまで、全療協を通じて入所者の思いを受け止め、その苦しみや悲しみに寄り添い、入所者の願いに沿って展示を始めとする活動を行ってきた。
 だが日本財団、笹川保健財団の運営以降、展示内容に偏りが見られたり、学芸員の仕事への介入が始まった。学芸員の中に、財団にすり寄っていく人も出てきた。

入所者の思い伝える資料館を取り戻すために

 しかし稲葉さんらは、大きな目標を持っている。資料館の体質を戻し、入所者の思いが反映される資料館にすること。そして、これまで善意で回してきた仕事が多く、働くルールができていなかったことの反省に立った働くルールを作ることだ。
 ハンセン病差別の歴史改ざんを許してはならない。現在は中央労働委員会で係争中だが、今年3月には中労委から和解案が提示され、組合と話し合っている。差別の末に隔離された多くの人々の思いを考えるなら、和解はありえない。だが財団と違い、長い裁判闘争を賄える財源を確保できるか分からない。
 和解で、一切の交渉を打ち切られる可能性も高い。しかしお金で黙らされることは、稲葉さんたちにとって屈辱だ。稲葉さんたちの苦悩は大きい。
 「ハンセン病資料館不当解雇学芸員を支援する会」では、カンパと撤回署名を受け付けている。

3月9日の厚労省会見(撮影・黒﨑彰)

▼「ハンセン病資料館不当解雇学芸員を支援する会」
振込み・ゆうちょ銀行から…00160―1―364317/ゆうちょ銀行以外から…019店 当座0364317/署名用紙は、「支援する会」のホームページからダウンロードできます。郵送希望の方は、国公一般労働組合までご連絡下さい。

(人民新聞 6月5日号掲載)


【お願い】人民新聞は広告に頼らず新聞を運営しています。ですから、みなさまからのサポートが欠かせません。よりよい紙面づくりのために、100円からご協力お願いします。