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根源を問う~哲学のススメ

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哲学書のレビュー集です。自身、専門家ではないので、比較的読みやすい本の紹介や、読みにくいものであっても非専門家の言葉で噛み砕いていきます
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#エッセイ

もしも『手の倫理』をタコが読んだら

ずいぶんと話題を読んだ本である。 じっさい、おもしろい。気軽に読めるし、読後はやわらかな希望の光に包まれるようなやさしい気持ちになれる。それなのに、それでいて、陰々とした思考の渦が幾重にも巻いてしまうようななにかが残る。 『手の倫理』~危うさのあわいを遊ぶ西洋で支配的だった視覚中心のものの見方に待ったをかける、「ふれる」ことから考える倫理の本である。 美学研究者の著者は、まず「ふれる」と「さわる」の日常的な使われ方の違いに注目する。先行研究も引き合いに出しながら、われわ

人情の碗、悟りの微笑~『茶の本』に日本人の内なる調和を覗く

「岡倉天心」という名前を、誰しも一度ぐらいは聞いたことがあるだろう。 本名を岡倉覚三(1863-1913)という美術思想家で、横山大観など我が国を代表する大画家を数多く育てて世に送り出した、近代日本芸術の発展に大きな功績を残した人物である。あの東京藝大の前身となる東京美術学校の開祖でもある。そしてもう一面、東洋の美術と文化、精神をいち早く世界に向けて積極的に発信してきたことでも知られている。 なかでも本書『茶の本』は、天心が日本の茶道を諸外国に向けて紹介するために英語で書

自然に還った哲学者~ルソー『孤独な散歩者の夢想』

苦しい。こんなに苦しいエッセーを読んだのは初めてだ。 個人の自由を、そして啓蒙と革命の時代を啓いた偉大な哲学者ルソーは、しかし晩年に精神錯乱におちいり、重度の被害妄想とともに没することになる。その最晩年に自らの手で綴った回想録、随想録が本書『孤独な散歩者の夢想』である。 読んでいて思い出すのは、ドストエフスキー『地下室の手記』で自意識にまみれた精神の牢獄の中から吐き出す小役人の言葉の数々だ。 自分を取り巻くあらゆる状況が陰謀によって動いており、すべての善意は罠で、友人と

読書感想的随想録:『倫理資料集』(清水書院)

思えば、高校生の時分から、哲学は自分にとって特別な存在だった。 学校の勉強にはトコトン興味がなく、授業はといえば、寝てるか弁当を食べてるか、教科書にマンガをはさんで読んでいるか、はたまた近所の友だちの家でゲームをしているか、という体たらくぶりであった。案の定、学年の中でもかなり底の方の成績をウロウロしていて、とても勉強熱心な生徒とは言えなかったろう。 ただ、「倫理」の授業だけは違った。たしか高2の年次のときだったはず。社会科の課程の1つとしてそれはあり、これまでの人生で全

稀代の百科全書家を偲ぶ~『ウンベルト・エーコの世界文明講義』

2010年代が終わった。 あまり言われていないことだが、この10年は、我々が知の巨人たちを数多く失った10年であった。 日本人だけでも、梅原猛、梅棹忠夫、鶴見俊輔、吉本隆明らが逝き、自分の永遠のアイドル西部邁も、遂に自死を果たした。世界を見渡しても、レヴィ・ストロース(は2009年没だが)、ドナルド・キーン、世界システム論のウォーラーステインとか、もちろんホーキングや、そして、本書の著者である碩学ウンベルト・エーコも、この世を去ってしまった。 エーコ、その"百科全書的"