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根源を問う~哲学のススメ

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哲学書のレビュー集です。自身、専門家ではないので、比較的読みやすい本の紹介や、読みにくいものであっても非専門家の言葉で噛み砕いていきます
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#読書感想文

死ぬという驚き~池田晶子『41歳からの哲学』

哲学エッセイスト池田晶子の週刊新潮での連載エッセイを一冊にまとめたもの。おそらくは著者41歳の1年間分なんだろう。それ以上には、書名にあまり意味はない。 時事ニュースをとっかかりに人生と日常のあれこれを幅広く扱っており、1話毎に数ページ完結ぐらいのボリュームながら、それぞれのテーマに鋭く切り込んでいく迫力が感じられる。そして、それら多方面への思索の核である「死」への眼差しが、一冊の全体を緩やかに取りまとめている。 日々の生活上の通念をぐらぐらと揺り動かした時にこつ然と現れ

【書評】『宮下草薙の不毛なやりとり』・ベルクソン・道<タオ>

不毛なやりとりが引き起こす"笑い"には、いのちあるものの優美さが、そして、そのささやかな抵抗が、照らし返されているのかもしれない。 本書は、人気お笑いコンビ「宮下草薙」の二人が雑誌『TV LIFE』上で定期連載しているコーナー『宮下草薙の不毛なやりとり』を、同名で書籍化したものである。本人たちのインタビューや先輩芸人との対談を併せて収録しているが、全25話にわたって繰り広げられる不毛なやりとりが、とても面白い。 そのすべてが例外なく、宮下と草薙の何気ない日常会話の1シーン

『哲学用語図鑑』が哲学入門のホントのホントの決定版だった

これは良かった。とても良かった。哲学の入門書として、過去読んだ中で一番かもしれない。 以前紹介した『史上最強の哲学入門』もとても稀有な本だったけれど、”入門として実用に足る”という点で、本書に軍配が上がる。 本書を独特なものにしているのは、まずその成立過程である。1人はグラフィックデザインの専門家で、図解ベースの書籍の企画・製作を手掛けており、もう一人は人文系書籍の入門書などを手掛けるライター・編集者。この、哲学の非専門家と言ってよい2名がタッグを組んで哲学図鑑を編纂する

人間の創立、実存の塔~岡本太郎『今日の芸術』

『自分の中に毒を持て』という名著がある。1970年の大阪万博に際して制作された「太陽の塔」で有名な芸術家の岡本太郎が、常識や規範に絡め取られる世間の人々に向け、それら安寧の場所を捨て、自分と周囲を切り刻みながら新たな自己に脱皮していくべしとする人生論を、大いに語った本である。 自らの両足で世界に立つことを、熱いハートで叫びかけてくる著者の言葉は、漫然として日々を暮らしている我々の心を鋭く抉り、多くの気づきをもたらしてくれる。 今日における芸術だが、時を遡ることさらに40年

¥200

色はすなわち空であり、空はすなわち色である~『般若心経』山田無文

臨済宗の高名な禅僧、山田無文が、般若心経を一般向けに解説した本書。Audibleで聴き読みしたが、とてもわかりやすく、幾つか腑に落ちなかったところの見通しがすっきりと晴れた。 般若心経とは、正式名称『摩訶般若波羅蜜多心経(まかはんにゃはらみたしんぎょう)』といい、全600巻にのぼる大乗仏教の経典『般若経』を漢文で300字弱にまとめたものだ。 お坊さんが唱えるいわゆる「お経」はこれの詠唱で、これを読んでいる皆さんも、それぞれの記憶を掘り返してみると、お経の冒頭はたしかに「ま

最強の入門書、ふたたび~『史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち』で「悟り」の深淵を覗き込む

以前紹介したスゴ本『史上最強の哲学入門』の続編で、こんどは東洋哲学をテーマにした入門書。これもまた、すごかった。 日常に溶け込む東洋思想仏教、輪廻転生、悟り、仁・礼、空、禅。 みなさんも、これらの単語はこれまで何度も聞いたことがあるだろう。 本書で描かれるこうしたテーマは、前著で示された西洋哲学の概念にくらべて、われわれ日本人の生活空間にはるかに多く入り込み、浸透している。そして、ほぼ無意識的に、これらは日本人/アジア人特有の世界観として受容され、我々の自己認識のちょっ

¥300

客観的世界の崩落~ユクスキュル『生物から見た世界』

生物が世界を認識する「環世界(Umwelt)」という挑戦的なモデル提示によって、我々が見ている世界の虚構性を明らかにした超有名本。 人間とモノ自体の転覆宗教に限らず、人間を他の生物に比べて特権的な存在として一段棚上げする論は根強い。進化論が受容されはじめ、生物学の進展も著しかった20世紀初頭においても、その認識は未だ健在であった。 例えば、デカルトは『方法序説』において、魂を持った人間と異なり、動物は自然法則 ―デカルトの「自然(physis)」は絶対的で一なる神の概念と

生と病の渾身の対話篇~『急に具合が悪くなる 』

衝撃的な読書体験だった。間違いなく今年のTOP5当確本だが、これをどう扱って良いか正直分からない。 出版に際しても、関係者にはあらゆる葛藤があったろう。 内容は、がん患者の哲学者と、その友人の文化人類学者による、病気やその周辺についてのエッセイ風往復書簡である。 良かった云々という言葉で評するにはあまりに重い、万人に訪れる、病とともに在る人生についての考察。それが、友人同士の対話の中に織り込まれ、時に軽やかに、時に厳かに、そして迷いを持って語られる。 書簡のはじめは、い