その土地で歴史を学ぶこと

京都で鎌倉時代について研究していた時によく言われたこと。
どうして鎌倉(神奈川県)の大学で鎌倉の研究をしないのか

その土地の歴史をその場所で学ぶということ、確かに正論だと思います。
史料が入手しやすいし実際に足を運んで見たり感じたりすることが出来る。
やはりその土地へ行くのが正解なのか。

歴史は様々な方向から事象を見て検討する学問です。
一方向から見るのではなく反対側からも横からも事象にアプローチする。
一つの出来事に対して物語や日記、古文書などで事実を積み重ねて語る。
史料はどこでも入手出来ます。
もちろん神奈川県で鎌倉について学ぶことが最適なことはわかりますが、地元にいないからこそ見えることがあると思うのです。
変な感覚が史観に入り込まない。
ゼミの友人に武田信玄は偉い、すごいばかり連呼する人がいました。
恩師に「信玄の何が偉いのか。そもそも京都に上洛して天下に号令するとよく言うけど、田舎武士の信玄の命令なんか聞くわけないよ」と一喝されました。
大阪府の彼がこう感じたこと、地元に行けば信玄崇敬会のような感情が湧くに決まっている。
地元で研究しなくてもいいのではと今でも思っています。

大事なのは歴史を見る感覚。
鎌倉を見るときも京都の史料に何かを語らせることは出来ないか。
九州の寺社に語らせることは出来ないか。
日本初の武家政権鎌倉がどこまで出来て何が限界だったのか。
そこを補強して室町幕府や江戸幕府が出来た。
足利尊氏には鎌倉に再び幕府を作るという構想はなかったはずです。
彼には京都が最適な都市だった。
鎌倉府という形で関東を統治させた。
尊氏がたくさん感じた鎌倉に対する希望と失望が、彼の政治につながったわけですから、そこに実は鎌倉の姿が見えると私は思っています。

京都と鎌倉は密接につながっていた。
どちらの動向も視野に入れた研究が必要だと改めて今感じています。
胸を張って京都で鎌倉の研究をしていますと昔言ってたことを思い出しました。
懐かしいなあ。

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