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1年でもっともいい季節がやってきた ほんのすこしだけ夕方の風が冷たくなってくるころの思い出


はじめに

 この季節になるといつもほんのりと思い出す。中学1年のクラス。ちょうどいまごろの時期だった。

担任で美術担当の教師からスケッチ大会に出てくれないかとの申し入れ。学校の授業を休んですきな絵を1日じゅう描ける。それが頭にうかんでふたつ返事で引き受けた。その日の帰りの寒空の印象がのこる。

朝から夕刻まで

 スケッチ大会の場所は家からバスで30分ほどの市営の公園。弁当を持参し、遠足気分ででかけた。街の中心からすこしだけ先。近くには球場や競技場。

この街の文化・公共施設があつまるところ。夏には友だちと競技用プールに泳ぎに来た。その中心にひろい公園がある。ここを中心に自由に描いていいとのこと。おなじ学校から5人ほど来ていた。いつも美術教室のうしろに絵がよく貼られているメンバー。

来て気づいたのは、区域の各中学校からおなじように何人かずつ選ばれて来ていたこと。集まるとけっこうな大人数だった。通りの向こうにわたってはいけないとか、画材はここで洗ってとか、15時に描いた絵を集めるとかちょっとした注意のあとは自由に描いてよいと解散。

わたしはみんなのめざす方向とは反対の木の多い場所へむかった。こちらへ来る生徒はちらほら。しずかに描きたいわたしはいつもなるべくヒトが集まらない場所、自然の多い風景をこのんだ。

木々を描く

 公園でまず目に入るのはいちめんの紅葉。モミジバフウやポプラなどさまざまな色に木々が色づいている。なかでもいちばん目のとまる木を大きく入れた構図にした。遠景にはこのあたりでいちばん高い山。いつも遠足でのぼる。そちらもすそ野のあたりは色づいている。

なんでみんなはこんなにきれいな風景を描かないのかふしぎだった。こちらを選んだのはほんの数人。

したがきを4Bのえんぴつで描いていると引率してきた美術教師がわたしのところへ。「ああ、ここにいたんだ。」と声をかけられた。顔を見て首を縦に。「きれいだね。」と木々をみつめながら。「こっちをみんな描けばいいのにね。工場や街のほうばっかり。」とつけたしにっこり。もういちどわたしはこっくん。

担任でもある。1年の研修をおえたばかりで教師になりたて。年齢はひとまわりちがい。言ってみればわたしには年のすこしはなれた姉のような存在。わたしはクラスのなかではまだ小さく、きっと小さなおとうとのような感じだったのかも。

こみいった枝をどのくらい描こうか難渋していた。みんながこちらを選ばなかった理由がわかってきた。何度かわたしのところに寄って「みどり色をいれるといい。」など言っていた教師の話はうわのそら。どうやら午前中で学校に所要でもどるという。わたしたちは午後も絵を描いて終わりしだい、各自、路線バスで学校へもどる。

陽がかたむいて

 午後になり色をつけた。わたしのパレットは木々の紅葉の彩りとおなじように。はやく描き終わった同級生たちは、ひろい公園のなかを走りまわっている。そのようすを見ながらあとすこしと遠景を塗りはじめた。

いつもより太めのなめらかな筆をもってきてよかった。バックに青空が映える。大きな画用紙だったので塗り終わるかなと思って心配したが、あっというまに仕上げられた。

絵のほうに集中していたので、陽がすこしずつかたむきかけてかげがのびてきた。周囲がひかげに。昼間とはちがうすこしつめたさのまじる風が木の葉のあいだをとおりぬけはじめた。

おわりに

 絵を集める場所にむかう。おなじ学校の生徒たちは家々や工場地帯のようすをこまかく描いていた。よく半日でそれだけ描けるなと感心。大きく紅葉した木々を中心に描いているのはわたしだけ。ほかの学校の生徒のなかに公園内の建物のわきに小さく木を入れた構図を描いている絵をやっとみつけた。

そそくさと生乾きの絵を提出すると、そばのバス停から中学校方面のバスへ。6校時まである日だったので、6つの授業のぶんだけ絵を描けた、いい日だったなと思いつつ、先にもどった担任とクラスメートのいる教室へ。

するといっせいにみんながこちらを向いた。すでに放課後で文化祭のコーラスの練習をしていた。「どこ行ってたの?」とひとりの生徒。わたしの返事を聞いてこんどは「へえ~」とクラス。何人かが「いいなあ。行きたかったなあ。」と。「どうしたの?」と逆にこちらがたずねると、わたしがいないので気になっていたらしいと知る。

そうだった。きょうも練習するつもりだったと思い出す。同学年7クラスで競う文化祭のコーラスで金賞をめざそうと学級委員として朝夕練習をしようときめたのだった。あまりに絵のほうに気がむいてすっかりもう一方のほうが飛んでしまっていた。

こんなクラスをこの季節のつめたさのまじる風が木の葉をかさかさ揺らしはじめると思い出す。


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