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さよならの前に、伝えること

電車に乗っていて、――4回泣けます というピンク色の広告に目が止まった。普段僕は泣ける物語をそれほど好まないので、あまり気に留めていなかったのだが、その日は何となく続きを目で追った。

「最後」があるとわかっていたのに、なぜそれが「あの日」だと思えなかったんだろう―過去に戻れる不思議な喫茶店で起きた、4つの希望の物語。とある。


さて、僕はこの本を読んでいない。前作もとても話題で、過去同じ場所、同じ喫茶店に戻る事の出来る不思議なお店の物語らしい。そっちも読んでない(ひどい)。だけど、この広告を見て、藤村久和さんというアイヌの研究者の人のことを思い出したのだ。

藤村さんは、元々考古学がとても好きだったのだけど、定員の関係でゼミに入れず、発掘のアルバイトで教授に覚えてもらって移籍したような人。それで、アイヌの調査に行ったのだけれど、最初はとても村の古老の方々に話してもらえなかった。自分でも何が原因か分かったそうだ。下手に出て、丁寧にしているのだけれど、何だか本当の自分でない。役所気質のような形で、杓子定規だ。それに、今までも考古学の調査に来るだけ来て、色々話したにもかかわらずその後の音沙汰が無かったり(論文はちゃっかり出しているのだ)、ひどいと古く伝わった品を安く買いたたいたりしていて、たくさん嫌な目に遭っていた人もいたのだ。

アイヌの古老の方は、その人はそうでないといけないのだというような生き方をしている感じがするのだそうだ。そこで何度も通って、徐々にアイヌに伝わっている話をぽつぽつと聞くことができるようになってきた。

藤村さんはある冬の日に、そういうおばあちゃんの一人に会いに行った。そうしたら、風邪をひいている様子で少し具合悪そうだったのだそうだ。それで、早く切り上げようと思った。するとそのおばあちゃんは、「次はいつ来るんだい?」と聞く。「おばあちゃん具合悪そうだから、明日にも帰って、次は春に来るよ」と答えると、「そうかい、そうしたら私は会えないね」と答えたのだそうだ。

おばあちゃんに会いに来るのに、会えないとはどういうことか? 不思議に思って、それでピンと来た。おばあちゃんは自分の死期を悟っていて、きっとそれまで生きていないと思っているのだった(アイヌの人は死を悟ると、死装束を自分で用意する習慣もある)。それで藤村さんは、何かできないだろうかと思って、「今からおばあちゃんが教えてくれたユーカラ(アイヌ語の神話、民話)をやってみる」と答えたのだ。それで、おばあちゃんの布団で並んで横になって、つっかえながらアイヌ語のユーカラを語った。詰まるとおばあちゃんが教えてくれる。それで何とか、汗だくになりながら最後までユーカラを語り終わった。つたなかったけれど、おばあちゃんは「よかったな、よかった」と言ってくれた。

こうして藤村さんは一歩踏み出して、そして自分がこういうユーカラを知っているのだけどと他のアイヌの村で話すと、うちにはこんなものがある、こちらではこうだ、という話を色々と教えてもらうことができるようになっていったのだった。


この話を読んで、本当に感動したのだけれど、そっと自分の死期を伝えたおばあちゃんも凄いし、それにハッとして感づいて、もらったものを見せるという恩返しをできた藤村さんも凄い。なかなかこのように響き合うことは少なくて、恩送りという言葉があるように、他の人や場所へ、そうしたものを生かすというのも素敵だと思うのだけれど、恩に報いることはできなくても、そう思っていることを伝えられたらそれは素敵な事だ。

僕は、20代のころ、母にそう伝えなくてはと思って、「お母さんの子供に生まれてよかった」と言った事がある。母はとある宗教を信じていて、それがきっかけで我が生家の運命は大きく変わった。そして僕はその頃その宗教を離れる決断をしていた。母は宗教とは関係ない、父親方の親戚のいざこざについて、どのような身の振り方をするかを色々と思案していて、僕はその思慮にハッとしたのだったと思う。

母親はそう、とか何かそんな感じのそっけないような反応じゃなかったかなと思う。だけどその後僕は、いつか母親が死ぬ時に、宗教を信じたことが間違っていたと思ったとしても、それでも精いっぱい子育てはしたのだと、思って欲しかったのだ。もうその後、そのようなことを言うこともなかったし、お互いに何だか便りがないのは無事の知らせというような雰囲気だ。父親に何か感謝を伝えたいと思ったことはない。なぜだろうね。


多分、伝えなければと思うのは、杞憂なのだ。アイヌのおばあちゃんもきっと、藤村さんがユーカラを歌ったのを見て、彼の身になって何か喜んでくれたことをこそ嬉しいと思っただろうし、そうでなければ何か無駄になったとは決して思わないだろう。僕の母も、僕が言葉を渡そうが、そうでなかろうが、一人自分と向き合って死に向かうのだろうと思う。

だけど、僕は何か伝えたかった。それは自己満足で、どこかアイヌの熊送りに似ている。食べた獲物を綺麗に飾って向こうの世界に返さないといられない気持ちと似ている。だとしたらきっと、4回泣けるというその本が、「最後」があると分かっていたのに、出来なかった何か、伝えられなかった何かなのも当然なのだ。人は何かを食べて生き、何かを犠牲にして生まれて、何かを借り、負い目を負う生き物だからだ。

その時伝えたかったのは、こちら側の気持ちであって、それを伝えたからといって、相手が幸せになるとは限らない。ピンと来ないかも知れないし、借りを返せるとも限らない。相手はもう、あげたつもりかも知れない。だけど僕は、それを借りたと思っていた、当たり前ではないと思っていたよと伝えられる人間でありたいのである。自分の借りを認めることには勇気がいり、それを相手に伝えるのにはさらに勇気がいる。だけど、一つ良いことがある。それは多分、本当にその人と別れることになった時に、自己憐憫で泣かなくて済むということだ。悪いことをした、あんなこと言わなきゃよかった、ああ言えばよかった、全部相手のことを考えているようで、主語は自分である。それが無ければきっと、本当にその人のことを想えるだろう。


そういう風に生きるのが、伝えることが難しいと思っているあなたへ。それは決断なのである。だから、迷ったのなら伝えてみる。そうすることしかできない。誰かに伝えられていないことがあるだろうか。それが伝えやすくなるいつかなんて、ない。分かっているはずだ。今だ。今、勇気を出すのである。

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