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【共読】「夜間飛行」サン=テグジュペリ、全員の感想!

先日、全五回かけて「夜間飛行」を皆で共読し終わりました。著者のサン=テグジュペリは、「星の王子さま」で有名ですが、「夜間飛行」も構成も表現も、とても洗練されていて大満足。論点や切り口も沢山ありそうだったので、この度この読書会をやってきて四年目にして初めて、メンバーの皆に感想を書いてもらいました。

※次回(2021/7月スタート)の共読サロン参加にご興味ある方はこちらからメッセージ下さい。詳細をご案内致します。
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ここからまたやり取りもあり、本当に個々の違いが素直に出せることがこの会のもう一つの楽しさだなと感じます。皆さまにもその一端を感じていただくべく、ご感想をシェアします。


◆◇◆◇

<S .U さん>

『夜間飛行』を読み終えて

この本は、2年ほど前から参加している共読会
(①https://www.facebook.com/5kanwohirakukyodokukai/
②https://youtu.be/B1tlQ_Et5nA)で出会った。

読書会といえば、参加者それぞれでお薦めの本を紹介しあったり、1冊の本を事前に読んで、当日は考察を深めるものが多いが、共読会は当日に参加者が声に出して順番に回し読み、いくつかの章ごとに感想を言い合う。

事前に読み終える、又は読み込まなくて良い気軽さが私には特に嬉しく、子どもの頃に一番好きだった国語の授業の音読の時間を思い出させる、そんな会だ。今回読んだのは「夜間飛行」という航空小説である。

本書のあらすじはこちら(https://www.kotensinyaku.jp/books/book106/)
から引用する。
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【物語】
20世紀初頭の郵便飛行に携わる者は、「自分達が歴史を作る」という信念と誇りを持っていた。ときに苛酷な決断を下さざるをえない、孤独な世界で彼らは戦い続ける。
『ちいさな王子』の著者、もう一つの傑作。1931年刊。
【内容】
南米大陸で、夜間郵便飛行という新事業に挑む男たちがいた。ある夜、パタゴニア便を激しい嵐が襲う。生死の狭間で懸命に飛び続けるパイロットと、地上で司令に当たる冷徹にして不屈の社長。命を賭して任務を遂行しようとする者の孤高の姿と美しい風景を詩情豊かに描く。
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私の心が動いたトコロは3つある。

ひとつ目。
序盤で冷徹な不屈の社長リヴィエールは仕事についてこんな風に述べている。
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リヴィエールにとって人間とは、こね上げられるべき蝋の素材にすぎなかった。 ー中略ー リヴィエールは折にふれてこう口にした。
「この男たちは幸福だ、自分の仕事を愛しているからだ。なぜ愛しているかといえば、わたしが厳格だからだ」おそらくは部下たちを苦しみていただろう、だが強い喜びをも与えていたのだ。「ひとは追い込まなければだめだ」と思っていた。「苦しみと喜びが共に待つ、強い生にむけて追い込んでやらなければだめだ。それ以外、生きるに値する人生はない」
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ここまではひどくはないが、勤め先の会社のあの人やその人の顔がぼんやりと思い浮かんで(会社を出たらできれば1㎜も思い出したくないのだが)、読んでいてゲンナリした。ある程度の厳しさは確かに必要で、ナァナァでは仕事は進まない。でも、ここまで非人間的に冷たくなくても良いのではないか。上司の言うことは絶対で、部下は必ず従わなければならないのだろうか。戦時中の日本兵の様な嫌な圧力のかけ方の様に感じた。リヴィエールは、己の厳し過ぎる判断ゆえにパイロットが死に直面したらどうするつもりなのだろう。その答えは読み進めていく内に徐々に明かされることとなる。

2つ目。
パイロットの安否を案じる妻と対峙した時、リヴィエールはそれまでとは違う一面を見せる。
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リヴィエールの前に立ちはだかっているのはファビアンの妻ではなかった。生きることのもうひとつの意味だった。リヴィエールはただ耳をかたむけ、相手の気持ちに寄り添うことしかできなかった。その弱々しい声、これほどに悲痛な歌、だがそれは敵なのだった。仕事上の活動も、個人としての幸福も、すこしずつ分かちあえるようなものではない。つまり両者は対立することになる。この女性もひとつの絶対的世界の名において、みずからの責務と権利のもとに語っていた。夕食のテーブルを照らすランプの輝きの名において、愛する者の肉体の名において、希望や優しい愛撫や思い出の生まれる場所、それらすべての名において語っていたのだ。彼女は自己の幸福の権利を要求していた。そしてそれは正当だった。リヴィエールもまた正当ではあったのだ。
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きっとリヴィエールは、パイロットの妻に対しても「任務の遂行こそが至上命題であり、女子供の言うことなど聞くに値にしない」と切り捨てるのだと私は思っていた。しかしリヴィエールは仕事を遂行することと、個人の幸福の追求は、どちらかを卑小に見積もったり、犠牲にするものではなく、どちらも正当なものであると捉えている。そこにフランスの個人主義、人権意識の高さの様なものを感じて、嫌な上司面ばかりが鼻につくリヴィエールが不覚にもカッコよく思えた。

3つ目。
夜の空の美しさと詩的な無線の描写は本書で何度も登場するが、私は特にこの一文が心に響いた。
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あと5分もすれば、無線局がすべての中継飛行場に知らせを送る。一万五○○○キロにわたって電波という命の震えが行きわたり、あらゆる障害を克服していくだろう。
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なぜならこうした先人達の「あらゆる障害の克服」の末に、郵便の代わりに電波=インターネットを通してメールが使えているのだと、今の自分と繋がったからだ。
全体を通して感じたのは、空を飛ぶパイロットも地上で働く人々も、疲労感はあるが悲壮感はないということ。それはきっと、押し付けられたり、やらされている仕事ではなく、やりたくてやっている仕事だからだろう。少し羨ましく思った。
おしまい



<小山 栄さん>

印象的なところを3つ引用、その理由と各々の感想から全体の感想をまとめる、という咲さんのスタイルを参考にします。
その際、もうひとつの読書会で共読している『本居宣長』(小林秀雄)と読了間もない『速度と政治』(ポール・ヴィリリオ:1932年パリ生。都市計画家。「速度」をキーワードに、政治・戦争・メディアなど様々な視点からテクノロジーと人間の認識の問題を考察)を絡めます。この本の見開きに悲劇のパイロット、ファビアンのモデル(?)であるジャン・メルモーズの「できれば生き残りたくない」という言葉が引用されています。
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引用:
1、この路線図の表情は美しいが厳しい。多くのひとの命、それも若者の命であがなったものだからだ。
→コワイことを言っているのだけど、詩的でステキ。


2、おそらく目的がなにかを正当化することはない。だが行動はひとを死から解き放つ。あの人びとは船と航海によって、のちの世まで生を永らえることになったのだ
→カッコイイです。三島です。陽明学です。
注)陽明学:中国明代の王陽明およびその学派の新儒教学説。その前からあった朱子学の知識を重んずる理想主義的傾向に対して、現実主義であり実践と行動を重視した。
日本では国粋主義者や国家社会主義者、さらには戦後の右翼運動においても、陽明学の評価はきわめて高い。三島由紀夫の「革命の哲学としての陽明学」(1970年)はその一例である。
参考資料:スーパー大辞林、『朱子学と陽明学』(小島毅/ちくま学芸文庫電子版)

3、こうした民間航空の発展の背景には、第一次世界大戦が終結した当時、フランス国内に多くの戦闘機が残され、パイロットが育っていたという事情があった。(解説より)
→結局、私はトリビアが好き。

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先週(4/19)の『本居宣長』の会で宣長は「欲と情は分かち難いものではあるが、違う。ことに歌の場合はそうだ。歌は欲から生まれたとしても情によるところの方がはるかに大きい」と、考えていたことがわかりました。
私はあまり、欲と情をわけて考えていません。(いじわるだから)
ところが、なんということでしょう、リヴィエールがこんなにも情のわかる男だなんて。人として敗北感でいっぱいです。
さて、宣長の「欲と情」を「点と線」に置き換えます。
点は航空事業を成功させたい、という単純な「欲」です。線は、しかしひとたび事故がおきようものならそれにかかわるすべての人々、もちろん自分も、おそらくは国家にも、時空を超えて溢れ出る「情」、と言えましょうか?
流れ出た情は、ふたたび航空事業の継続という大海に回収されて行きます。
欲を起点にして情が広がるイメージです。

咲さんはこの辺を
“先人達の「あらゆる障害の克服」の末に、郵便の代わりに電波=インターネットを通してメールが使えているのだ” 
と、まとめておられます。


インターネットの出現はすべてを速度化し、おかげで世界はより縮小しました。
この速度化された世界は西欧人によって創られました。それを可能にする優越性を持てたのは、彼らが「より速いもの」だったからです。素早く変異・移動できるものが停滞するものを支配するのです。外へ通じる交通網を掌握し、領土内は交通規制し、それと領民(停滞するもの、労働者)を照応させ支配してきました。
「速度は西欧の希望である」とヴィリリオは言います。
おもしろいことに海路の開拓は国家だけでなく、単独で儲けようとした貿易商人によるところも大きかったそうです。となると差し詰め空路を切り拓いたのは第一次世界大戦で生き残り、事業欲に燃えるリヴィエールたちのようなパイロットともいえましょうか。
小説では国家の思惑は書かれず、あくまでリヴィエールたちの開拓者精神とか悲壮な責任感に焦点があたります。咲さんはそれを自分の仕事観と比較して結んでいらっしゃいます。
私はというと、宣長(小林秀雄?)とヴィリリオがつながったせいか、この航空小説で「道」を思いました。道路、海路、空路、ひととしての道、経営方法(WAY)、組織での身の処し方(WAY)、来し方行く末、などです。
世界が縮小しても道はつづら折りになって限りなく、幾通りもある。で、空の次は宇宙です。『三体』です。
いろいろ広げ過ぎですが、かれこれ一年近くなる散歩生活も影響しています、きっと。


最後に「できれば生き残りたくない」について書いておきます。
ヴィリリオは第二次世界大戦を終わらせたのは二発の爆弾(すなわち原爆)と言います。これは聞き捨てならんと怒りに震えるところですが、どうやら速度=破壊、暴力、蕩尽と見て、「それでいいのか?」と読者に問いかけているようなのです。ファビアンであるジャン・メルモーズ(?)はそんな世界を見たくはなかった、ということなのでしょうか?
ポール・ヴィリリオなんて、背伸びしすぎで誤読の可能性はもちろんありますが、自分では納得しています。おもしろかったです。
おしまい



<Kさん>

遅くなってすみません。前のお二人の文章を読まずに(読んだら書けなくなるー!と思い)、3点でまとめるという方式?だけを踏襲して書いてみました。


初めて読んでみての感想を書くことになったわけですが、書くために作品を読み直すので、音読会で読みっぱなしの時には気が付かなかったところに目が止まって、一冊から受け取る豊かさが違ってくるな、と思いました。とはいえ、あまり、じっくりじっくりは読み直さないで、浮かんできたこと-。


その一
この作品で、自分の中から消えようとしていた日本語に触れることができた。気がつくと、この会に参加するまで十年以上、仕事上必要な調査報告書(半分以上が英文)、ビジネス書、ネットの文書以外の日本語をほとんど読んでいなかった。それでどうなったかというと、自分の中から見事に「書き言葉」が消失していた、ことに気がついた。
読み返すことで、「静謐」「峻厳さ」「山塊(何度か出てくる)」「黎明」「残滓」「破壊槌」「弛緩」「燦然」といった漢字の組み合わせだけが醸し出す美しさと余韻を、改めて味わうことができて、しみじみとした。
そんな言葉の一つである「懊悩」は、そういう目で探してみると、この本の中に何度も出てきていた。これも読み直さなければ意識していなかったことであった。この言葉から連想されたのは、『若きヴェルテルの悩み』と森鴎外である。「懊悩」という言葉は、私の中では、なぜかヨーロッパとつながっている。例えば、江戸時代の武士や町人が「懊悩」している姿は思い浮かばない。


この、漢字から成る日本語の、硬質な中に美が封じ込められた感じは、形(かた)とか型みたいに効果的で効率的で無駄がない。抑制された美しさがあるのに、逆に広がりがある。でもそれを「熟語」と呼ぶと、急に受験勉強、みたいな感じがして美しくない。
シャミッソーにも言えることだが、翻訳というプロセスを経て引き出される日本語の美しさ、失われゆく「書き言葉」の美しさがあるのではないか、翻訳作品にこそ、失われつつある日本語が縫い付けられている、と思った。


その二
飛行機を飛ばすと言えば、操縦士一人が乗り込んでいるイメージであって、そこに無線通信士も乗っていたのだ、というところに思いが至ったことはなかった。アマチュア無線に手を染めたことがある私は、自分の命を飛行操縦士に預けて乗り込んだ通信士の、心持ちや使命感に思いを馳せてみた。無線というものは、地上の建物という静止したところにあっても、アンテナの場所や時間帯によって、通信をキャッチできるかどうかは、かなり微妙なものだった。それを、あの動いている飛行機で、雪山の噴火や暴風雨という悪天候でぶんぶん振り回される機内で、寒さに震えながら、どうやって捕捉したり打電したりしたのだろう。

そういえばこの無線って、モールス信号だったのでは?ざっと調べてみると、あの「トラ・トラ・トラ」もモールス信号だったというから、これもそうだったのではないか。そうなると、以下の部分も、モールスを想像するか、雑音の混じるラジオを想像するかで、随分と印象が違ってくる。
p.112~113
リヴィエールは思った。いまもなお無線局が機の声を聴いているだろう。音楽に似たひとつの音波、かすかな音の抑揚だけが、まだファビアンと世界をつないでいる。それは嘆きでも叫びでもない。だがこれまでに絶望がかたちづくった、もっとも純粋な響きだった。

その三
リヴィエールという人物のイメージから想起されたのは、”a confirmed bachelor”という言葉だ。1980年頃か、アフリカの友人が話してくれたことがある。彼は、勤め先のイギリス系企業のCEOと、(社内ではなく)仏領事館のフランス語教室で仲良くなった。三十くらい年上の、その独身男性は、お薦めの本を貸してくれたり、ドライブに連れて行ってくれたりしたそうだが、黒人と白人、若者と年配者、工場労働者と経営者、という隔たりが全く感じられない、気ままな関係であったようだ。言うなれば、釣りバカ日誌の浜ちゃんとスーさんのような関係か。あまりにも仲がいいので、父親が「あの人は男色なのではないか、気をつけろ」と心配したらしい。その英国人紳士は、ほどなくしてマラウイで定年退職となり、「老後はトルコで英語を教えるのが夢だったんだ」とトルコへ旅立って、そこで亡くなったそうだ。この紳士が、”a confirmed bachelor”という感じだったんだ、と。
ロングマン現代英英辞典のサイトに、ぴったりくる説明を見つけた。
a confirmed bachelor/atheist/vegetarian etc.
→ someone who seems completely happy with the way of life they have chosen
(https://www.ldoceonline.com/.../a-confirmed-bachelor...)


リヴィエールは独身の五十才という設定である。郵便飛行という事業を軌道に乗せるために、冷酷とも思える指示を飛ばし、社員とのなれ合いを自ら断って、孤高を保ちながら、使命に邁進している。それでも、時々身近にいる社員との会話に、交流の触手を潜ませている。
p.20~p.21
~顔に刻まれた皺の深さが目にとまって、ふと奇妙な問いが口からすべり出た。微笑して、
「君はずいぶん恋愛もしてきたのかね、ルルー。これまでに」
「恋愛!なんとまあ社長、ご存じでしょうに……」
「おたがい、その閑もなかったというわけだ」
「そんなとこでさ」
 リヴィエールはその声の響きに苦さがあるかと耳をかたむけた。だが苦さはなかった。過ぎ去った人生をかえりみて、いましがた上質の木材にかんなをかけ終えた大工のような穏やかな満足感が響いていた「よし、これでいい」という思いである。
「よし」とリヴィエールも思った。「わたしの人生も、これでいい」
疲労のあまりこみ上げてきたわびしさをすべて押しやって、リヴィエールは格納庫のほうへと足をむけた。チリ便のプロペラのうなりがきこえていた。


最後に
訳者の二木麻里さんは、解説を読むに、非常に緻密な分析をベースに翻訳に取り組まれたようだ。サン=テグジュペリの計算と詩情を再現されたのだと思うが、原文がそうなのか、フランス映画的世界は、欧州便のパイロットと妻との会話くらいしか見当たらなかった。二木さんは、仏文学専門に翻訳をされているわけでなく、英文学の翻訳も手掛けておられる。翻訳された日本語を追いかけて、彼女の手になる英文学作品も読んでみたいな、と思った。


<井田 幸枝さん>

夜間飛行を振り返っての感想をお送りします。
まず、サンテグジュペリは自身が飛行家だから、すべての描写にリアルな肌感覚があって、ゾクッとするような本音がにじみ出ていて(例えば 3章 ペルランが暴風雨から奇跡の帰還を果たした時に胸によぎった街中で何も知らずに日常を送っている人へ最初に沸き起こった侮蔑!?の感情・・・、あたりまえに生を享受し、月を愛でている人びとのこの安穏さときたら等)、自然の驚異や美しさ、それに立ち向かう人間パイロットの心の動き、動作、全てが息をのむような迫力とビビッド感で描かれていて本当に素晴らしい!!!


そして、全責任を背負って立ち続けるリヴィエール、人をとことん巧みに追い込んで、要所で無慈悲に罰しながら 厳格な使命感と達成感を創り出す 荒野に立ち尽くすヒーロー然とした姿、これも 航空業界の黎明期に管理職も歴任したサンテグジュペリのどうにもせつない本音だろう。
これは 取材や資料を集めてはとても書けない、魂に根付いた吐露で、飛行家サンテグジュペリに 素晴らしい文章力が備わっていたことの軌跡を喜ばずにはいられません。


それにしても、ここで描かれているパイロット、リヴィエールの姿って とってもサムライの精神に似ていると感じます。
死を恐れない(その職業に死を含んでいる?!)、それを嫌がらずに進んでやる(喜んで 誇りをもって従事する!!)、そこに 魂の満足感を味わっている、つまり 東洋・西洋関係なく 生きる充実感をとことん味わう切り口の一つがその方法なのか、と思った次第です。
でも もうちょっと穏やかに 気楽に生きることはできないもんだろうか??? もっと普通でも その生の充実感を味わいつくせないかな〜??などと考えてしまうのは、死や危険を遠ざけておきたい私のつぶやきです。
思うに あの 飛行機自体がまだ人間の操作でようやく飛ぶようになり、自然の変化で いとも簡単に墜落して死んでしまうほど簡単な構造の乗り物だったころ、飛行機を操縦して空を飛ぶということは 宇宙飛行士になることと同じ感覚でしょうね。
つまり 人間を超えた神の世界を垣間見て 体感する・・・、そんな体験だったのではないかな・・・
それを体験したら 勇敢になれるのかもしれないね
そして リヴィエールの生き方はどう考えても 個人主義から全体主義へ滲み出してしまっている・・・
個人主義では 最良の人生の味わいは得られない、と言っているかのような終わり方で、当時の欧米の人には強烈なインパクトがあったのじゃないだろうか???
いやいや これ、今に生きる私にも揺さぶりをかけたくらいだから、いつの時代でも関係ないですね。


読書会で取り上げてくれなかったら 多分私はこの本を読むことはなかったです。
サンテグジュペリという作家に出会えたことに、その想いに触れられたことに、あまりにも美しい文章に、翻訳者 二木麻里さんのすごさに 感謝です!!! ありがとうございます(⋈◍>◡<◍)。✧♡


<酒井 ゆきさん>(共催者さんです)

すっかり遅くなってしまいましたぁm(_ _)m
みなさんの感想が
様々な視点と
個人的体験を織り交ぜてあって
よい刺激をいただきました!
全然まとまりないですがお許しを


  ~~~
私の挙げる感想3点は
1筆力
2自分の体感覚
3リヴィエールと飛行士たち
~~~


1 筆力
筆者の、実体験に基づく文章ならではな
・地上から見る風景
・地上のとらえ方
・空からの視点
・ミクロとマクロの動的視点

映像を見ているような気持ちになりました。


今回改めてゆっくり読むと
より速度や温度までその味わいを感じられました。
主に情景のことのようにここでは書いてますが
登場人物の心模様についても
井田さんの言われる、「資料だけでは書けない文章だった」と感じました。
そして小林さんもおっしゃっていた二木さんの翻訳センスとの相乗効果があるのではないかと想像しました。
色彩、振動、温度など『五感的表現』がこれでもか!というほどちりばめられている作品だと思いました。
余談ですが、昨夜ロアルド・ダールの文章を読んで、その描写から想像の世界へと入っては行けるのだけど、あまりの雰囲気の違いにぼう然としました。この違いはことばの選択にあり、その根底にあるのが叙情vsひねくれ、という違いなのかしらん?などとつらつら考えた夜でした。


2 自分の体感覚
遭難してからの描写で、落ち着かない感覚になったのを覚えています。
飛行士もそうですが、リヴィエールの血の気が失せる、力が抜けていくような描写に、何か知らぬざわつきが自分の中に起こって、一体なんだろうと思いました。
この感想を書くために読み返して、あのときのそれは疑似体験が呼び起こされたのだとわかりました。
それは、浅からぬ関係性ある人の命が一瞬の分かれ目のものだったと体験し、その一端を担いでいた自分の責任の重さに青ざめた時の感覚でした。
「命」がゆらいでいく様がみごとで、共感共振が起こったのでしょう。
これも結局筆力ですよね。
いやしかし、あのときは疲れた。苦笑


3 リヴィエールと飛行士たち
ここがうまくまとまらないのだけれど。。。
浮かんでいるのは
「ヒト」の単位を「個」でとらえるのか「種(群れ)」でとらえるのか、という視点と、生存欲求。
自分の身の回りでその視点で発言する人がいるところから考えました。
科学だとか人間という種の進化に興味、好奇心がある時、その人の思考や行動は、「個」を離れて「種」になっている模様。
そういう人にももちろん「個」はあって、状況によって非情に感情的な言動もある。
けれど、その人の基本的欲求として最も価値を置いているのが「愛・所属」ではなく「楽しさ(好奇心)」や「達成・競争」などであるとき、個は後退するのだろう。
さらに、生存欲求の優先度が高くないことも予想される。
そうでなければ
心身の過労をいとわず事業を運営したり
生死の境をさまよった体験をもちながら再びその任務にあたることはないだろうから。
その結果として
個を大切に生きている人にも
還元されることがあって
それが咲さんの書かれていたところだと思う。


これらの欲求の順位は
生来や、環境や体験などに基づいてそれぞれの人の行動規範となっているもので自分の順位と違う人を非難したところでどうなるものでもない。
リヴィエールは心神耗弱状態の時のみ感情優位になって部下に自分との共通点を見出そうとする。けれど、相手にそれを見たからといって自分の心情を披瀝することはない。


それは自分の内的世界は誰かとわかちあえるものではないと思っていたからで、それを悲嘆するでもなく甘んじて受け入れている。
シモーヌの正義を否定しないところからもそれを感じられる。


そういう意味でリヴィエールは切り立った稜線を歩く
a confirmed bachelor
だと感じました。


<私>

皆さま感想ありがとうございました。


咲さんが先陣を切ってくれて、「3」という切り口を開いてくれました。
それに倣って、まずは僕が心に残った3点を考えてみたいと思います。


〇ファビアンの最期
絶望的に巨大な嵐にあって戦い続け、ふとした雲の切れ間から星に向かって飛びあがっていってしまう。そして自分も、機体も、下に広がる雲からの発光を浴びて世界に彼らしかいないみたいに飛んでいた。
(例えばここで「束の間の休息」なんて言葉が頭をよぎる。でも夜間飛行にはそんな紋切りの表現は一言もなかったな)
ファビアンの奥さんの甲斐甲斐しい様子から、地上に残されて虚しく天気が良い中で微かな電波の声に耳を凝らすオペレータ達も含めて、ファビアンが一体どうなったのか、早く最後まで読みたいと皆で思わされたシーンの連続だったと思います。
ゆきさんは「五感」を総動員したようなと書いてくれたけれど僕には「五感」をすべて視覚化させたかのような描写だったなと感じました。
ファビアンの肢体を船に例えるところから、揺れる飛行機も明滅する信号の点にしてしまうような。僕は視覚優位だからなぁ、明らかに。光が好き。


〇リヴィエールの勝利への道のり
僕がリヴィエールに関して一番印象的だったのは、ファビアンの死の際にロビノーに「独りにしてくれ」と一瞬の弱さを見せるシーンでした。
(次点が何でもいいから処分しろとロビノーとペルランの仲を裂くシーン)
確かにずっとリヴィエールは苦悩していたし、郵便会社が世間一般の幸せと遠いことにも引け目を感じていたようにも思います。
だけど、そこから立ち直って最後は勝利者として継続の飛行機を断固飛行させる。
もちろんこれが本当の勝利なのかどうかは分からないと僕には思えるけれど、リヴィエールが自分を取り戻したのは確か。


サン=テグジュペリの遺稿の中にこんな言葉があるそうです。
”道徳(モラル)に二種類ある。
一つは友情のそれ、他の一つは思想のそれ。
この二者は相容れない。
(結局、個人のそれと真人間のそれということになる)”


多分図らずもという事だろうと思うが、リヴィエールの物語を読んでいてやっぱり僕にはこの二つのモラルは等価に思える。
リヴィエールは、自分の中の全体主義で自分の個人主義を縛って奮い立たせているのだろう。


〇名もなき飛行士たちの会話
そんなリヴィエールの苦悩と努力を全編にわたって綴りながら
ぽんと放擲してしまうような最後の飛行士たちの会話。
とても印象的で、すがすがしくも浅はかにも感じられた。


「あいつ、俺が怖がってると思ってるんだぜ?」


制度の設計とか、会社の決まりの運用とかって見えないところ、気づかないことに影響を与えるけれど本人の意識に上りにくいという事ってありますよね。
法律とか社会制度もそうかな。
ずっと緊張あるシーンが続いた中で、スカッと晴れた空のさわやかさというか若さというかそんな強さを感じました。
結局歴史なんて知らない若者の勢いが世界を動かしていくとも
勢いは結局置かれた状況に着実に影響されてるとも取れて
うーん、鮮やかな中にも深みがあるなあ。


◆◇◆◇

さて皆さま、如何でしたか?

「夜間飛行」、有名なベストセラーなのでもしかしたら読まれた方もいらっしゃるかも知れませんが、中々ここまで多様な感想って持てないのではないでしょうか。共読中には、途中で止めてもいいし、好きに感想を言う事も、え?ここ分からないとか、この文章分かりにくい!とか、何でも自由に話します。読書中はとても自由で、その発言がまた、誰かの発想を惹き起こす、そんな会です。

今回初めて、こうして感想を皆に書いてもらえるなと思えたのも嬉しかったですし、時間をとって真剣にまとめて頂いたものは、また自由な発言と違った練られた発想だったり、他のメンバーの発言の拾い方だったりするなと思います。

今、このご時世で在宅、オンライン、がメインになって、その中で言葉を使うことが増えています。そこでは【主観と客観を両方とも】幅広くすること、そしてそれを表現できる力、が必要になってきます(炎上とか、そういうニュースを見てると思います)。それは最も人間にとって大切な、「自由」を、思考の自由を与えてくれます。面白そうだなと思われたら、ぜひご遠慮なくご連絡下さい。仲間になりましょう^^

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