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高橋浩一。AV監督と舞台俳優の狭間で創る世界。(3)

(承前)

大衆演劇ワークショップに通う

AV制作にせよ舞台の台本を覚えるにせよ相当の体力と記憶力がいるはずだが62歳の高橋は特別なトレーニングをしているのだろうか。
「何もやっていません」
とひょうひょうと答える。
「ずっと好きなことをやっているだけですね。やり続けるということが一番大切なんだと思います」

撮影が終われば舞台の稽古、舞台が終われば人妻と旅に出る。むしろどちらかをやめてしまうとダメになってしまうと言うのだ。高橋のツイッターにはこう記されている。
〈公演が終わり余韻に浸る間もなく撮影に忙殺されている。しかしロス状態に陥るより忙しさに我を忘れるほうがマシかもしれない。激しい芝居の場合、終わるとかなりの反動がくる。全速力で走っていたのが急ブレーキをかけたようだ。演劇は形のない芸術。常に次があるのみだ〉

演劇に関して今後高橋が目指すものは一体何なのか。
「最終的には大衆演劇をやりたいんです。一部・お芝居、二部・歌と踊りのショー!みたいなやつ。おひねりなんかも飛んで来たら楽しいですよね」時々催される大衆演劇の演技ワークショップにも通って研究も欠かさない。シェークスピアとは対極をなすような、日本の日常の劇形式という意味で、これも高橋らしい目論見であろう。

舞台 の 大道具 や 小道具、 衣装 は 高橋 が 自 ら 製 作 す る

 AVの変遷とともに

高橋がこの業界に身を投じたのは1985年ごろ。当時はまだバブルの真っ盛りであった。それまでは劇場で鑑賞するいわゆるピンク映画がこの業界の主役だったが、VHSやベータマックスといった家庭用ビデオが普及し始め、さらにレンタルビデオ店が世に現れだすと自宅で気軽に楽しめるAVが次第に隆盛になった。

「とにかく作れば売れる時代でした(高橋)」
撮影の現場ではピンク映画に携わっていたスタッフがそのまま流れてきて作業をしていて、当時は豊富な予算をかけて大勢の関係者を引き連れ1週間くらいのロケを敢行することも多かったという。VHSビデオにDVDが取って代わり、2000年代からネットが普及し違法な動画などが流出し始めるとAVの販売は大きな打撃を受けることになる。

いっぽうその間、とかく世間から白眼視されていた業界内でも様々な改革が行われた。かつての映倫の役目や著作権保護活動などを担う「特定非営利活動法人 知的財産振興協会(IPPA)」、女優の労働環境を守る「一般社団法人 表現者ネットワーク(AVAN)」、法律の専門家たちが出演契約の公平性を監視する「AV人権倫理機構」、AV事務所における統一ルールを設定し業界の地位向上を目指す「一般社団法人 日本プロダクション協会」など。世を騒がせた違法動画や女優の出演強要問題などの事案を受けて、今では様々な団体が設立され、業界の健全性を確立しようと活動をしている。かつて危ない業界と言われたAVの現在は、このような改革を通じて適正なコンプライアンスのもと運営されるようになってきている。

とはいえ。
現在のAV制作現場はなお過酷なものであると言わざるを得ない。かつてのように大掛かりな予算と体制で作品が作られることはごく一部の大手メーカーが記念作品的に制作する以外、ほぼなくなった。
一概には語れないが昨今の一般的なAVの制作費は100~150万円ほどと言われており(出演費除く)、その中でスタッフは監督、AD、カメラマン、メイクなどの人件費、スタジオ代、機材費などのすべてをやりくりしなくてはいけない。撮影は1日に集約しなくては予算にはまらないので、メイク、ジャケット撮影、本番、撤収など分刻みのスケジュールを設定する。その後の編集は監督の自宅のPCで自ら行うことも多い。

そういった中で制作者たちは知恵と妄想力を働かせ世の人々の嗜好する新しいエロスを日夜開発しているのである。
監督が人妻一名と機材さえ携えて行けば撮影を完遂できるこの作品は、そういった点も含めて非常に緻密に計算された合理的なAVの新形式だったのである。 

編集 を 終 え て ほ っと 一息。 夜 の 街 へ と 向 かう 高 橋

ファンとの定期飲み会

高橋の活動の中で面白いと思った催しがある。年に一度、作品のファンの集いを実施しているのだ。高橋の言葉を借りれば「定期飲み会」である。さすがにコロナ下においてこの2年ほどは中止せざるを得なかったが、2018年、筆者はこの集いに初めて参加させてもらった。

そこに集まる多くは作品のリアルなファンたち。参加希望者はHP上で直接募るというやり方で、業界関係者でもない人々をそのような形でいきなり一堂に集めて混乱が生じないかと不安に感じていたが、会は非常に和気あいあいとした空気のもとに進行するのである。

居酒屋に集合したのは総勢30人ほどか。常連も多くファンの中には女性もいる。見渡せばゴーゴーズから同じくAV作品を上梓し続けている監督仲間、作品に登場した人妻さんやすでに顔の知れたAV女優もいる。高橋が遅れて入ってくるとみんなが拍手で出迎え、まるで旧知の間柄のようにファンたちと酒飲み話が始まるのだ。当然内容は作品に及ぶ。「あの人妻さんのこのセリフがよかった」「私もこんな風な場所で抱かれたい」など。集まる人々は全く屈託がなく、AV作品を等身大に評価し楽しんでいるし、高橋も彼らの声に興味深く聞き入っている。

かつては「銀幕の向こう側」などと言って、創作する人々と消費者の間には与える影響力の大きな立場の違いがあったが、ネットの普及によりその構図はこの業界においても大きく変わってきているようである。

「不倫旅行」の果てに

2022年1月9日。筆者は高橋が座長を務める「練馬大根一味」の定期公演『真夜中の来訪者』を観劇した。(高橋はこの劇団では古谷一郎名で演出を行っている)

クライマックスで彼が演じる主人公・空知刑事が、
「私たちは一人では生きていけません。助け合わなくてはならないのです」と語りかける。その声は不倫旅行シリーズで人妻に向けられるソフトな口調とは打って変わった決然とした台詞。人間への愛に満ちたエールのようでもあった。

様々な時代の変遷を経つつも高橋は変わらぬ姿勢で自分の仕事と対峙し続ける。スタッフへの態度は常に紳士的であり、瞳はいつも楽しげに輝いている。

活動を通じて、高橋が求めている世界とは一体何なのだろう。

普段あまり陽のあてられることのない主婦の日常を丹念に聞き出す高橋。シェークスピア劇を熱心に見入る高校生に胸を打たれ、大衆演劇に魅せられる高橋。「定期飲み会」を開きファンとの交流を屈託なく楽しむ高橋。そのベースには人生を通して変わらぬ創作へのゆるぎない情熱があるのは間違いない。だがそのさらに向こうにあるのは、様々な人々の業や猥雑性を許容しつつなお、いつもそこに目の当たりにできる人間の純粋性への賛美なのである。

秋本プロデューサーが笑いながら語っていたのを思い出す。
「『不倫旅行シリーズ』の最終回は高橋が人妻さんと本当に駆け落ちしてしまうなんて展開がいいと考えています。そしてどこからか編集された素材だけが届けられる、、、。いや、高橋監督なら真面目にありえそうな気がしていて」

高橋の本当の旅は、これから始まるのだろう。(了)

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