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「暖房」とは体をあたためることではありません。本当に快適な住まいづくりを

暖房をしているのに背中が寒く、足先が冷たい。
そんな住まいは少なくありません。
なぜ暖房しているのに不快なのか、快適な住まいにするにはどうすればよいのか。東京大学の前真之准教授に解説していただきました。


採暖で得られるのは快適ではなく快感
中緯度に位置し四季の変化がはっきりしている日本では、夏は暑い一方で、冬はかなり冷え込みます。日本の家では冬に室内で囲炉裏やストーブで生火を焚いて暖を採る、いわゆる「採暖」が永らく行われてきました。

そのせいか、「暖房とは体を温めること」と誤解している人が少なくないようです。

ですが「採暖」と「暖房」は似ているようで、実はかなり違います。

採暖で体の一部を加熱して得られる「暖かい」という感覚は、「快感」に近いものです。快感は感覚の変化によってもたらされます。寒い屋外から家に帰ってきて、ストーブの前で凍えた体を採暖で温める時、人は大きな快感を得ることができます。

残念ながらこの暖かいという快感は長続きしません。ストーブの前に座り続けて体が温まってくるとだんだん暑く感じはじめ、ついには不快に変わってしまいます。採暖で得られる快感は、寒いから暖かいへ感覚が変化する、その短い時間にだけ得られるものなのです。

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目指すは暖房による「快適」バランスの仕組みを知る
こうした快感と快適は大きく異なります。短い時間にだけ得られる快感とは異なり、快適はずっと長く続くものです。目指すべきはこの快適の方です。

熱的な快適を実現するにはいくつかの条件があるとされますが、一番大事なのは「体内からの代謝熱=体表面からの放熱」が釣り合うことです。

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我々人間の体の中では常に熱が生み出されており、それによって体温を正常に維持しています。この体の中から湧いてくる熱を「代謝熱」と呼びます。一方で体の表面からは、周辺の環境に熱が放出されます。冬の室内では、空気への対流・壁への放射という2つの放熱ルートがメインになります。この「代謝熱量」と「放熱量」のバランスが肝心です。

冬に周辺環境が低温になると、体表面からの放熱量が増加し、「代謝熱量<放熱量」の状態になります。このままでは体が冷え切ってしまいますから、体は血流を絞って皮膚の表面温度を下げ、放熱量を減らします。

こうして皮膚の表面温度が下降する際に体のセンサー(冷点)が感知して「寒い」という感覚が生み出されるのです。

寒い時に代謝熱量と放熱量のバランスを取り戻すには、体を動かして代謝熱を増やす、着衣量を増やして放熱量を減らす、などの方法があります。

ですが、ずっと体を動かし続けるのはしんどいですし、着衣が厚すぎるのも不便。そこで、「暖房」が必要になります。

暖房により空気と壁の温度を高く保つことで、体表面からの対流(→空気)と放射(→壁)による放熱量が自然に減少します。無理に放熱量を絞る必要がないので血流を増やし、体表面温度も高くできます。皮膚表面の冷点も寒さを感じなくなり、血流も増えて体全体の温度が上昇します。寒さを感じることなく、体も心もリラックスしたままずっと長く居続けることができるのです。

暖房とはこのように、人の周りの空気と壁の温度を整え、快適性を確保することなのです。

暖房設備に頼る前に建物の高断熱・高気密化を
ストーブやヒーターなどの採暖機器で、一時の快感は得られます。しかし本当の快適を得ることは難しく、また体の各部位の温度が極端に異なり、血流も絞られるために、健康にも悪影響があります。断熱・気密の技術がなく、また熱と煙を分離できなかった時代のやり方といえます。今、目指すべきは「本当の暖房」です。

ではエアコンなどの「暖房設備」を設置すれば暖房ができるのでしょうか。話はそう簡単ではありません。

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エアコンは温風を出して部屋を暖めようとしますが、高温の暖気は軽いので、上に浮き上がって隙間から屋外に漏れていきます。逆に外の低温の冷気は重いので、下の隙間から侵入してきます。
 
このため室内の上下で大きな温度ムラが発生し、足元が寒いまま、頭だけが暑くなってしまう場合が少なくありません。顔に高温の空気があたると乾燥感の原因にもなります。

こうした温度ムラの原因は、暖房設備だけでは解決しません。建物の気密と断熱が不可欠なのです。気密により、暖気の漏れと冷気の侵入を防げます。断熱により、暖房に必要な熱が減少するので、エアコンは高温の温風を吹く必要がなくなります。壁の表面温度も上昇し、体全体を包む温熱環境全体が穏やかになります。

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「本当の暖房」、つまり「暖かい空間」を実現するには、まずは建物の断熱・気密性能をしっかり確保することがなにより肝心です。建物の基本性能をしっかり確保した上で暖房設備により少しの熱を加えることで、本当に快適な温熱環境をつくることができるのです。

※本記事は「だん02」に掲載されています