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NEW ME_今も響くECHOS OF LOVE(国際女性デーによせて)

毎日机に向かう…
あぁ、今は自叙伝に毎日向き合う日々。
かなり書き溜めているところです。
もう少しお待ちくださいね。

あ、机に向かう…
いや、机じゃないか、
今の時代だとPCか携帯か。

この、毎日机に向かう…は、
私の敬愛する宇野千代さんのお言葉です。
今日は国際女性デー。
なので宇野さんのお話しをさせてください。

昨年、一気に断捨離をして本もほとんど処分したので、残した本はひと棚。処分したのは段ボール何個分だっけ。
とにかく沢山処分しました。

急に物を所有しているのが嫌になり、ここ数年読んでない本だらけだなぁと思い立って、どうしても取っておきたい本だけを残して整理しました。

なので、今持っている本は一目瞭然。
大切な本だけ。

その中にある大切な宇野千代さんの本。

宇野さんの本もたくさん持っていたけど、やはりこれかなという本を一冊に絞りました。

「幸福は幸福を呼ぶ」
宇野さんの本は、今はこの一冊だけ。

才能とは能力を積み重ねることである…

自分の才能がほんの少しであることを知っている。しかも、これは変えることが出来ない。このほんの少しの才能しかないとしても、今日、いま、この仕事に志して歩いていることを考えると、何とも言えない倖せを感じる。ときには、この才能がこつこつと積み重ねて行くものを、見て見たいと思うこともある。決して、気を落とさない。毎日、飽きずにこつこつと書く。私には私なりの希望がある

幸福は幸福を呼ぶ 宇野千代

宇野さんはある時、徳島で人形師に会います。
16の年から80いくつまで毎日、木を刻んできた老齢の師。のみを使う、ながい道程で師は人形とはどう作るものかを会得したのだなと宇野さんは感動します。

その感動が、宇野さんに、
毎日同じ仕事を繰り返すのだ。
私の手の中に仕事の記憶が残る。
毎日書くのだ。
書けないと思うときにも机の前に坐るのだ。
と思わせたというエピソード。

とにかく机の前に坐る。
書けなくても坐る。

さぁ、書くという姿勢をとることが大切なのだとも語っています。

宇野さんは活力の塊みたいな人。
私、何だか死なないような気がするんですよ、と98歳まで思いきり生き抜いたタフな女性です。

大正・昭和・平成にかけて活躍し、小説、随筆など多才で知られ、編集者、着物デザイナー、実業家の顔も持った方でした。

私が宇野さんの本を買い求めたのは30代前半。
仕事が急に全国に広がり、多忙を極めた頃。

森瑤子さん、向田邦子さん、有吉佐和子さん、宇野千代さん…

私よりはるかに年上の方々の生き様に興味を持ち、彼女たちの本を小説からエッセイまで全てを次から次へと購入して乱読した時期がありました。その本の中には、女性としてタフに生きるヒントがたくさんありました。

現代より女性としては生きにくい時代に生きていた彼女たちの生身の姿が、小説や随筆にはあり、悩んだり、失敗を重ねても、それを糧にしては生き抜く力の軌跡が描かれていて、まだまだ先が見えなかった若い私にいっぱい勇気をくれました。

それから数十年、遠いと思っていた彼女たちの熟年期にすでに達している私に、彼女たちは過去から未だエールを送ってくれています。

宇野さんの、とにかく机に向かうのですというフレーズは、今も昔も私を奮い立たせるのです。

あきらめずにこつこつ積み重ねる。
挫折しそうになり、投げ出しそうになると、この言葉も思い出す。

若い頃の写真を見るとおしゃれで現代的な宇野さん(wikiで見てね〜)晩年の彼女は黒縁の大きめな眼鏡をかけて、前髪ぱっつんとした髪をアップにして可愛らしい。

幾つになってもシャンと着物を纏い、朝はお化粧を必ずして、身だしなみを整えることにも手を抜かない。
こんなお茶目な80代、90代になりたいとずっと思っていました。

今は一冊になった宇野さんの本の中に、私がもうひとつ大好きなエピソードがあるのでご紹介しましょう。

誰でも今すぐに幸福になれる

幸福であるのも不幸であるのも、本人のものの考え方一つできまる場合が多いと思うのであるが、そういう点で、私は自分を幸福に感じる感じ方が案外上手な人間だと思うのである。つまり、幸福を知る才能が、これでもなかなかあるように思うのである。

幸福は幸福を呼ぶ 宇野千代

75歳の頃の宇野さん。眼も少し霞んで、見るものも、あまり見えない。
或るとき、お風呂に入って鏡に映った自分の姿をボッティチェリーのヴィーナスの絵のように思えたのだそうです。
人が聞いたら呆れるかもしれないけれど、お風呂場の湯けむりと視力が落ちてぼぅーとしか見えないことが自分の真の姿を見せる邪魔をしていたのだけど、老齢の自分にとって、その瞬間がどんなに幸福であったか…と語っています。

彼女の幸せを見つけるセンスが、このエピソードから伝わります。

あとは20年前にNYできれいにお化粧をして帽子を冠って、いかにも幸福そうな笑顔でオープンタイプの車に乗っている女性を見て、ふと彼女に両手がないことを知ります。両手がないということは障害者だということです。当時の日本ではないこと。その若い女性の笑顔から宇野さんはたくさんのことを考えたと言います。
両手がなくても、その人には幸福になる権利がある。
お化粧をして美しい帽子を身につけて堂々と街に出ていていいのだ。
私たちは不幸なことと幸福なことを混同して、不幸なことがあると、その不幸で凡てのことを塗りつぶしてしまけど、塗りつぶしてよいのでしょうか。お天気はよいのです。街は広いのです。若い顔に化粧をして、車で走って悪いでしょうか。

この感動は宇野さんにいつも尾を引いて残り、自分の身の上のことで何べんもぺしゃんこになっても勇気を起こし、私もまた、幸福になる権利があるのだと、いつも思われたそうです。

不幸をそのまま鵜呑みにしないないくらい強いものはない、この考えをいつか、いろいろ応用することを覚え、老齢になっても「私はおばあちゃんだから」などとは決して考えないことにしたと言い切っています。
おばあちゃんでも幸福になる権利がある、と思うと。

タフですね。
まず、見ている観点からして彼女らしい。

お風呂場でひとりで見た姿をヴィーナスの如くと言える可愛らしさ。
ほんとうなら年老いたことをマイナスに取るほうが普通のような気がしますが、彼女は老いて目が悪くなったことをプラスに置き換えています。

NYのエピソードも、不自由な方を見かけたというだけならお気の毒にと思うだけなのかもしれないし、見かけた方の背後にどんなドラマがあるかはしれませんし、裕福な環境だからこその微笑みななのかもしれないけれど、偶然見かけた若く化粧をして微笑む女性に両手がないことを、自分の中でプラスに置き換えて、幸せというものを考える力が宇野さんにはあるのです。

何を見て、何を感じるか、
同じ光景でも、それをマイナスかプラスに受け止めるのかは、
その人の重ねてきた生き方が現れる部分だと思うのですよね。

日々、繰り返す。
こつこつと積み重ねる。
そして思いきりのプラス思考。
生きていればうんざりだとか、違うことに逃げたくなることもあるかもしれません。だけど、きっと長く継続してゆく道程には、得るものもあるはずなのだと、宇野さんから教えて頂きました。


今はジェンダーという表現がなされ、男女平等と言われる時代ではあるけど、実態はまだまだ欠け落ちていることも沢山あると思います。 

明らかに女性の歴史の100年前は、今よりも生きにくい時代だったでしょう。気になって調べたら100年前は1922年、大正11年。あら、父が生まれる1年前か。

かの、平塚らいてうが、国会請願運動の結果、1922年2月、女性の政談集会への参加および発起が認められることになりました。戦前の日本では、女性の政治的権利獲得に成功した唯一の例。

が、ぴしゃり100年前のことです。
この100年の間に、どれだけの女性のドラマや歴史があったでしょう。

宇野さんもこの過去の歴史の時代に生きて、毎日毎日、机に向かって思いを書いていらっしゃったんだなぁと思うとね、改めて時を超えて、

「あなたもタフに自由に生きていいのよ」

と歴代の快活な女性からのエールが、
今も尚、世界に向けて、そして私の心の奥底に響き続けていることを感じます。

ECHOS OF LOVE…

そう、まだまだファイティン!
GIRLS WILL BE GIRLS!
頑張ろう。

2015年、20枚目のアルバム「夢の凱旋」
私は力強い女王になってみました
想像力もまた自由への扉ね

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日々のダイアリーと今まで生きてきた人生の中のエピソードがここでリンクするエッセイです。

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今と過去の私をつなげるエピソードで綴られるエッセイ。 半分の「今」は現在のダイアリー的なもの。 半分の「過去」は今までの自叙伝の欠片ような…

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