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「辞めさせてもらえない…」代行に頼る退職届◆ニーズの裏でトラブルも【時事ドットコム取材班】(2023年04月23日)

 「もう、嫌だ。逃げられない。死にたい」。追い詰められた20代女性が頼ったのは、本人に代わって会社に退社の意思を伝える退職代行業者だった。精神的な負担から自分で退職届を出せなかったり、出しても受け付けてもらえなかったりした人たちからニーズがあるサービスだが、トラブルに見舞われるリスクもある。利用者の声を追った。(時事ドットコム編集部 川村碧

 【時事コム取材班】

「やっと解放」逃げ道の一つ 20代女性のケース

 関東地方で正社員の清掃員として働いていた20代女性。主な業務は企業内清掃で、入社当初から、先輩に「仕事が遅い」「ちゃんと考えてる?」などと叱られ、昼休憩時に作業の進め方の注意を受ける日々が続いた。自分のことを「人と話すのが苦手で、自分の思っていることをなかなか話せないタイプ」と語った女性。社内で「もっと話しなさい」と詰め寄られることも「苦痛で仕方がなかった」という。

 体調に異変が生じたのは入社2年目、2023年3月初めだ。吐き気や頭痛が続き、心臓の鼓動をうるさく感じた。体がだるく、仕事を休みがちになり、精神科医から「ストレスが体に出ている。仕事を辞めましょう」と提案を受けた。だが、当時は繁忙期。「今、退職するのは無理だ」と考え、薬を飲みながら仕事を続けた。

悩む女性のイメージ画像(記事とは関係ありません)

 この職場で働くなら死んだほうがいい。通勤中に事故に遭って死なないかな…。そんな考えが、ふと頭をよぎることもあったという。退職を決めた最後の一押しは、上司からの電話だ。体調を崩して休んでいた女性は、上司に「せっかく社員になったのに。今が頑張りどきだから乗り切れ」と言葉を掛けられ、涙が止まらなくなったという。

 ホームページから申し込んだ代行業者とのやりとりは、すべて無料通信アプリのチャットで、業者はその日のうちに、会社に退職の意思を伝えた。「やっと解放された、というのが一番でした」と当時を振り返った女性。在職中、先輩が退職した社員をののしっている場面を見聞きしていたといい、「直接辞めたいと言う勇気はなく、考えるだけで言葉が出なくなりました。私と同じように、退職を申し出ることに恐怖を感じる人もいるかもしれませんが、体を壊してまで続ける仕事はないと思います。自分で言い出せないなら、退職代行という逃げ道もあると知ってもらいたいです」と話す。

「仲間裏切った」と後悔も 30代男性のケース

 21年12月、10年以上務めた小売業の事務職を辞めた30代男性は、過度な引き留めを受けるなどしたため、代行業者を利用した。

自己都合による退職届

 男性は、人間関係のトラブルや、同僚の面前で上司から叱責されるといったストレスが積み重なり、自律神経失調症を発症。「もうここで働くのは無理だ」と感じ、休職中に退職を申し出たが、上司は「考え直してほしい」「話をさせてくれ」と繰り返すばかり。男性は「過去にも辞めようとした社員を長時間説得していたような会社だったので、引き留めは予想していましたが、当時は何を言われても恐怖しか感じなくなっていました」と語る。

 体調も悪く、「すぐにでも(会社を)離れたい」と考えて業者と契約。「会社とやりとりする必要がなくて精神的に楽でした」と話したが、同時に「お世話になった人に最後のあいさつができなかった。あのときは(代行が)最善策だと思いましたが、『仲間を裏切ってしまった』と感じ、しばらくはつらい思いをしました」とも語った。

背景にブラック企業、退職妨害も

 2010年代後半に広く知られるようになった退職代行。記者がインターネットで検索すると、民間業者20社以上がリストアップされ、多数の弁護士もサービスを提供していた。若者らの労働問題に取り組むNPO法人POSSEの坂倉昇平理事によると、長時間労働やパワーハラスメントが横行する「ブラック企業」と、企業が労働者を辞めさせない「退職妨害」を背景に業者が増加しているという。

入社式に臨む新入社員ら(記事とは関係ありません)

 坂倉理事は「2000年代初期は、『正社員の若者が簡単に辞めるなんてあり得ない』という考え方が今とは比べものにならないほど強かったが、2010年前後に、社員を限界まで使い潰そうとするブラック企業が社会問題化し、積極的に『辞める』という選択をする労働者が増えてきた」と指摘。企業側の対抗策として、退職を認めなかったり、強引に慰留したりする「退職妨害」が増えてきたといい、「お金を払ってでも退職したいというニーズにサービスがかみ合ったのだと思う」と推し量る。

失った有休2週間、泣き寝入り

 ブラック企業の存在や、自ら退職届を出すことが困難な労働者のニーズに応じた退職代行。利用者から聞こえてくるのは、成功例ばかりではない。SNS上では、「結局、自分で会社とやりとりすることになった」「辞めることができず、お金も戻ってこなかった」などのトラブルも相次いで報告されている。ここ数年は、NPO法人POSSEにも、年間10~20件程度の相談が寄せられるという。

 POSSEによると、22年に相談を寄せた女性は、パワハラなどを理由に退職を決意。退職と同時に約1カ月分の未消化有休を取得しようと思ったが、就業規則で「取得希望日の2週間以上前に申請すること」とされていたため、ホームページに労働組合が運営していると書かれていた退職代行業者と契約した。

大手検索サイトで「退職」「代行」を検索すると、複数の予測変換候補が表示される。「退職代行サービス」では670万件を超えるページがヒットした=2023年4月14日

 女性は会社との交渉を任せたつもりでいたが、業者は会社側の「直接面談して話したい」との意向や、「退職は認めるが、有休は2週間、残り2週間は欠勤扱い」との考えを伝えてくるばかり。自ら上司に電話せざるを得なくなり、電話口で叱責されたこともあった。後から「おかしい」と思い直し、労働基準監督署にも相談したものの、有休を取り戻すことはできないまま終わったという。

退職代行業者と契約を結ぶ前にトラブルを回避する方法はないのでしょうか。POSSEの坂倉理事によると、業者の形態は、大きく「弁護士監修」と「労働組合が運営」の二つに分けられるそうです。後半で紹介します。

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