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「神対応」はもう終わり?人間に戻ったお客さま【時事ドットコム取材班】(2022年12月22日08時30分)

 「顧客からの社会通念上過剰な要求などには対応しない」―。そう宣言する企業が増えてきた。お客さまは神様とは、とある有名歌手の言葉だが、当然ながら神様ではない。いつ、お客さまは神になり、人間に戻ったのだろう。ある業界団体関係者は「顧客の過剰とも思える要求も聞き入れてきた企業の『神対応』がカスタマーハラスメントをエスカレートさせてきた」と語る。(時事ドットコム編集部 横山晃嗣

 【時事コム取材班】

「神対応」を反省

 「『神対応的』な相談対応をしてきてしまったことを反省しています」。2022年11月、取材に応じた菓子大手カルビー(東京都千代田区)の元お客様相談室長、天野泰守さん(69)はそう語った。現役時代、業界内には、苦情を申し立てた顧客に対しては、手土産持参で自宅を訪問、自分たちの落ち度を示す十分な証拠が示されなくても謝罪し、返金に応じるような慣習があった。不満を持つ顧客が最終的に喜ぶ状況に持っていくー。それが理想の顧客対応だったという。

 現在、菓子業界各社の顧客対応窓口担当者らでつくる「日本菓子BB(ベタービジネス)協会」(東京都港区)のアドバイザーを務める天野さんによると、菓子業界が過剰とも言える顧客対応をするようになったきっかけは、2000年代初頭、食品大手の雪印グループで起きた集団食中毒事件(00年)と牛肉偽装事件(02年)だ。相次ぐ事件で食品の安心・安全が改めて注目され、業界は顧客の申し出に過敏に反応するように。一部の企業が過剰と思える要求に応じ、他の企業も、同様かそれ以上の対応を求められる空気が広がった。「お客さまが『言えば何でもやってくれるんじゃないか』と考える時代に入った」という。

日本菓子BB協会アドバイザーの天野泰守さん=2022年11月28日、東京都港区

 「過剰な要求をするお客さまは『自分は絶対悪くない』というところからスタートし、断られないことを前提に話を進めていることが多い」。そう語った天野さんが例に挙げたのは、袋の中に「入っていた」とする毛髪のDNA型鑑定をして混入経路を特定するよう要求されたという事案だ。仮に誰の毛髪かが特定できたとしても、それは経路を解明したことにはならないー。そのような説明を繰り返し、何とか納得してもらったという。

 神様になったお客さま。企業によっては、「混入していた」とされる異物が提示されず、事実確認できない場合でも代品を送ることがあったが、BB協会は17年、「現品のない人には対応しない」との統一ルールを策定。22年には、「同じやりとりが3回繰り返されたら、顧客対応を打ち切ってもよい」などとするガイドラインをまとめた。天野さんは「買ってくれた人全員が『お客さま』ということではない。決められた基準で対応し、応じられるものと断るものを区別する。断ることは会社にとってマイナスではない」と断言する。

日本菓子BB協会のマニュアル作成ガイドライン=2022年11月28日、東京都港区

広がる動き、従業員「守る」姿勢も

 各社で進むカスハラ対策は「対顧客」ばかりではない。店員が胸に着ける名札の表記見直しも対策の一つに数えられる。

 タリーズコーヒージャパン(東京都新宿区)はもともと、名札に下の名前を漢字とローマ字で併記していたが、2022年5月、「イニシャル表記」に改めた。名札情報を基にSNSアカウントを特定された従業員が顧客からメッセ―ジを送り付けられ、出勤しづらくなったことなどが理由だ。取り組みは国にも広がりつつあり、厚生労働省は通知で義務付けた薬剤師らの名札着用の見直しを進め、22年6月、「姓のみ」や「氏名以外」も認めるよう改めた。

タリーズコーヒージャパンのイニシャル表記の名札=2022年11月29日午後、東京都新宿区

 約500の企業や団体の担当者らが加盟する公益社団法人「消費者関連専門家会議(ACAP)」(東京都新宿区)によると、企業側の顧客対応の見直しには、労働組合「UAゼンセン」が17年に発表した悪質クレームに関するアンケート調査結果などが影響している。UAゼンセンは17年、各社の顧客担当スタッフら約5万人を対象にアンケート調査を実施。7割超が悪質クレームに遭遇、経験者の9割がストレスを感じ、精神疾患を患った人もいたとする結果を発表した。ACAPの坂倉忠夫専務理事(63)は「従業員を悪質クレームから守る必要性が認識されるようになった」と語る。

 坂倉専務理事によると、加盟企業が取り組んでいる対策は①社外への宣言②社内マニュアルの整備③従業員のメンタルケアーの三つに大別される。社外に明示することでカスハラを未然に防止し、発生した場合はマニュアルに沿って対応する。さらに、対応に当たった従業員をねぎらうというものだ。

 ある企業では、従業員がクレームに対応する際、他の従業員が周囲に集まって励ます仕組みを始めているという。

消費者関連専門家会議の坂倉忠夫専務理事=2022年12月2日、東京都新宿区

 「飛び出して前傾姿勢のままK点を越えてしまうと地面に激突してしまう。K点を越えて危ないと思ったら、着地しないといけない。同じように『これ以上は神対応をやめよう』という基準を決める必要がある」。各社にカスハラ対策をスキージャンプに例えて説明するという坂倉さん。「悪質クレーマーはごく一部。ほとんどのお客さまが正当な申し出をしている。悪質クレーム対策のみに企業が注力し、善良なお客さまがクレームを言いにくくなったり、企業の対応者が努力を怠ったりすることにはしたくない」とも語る。

カスタマーハラスメント問題に詳しい関西大学社会学部の池内裕美教授(54)=社会心理学=は、カスハラが広まった背景について、歌手の故・三波春夫さんの「お客さまは神様です」という言葉が誤った形で社会に浸透して企業のサービス競争が激化し、「一部の消費者が『自分たちは神だ』ということを従業員に言うようになってしまった」と指摘してきしました。後半で紹介します。

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