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地底街20-25-330(八王子入口)について(1)

 最初に書くべきことがあるとすれば、地底人は意外にも我々と同じように日本語を使ってコミュニケーションをとるということだ。もちろん地底街のあらゆるところに日本語表記も見受けられた。地底街で半年間生活をした私に言わせれば、彼らは地上の人間よりもはるかに分かりやすく正しく日本語を使うし、声量が充分にあり滑舌もかなり良い。そんな環境で半年過ごしてしまったから、私は地上に出てから会話に苦労した。街行く人々の声はどうも囁き声に聞こえて鬱陶しいし、滑舌も酷いため一体何を言っているのかが聞き取れない。今これを執筆しているこの病院の看護婦や医者はもはや喋っていないのと同じくらい声が小さい。院内では静かにするのが原則なのかも知れないが、いくらなんでもやりすぎだ。地底かぶれではないが、私一人だけが大声で怒鳴りつけているみたいに喋ってしまうので恥をかかされている。近い将来、新卒の活気溢れる地底人達が地上に出てきて就職活動をするようになるとすれば(私はそんな未来を強く願っている)地上人達の働き口は圧倒的に滅亡し、地上が地底人のものになるだろう。そうなった日にはこの腐り終えたようなアジアの小国は、敗戦のどん底から築き上げた最繁栄期の数十倍、いや数千倍の力を取り戻し、米国、中国を抑え世界のリーダーに躍り出る事は間違い無いだろう。
 とにかく、私が地底街で過ごした5ヶ月と24日の日々は〈ふつうでありながらも〉私の66年の人生の中で最も輝きに満ちた半年間で、現代社会に蔓延る損得感情や意味を超えた素晴らしい体験で溢れていた。これから私が病院のベッドの上で綴るこの手記には、学の無い私が少ない語彙や表現で地底街の美しさそして地底人達の慈愛を伝えようとする懸命さを感じて頂きたい。陰気で声の小さな医者が言うには、もう私は長くはなく(相澤琴美さんと同じような病気らしい)、これを納得できる終わりまで書き続けられるのかは分からないが、とりあえずやっていこうと思う。
 突然来訪した地上人の私を心良く迎え入れ、丁寧に地底街を案内してくれた多くの地底人達と、美しき地底街に感謝と敬意を表して。
2000.4.10 吉内巽

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