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成長とは、チャレンジの繰り返しでできるもの

中小企業の変革を支える人たちのインタビュー

本企画では、70年続く中小企業の中で、(様々なしがらみを乗り越えて)企業の変革に挑戦し続ける人たちに焦点をあてて、どんな挑戦と失敗があったのか、またどのような成長をしているのかをリアルに伝えていきます。
中小企業で働く多くの人たちにとって、エールになれば幸いです。

第三弾は、新卒からJiiで活躍し続けこの度会社史上初の女性役員に抜擢された、李雪梅さんにインタビューをしました。

インタビュアー:石毛

まず初めに、李さんのこれまでの会社での経験と、どんなことをしてきたのかを簡単に教えてください。

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2000年に中国から日本語学校に留学で日本へ来ました。その後、大学受験をしました。大学を卒業する数ヶ月前に面接の機会を頂きまして、日本工業社にアルバイトとして入社しました。2006年4月から正社員となりました。
当時面接の際に感じた事は今でも鮮明に覚えています。他の会社の面接も多く受けた事がありましたが、心が暖かくなる面接は初めてでしたね。当時の社長、常務、宮脇さんと出会い、温かみのある明るい会社の雰囲気でとても心地良かったのでここで働きたいと思いました。
他に大手の内定も決まっていたのですが、日本工業社の社内の雰囲気と中小企業は上層部と近い存在でやり取りでき、社員の意見も積極的に聞き入れていただけそうと思って入社を決意しました。
今年で勤続14年目となりますが、プライベートでは結婚と出産を経て、子育てしながら働いて来ました。先輩のママさんもいてとても理解されやすかったので、子育てしながら働きやすい環境でした。

新卒からJiiで活躍されている李さん、入社当初はどんな目標や希望をもっていましたか?

当時は早く昇進して先頭に立って引っ張って行く、リーダーになるという目標を持っていました。今は引っ張るリーダーではなく、みんなをサポートして支えるリーダーを目指しています。
入社してからはビジネスマナー全般を教えていただき、正社員雇用後は仕事で使うイラストレーターやフォトショップなどアクロバット系ソフトなどの色々な学習の機会を頂けました。
アルバイト時代はDTP作業の手伝いで、イラストレーターを使って名刺作成を経験させてもらったとき、データを作るという経験が初めてだったのですごい楽しかった印象が残っています。

今やもうプロであるデータ作成、入社早々から学んでいたのですね。
今リーダーのポジションも経験している李さん、希望をかなえていてすごいです!
当初はそれを目標に頑張っていたのですね。

転職を考えた事も数十回ありました。
でも転職活動するごとに、自分自身の棚卸しをして行くと自分が成し遂げていない課題が見えてきました。その課題をクリアできていないまま逃げるのは嫌でしたね。
私の性格上、負けずきらいな所が強く、決めた事は納得のいく結果を得られるまでは諦められないという所があって続けて来れました。
過去に中途半端な状態で逃げた事を経験しているので、ちゃんと課題をクリアしてから次のステップに進みたいと思いました。
何事も解決法はあるので、逃げずに立ち向かう生き方をしてきました。
この仕事が凄く好きだからとかは一切ないですけど(笑)、今はフラットな関係でチームのみんなと新たなチャレンジをし続ける、努力し続けて結果を残せた時の達成感が凄く好きです!

今思うと価値のある積み重ねになったのでしょうね。

そこからこの会社でキャリアを積んでいく中で、苦労したことは?

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はじめて責任者という立場になったとき、希望を持って入社してきた若者たちを守りたいという気持ちが強い中に、上司の協力が得られない時がいちばん辛かったです。
社内は情報がオープンになっていなかった為、上層部の考えや行動が分からないという時期がありました。新たなルールだけが色々発表される感じでした。
当時は様々なルール固めになっていて、社員が自ら考え行動出来る環境ではなかったです。
逆に少しでもルール外の行動をしたらいけないという雰囲気でした。
その中でも新人が失敗してもチャレンジ出来る環境を整えたくて苦労しましたね。当時は上司と部下のクッション役になるしかなかったです。
今、思い返してもそんなルールは必要だったの?と思う事ばかりですね。
昌悟さんが入社してからは今まであった自律を妨げる古いルール・慣習は全て無くしてくれたので、自由な働きが出来るようになりました。

そのポジションのとき、李さんご自身の成長にも大きく繋がった時期でもあったのでしょうか。

そうですね、製作グループ責任者のときは苦しかった時期でもありましたが、失敗してもチャレンジ出来る環境を作りたいという使命感が強くて上司に何度も意見をぶつけるなど立ち向かっていました。
そのあと丸の内センター責任者になったときに上司が当時の常務に変わり、「失敗してもいい、李さんのやりたい方法でやっていい、責任は僕がとるから」という言葉が最大の後押しでした。
それまで出来なかった、自分で考え、自分で行動するという事出来るようになる喜びはとても大きかったです。
そこで迷いとかがなくなって、どんどん新しい企画をして行動に繋げることができました

そこからどんどん行動する李さんができてきたのですね。

新しい行動をし始めてから、一番刺激になったことは?

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当時の常務の後押しもあって丸の内でオープンハウスという企画を開催した事です。
お客さんに挨拶巡回に行ったり、新しい提案をしたり、どんどん案件受注もできて、その時にチームのみんなで支え合って、過去最高の売上を達成出来た時が一番刺激的でした。
チームのみんなの協力が本当に大きかったですね。どんな複雑な案件でもみんなと意見を出し合って、試行錯誤しながら失敗しても責めるのではなく、再チャレンジする事で売上もどんどん増えて行きました。
協力してチャレンジし続ける事で活気があふれる職場の雰囲気がとても楽しかったです。
その前は案件も少なかったので、センター内は静まり返った雰囲気で「コピーセンター大丈夫?」とお客さんにも心配されていたのが、お客様から相談される案件や親身になってお客様の課題を解決し続けた事で多くの信頼を得られるようになりました。
一番頑張ってよかったなと思った事は年末のご挨拶でお客様の所へ行った際、その部署のお客様が「李さん来た!」と一斉に立ち上がって挨拶をしてくれた時です。お客様の課題を解決し続けてきて本当に良かったと思えた瞬間でした。そのときは本当にすごい感動しました。
チームのみんなと支えてあって、お客様に感謝されるという最高に楽しくて刺激的な時期でした。

その結果にだしたのはすごいですね!そのチャレンジの積み重ねで今の李さんがあるですね。

当時常務に後押しされたその言葉は大きな力になったので、今では部下に同じ言葉をかけるようにしています。

今回役員になるという話がきたとき、どんな気持ちでしたか?

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最初はまだ早いかなって思い正直迷いました。過去に私が見てきた役員の中には、役員としての役割を果たしているの?と思うことがあったので、自分も今の状態では社員に同じようなことを思われるなという気持ちでした。あとは昌悟さんの期待に答えられるのかという不安もありました。
実際に今の私にはまだ早くて、スキル的にも難しいと思いますという回答をしましたが、その時昌悟さんから「なってから頑張って理想の姿に近づけるというのもありですよ」と言われ、自分が未熟という事を言い訳に楽な方を選んでしまっているのだと感じ、考え直しました。
チャレンジすることを恐れていた気がします。社員がやる気を無くしたらどうしようかとか考えていました。
でもなってから頑張るのもありだと聞き、チャレンジしたいというお願いをしました。

社員時代も人一倍チャレンジを繰り返していた李さん、今回役員になられたときも「チャレンジ」という気持ちが強かったのですね。
今後役員として、新たにチャレンジしたい事は?

役員としての歩みをスタートした李さん、次にチャレンジしたい事は?

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今現在もチャレンジを続ける日々です。まだまだ役員としてのスキルは不足していると思うので、勉強し続けています。
将来の会社を考えたときに、もっと社員が新たなチャレンジができ、活躍でき、成長できる環境を整えた会社にして行きたいです。
成果だけではなくチャレンジし続けるそのプロセスをもっと評価する。そんな会社にしたいです。
入社したときの温かみがある明るいの雰囲気をそのままに、失敗しても良いから自ら考え、行動出来る環境で若い人たちが活躍でき、フラットな関係の中、ライフワークバランスが実現出来る会社にしていただきたいです。
まぁ〜簡単に言えば、人生の大半の時間を締める仕事が「楽しい」と思うのはとても貴重であり、仕事が楽しく感じる会社にしたいですね!

将来の会社が楽しみですね!

それに伴って、新たなチャレンジをしないとお客さんにも画期的なサービスを提案できないと思います。なので皆さんにはもっともっと新たなチャレンジをしてほしいなと思っています。
仕事として、失敗もいっぱいしながら成長していくことが一番楽しいですね。

自分の計画として10年後は退職して第二の人生として別のチャレンジをしたいです。
50歳からは母国の中国に帰って何か新しいチャレンジをしたいなと計画しています♪

だいぶ早い第二の人生、それも楽しみですね!
まだまだ、日本工業社でのご活躍も楽しみにしています!

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