ミュージカルを語る 李香蘭
海外のを色々とやってきたけど
日本のミュージカルにも目を向けていこう
ミュージカル
李香蘭
初演:1991年
演出:浅利慶太
台本:浅利慶太
作曲:三木たかし
作詞:浅利慶太、岩谷時子、高平哲郎、高橋由美子
~ストーリー~
第二次世界大戦も終わった中国にて、戦時中に敵国である日本に協力した祖国反逆者のことを漢奸罪(かんかんざい)という罪で処罰してきた。その中には、清国の皇女でありながらも、日本人の養女となり、後に関東軍の将軍にまでのぼりつめた「川島芳子」もいた。
そして、軍事裁判所では、「李香蘭」の裁判が行われている。満州映画協会の主演女優であった李香蘭は、検察官により死刑を求刑されてしまうのだ。そのとき、彼女が皆に伝える
「私は日本人です。中国人ではありません。日本人なんです。」
時は遡り、昭和8年。李香蘭こと「山口淑子」は父である山口文雄の日中友好の証として、父の義兄弟でもあった李際春(リ・ジーチュン)将軍の養女となり、李香蘭という名を貰った。そして、李際春将軍の娘の「李愛蓮」と義理の姉妹として仲良くなり、日中両国が、親しく結ばれることを夢見ていた。
だが、その一方で、日本の軍閥により満蒙(満州と蒙古)を日本の支配下におくために、中国の中に「満州国」を建国する。「五族協和」を掲げながらも、実際はその理想とかけ離れていた。
昭和11年。日本の暴挙に対し、中国全土で抗日運動が行われる。愛蓮の許嫁である「王玉林」が指揮をとり、日本と戦う決意をみせ。愛蓮も共に戦うことを告げる。そして、香蘭に別れを告げ、彼女の元から去っていくのだ。
関東軍は、大陸政策を正当化するために、宣撫工作の一環として、満州映画協会を新設する。そして、その映画に、香蘭も出演する事になってしまった。最初は声だけの出演とされていたが、その美貌と美声に魅了され、歌う中国人女優として売り出される。幼い頃から彼女を支えてきた「杉本」は、彼女が出演することを知り、軍のやり方に不満を感じつつも、満映に参加することになる。
そして、李香蘭は瞬く間に大スターへとのぼりつめていくが。日本では状況が悪化。遂に太平洋戦争が勃発してしまうのだ。
この作品を最初にやろうと思ったのは、自分もこの作品を観るのに長年時間を費やしたからというのも理由のひとつである。中学生の頃、ミュージカルに魅了されて私は、海外のフィクション作品をみて、笑ったり楽しんだりしていた。そんな中、李香蘭が上演されると知り、PVをみた私は衝撃を受けた。「蘇州夜曲」が美しく歌われる中、時折流れる「殺せ、殺せ、裏切り者を。憎い日本に祖国を売った。反逆者を殺せ、殺せ」というメロディに衝撃を覚え、戸惑いを抱いていたからだ。
そして、それから暫くして、NHKで李香蘭が放送されることとなり、いざ見てみると、残念な気持ちになってしまった。それは、作品に対してでは無い。無知な自分に対してだ。最初観た時は、何を言ってるのか全くわからなかったのだ。「五族協和」ってなに?「軍閥」「満蒙」知らない言葉で溢れていた。それから、サントラを買い、歌詞をみながら知らないフレーズについて色々と調べていくうちに、生で見る覚悟を決め、平成最後の上演を観にいくことにした。←そっから先のことは、また後ほどお話しよう。
ストーリーでは、李香蘭のことを中心に書いて言ったが、このミュージカルは、李香蘭を主体としつつ、日本の昭和の歴史を多く語っている。今回、「川島芳子」をストーリーテラーとし、昭和2年から順々に話して言っている。知っているフレーズでも、何故そうなったのか。大人になって忘れている部分もある。「五・一五事件」は何故起きた?「太平洋戦争」は何故起きた?そして、何故「終戦」を迎えたか。。。それらが、すべてわかりやすく歌われている。
また、音楽に関しても。オリジナルソングが歌われる中、軍歌であったり当時の歌が散りばめられている。「月月火水木金金」「海ゆかば」「兵隊さんよ、ありがとう」等にも触れる機会である。
では、詳しく見ていこう
開演と同時に、美しいメロディが流れる。「マンチュリアンドリーム」五族協和を願った優しい旋律から「夜来香」へと変わる。だが、そのメロディがだんだんおどろおどろしくなって行き、舞台が暗くなると同時に銃声が響き渡る。幕の後ろには日の丸が掲げられている。
そして、幕が上がるとともに、日の丸から中国の国旗へと変わる。そして響き渡る「群衆の怒り」
殺せ 殺せ 裏切り者を
憎い日本に祖国を売った
反逆者を殺せ 殺せ
裁け漢奸を 裏切り者を
日本に協力した中国人を取り囲み、怒りの表情で他の中国人が責め立てる。初っ端から、胸が痛くなる光景を見せつけられることになる。
そして、3人目には、川島芳子が登場する。銃を突きつけられ、周りからは怒りの目で睨みつけられる。そして、群衆たちが去った後、川島芳子はひとり歌い出す。それが「川島芳子(全ては終わった)」。日本の敗戦を歌う歌で、敗戦に向けた流れをわかりやすく説明している。
ロシアを抑えて 中国支配
世界の強国に
西にヒトラードイツ帝国 東に大日本帝国
そううまくはいかない アメリカ広島に原子爆弾
ソ連も参戦した日本無条件降伏
メロディの関係上、長崎は入ってはいないが、ここだけで、日本がどれだけ野望を燃やし、そして散っていったかがわかる。
ところで、「川島芳子」とは一体だれなのか。そこも、この歌の中で5行にまとめてわかりやすく説明されている
少女時代 清国の王族だった僕は
日本人 川島浪速の養女になる
新しい名は 芳子
日本で学び その後
満州軍に迎えられ将軍に
まだ中国が清国だった頃の王族の家系にうまれて愛新覚羅けんし(中国漢字がなかったから平仮名で失礼)は、川島浪速の元に養女となり、日本教育を受けた。そのとき、自ら頭を丸刈りにして、男の格好をしていたのは有名な話だ。そして、後に日本軍の工作員として、諜報活動を行っていたといわれる。
「淑子」と「芳子」片方は日本人から中国人に、もう片方は中国人から日本人になった2人の「よしこ」は、1度出会っており、お互いに「よこちゃん」「お兄ちゃん」と呼びあっていた。そして、その川島芳子がストーリーテラーとして今回はみんなを道案内する。
ちょっと待ってくれ 今日の話はこの僕ではなく
たったひとり生き残った もう1人の淑子さ
いよいよ彼女の出番だ
群衆たちによって連れられていく李香蘭。皆で彼女を振り回し暴行を加えているようにもみえる。それまでは女優として周りから愛されていた彼女が、これほどの扱いを受けてしまうのだ。
李香蘭はなにをした?女優として映画に出て、歌を歌ってきた。ただ、その時代が悪かったのだ。
そして、舞台は上海軍事裁判所へとうつる。中央に李香蘭がたち、周りには検察官や弁護士、そして群衆たちが彼女を見ている。そして検察官が彼女の罪を告げる
李香蘭。お前のように中国人でいながら、祖国を敵に売り渡した者を漢奸という。お前こそ第一級の犯罪人だ。日本軍の中国侵略の悪事をその美しい顔と甘い歌声で覆い隠した。
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日本軍の宣伝機関満映の主演女優として多くの映画に出演し、日本人を喜ばせ、中国人を侮辱した
決してそのつもりはなかった。だが、結果はこんな事になってしまった。そんな中真実の中、ひとつまちがえていることがある。彼女は中国人ではない。日本人なのだと。
私は日本人です。中国人ではありません。日本人なのです
突然の真実に疑いを隠せない群衆。そして、弁護官が裁判長に戸籍謄本を差し出し、証人として、愛蓮が現れる。
そして、裁判長による尋問がはじまり、全てを打ち明ける。
そこから次第に場面が変わっていき、彼女が李香蘭の名を貰った13歳の頃にうつる。
日中友好の証として李家の養女になった山口淑子。養女といっても、戸籍自体がうつるわけではなく、山口家の娘でもあるが李家の娘でもあるよという証のことである。
そして、向かい合う香蘭と愛蓮。ふたりの歌う「中国と日本」はこのミュージカルの1番のテーマでもある
私たち、生まれた国は違うけれど
今日から二人は姉妹(きょうだい)
中国と日本 ふたつの国を愛してほしい
黒い髪 黒い瞳
同じアジアの民としてうまれた中国人と日本人。お互いに協力して手を取り合う未来を夢見る歌である。
そこに香蘭の兄的な存在である杉本と、愛蓮の許嫁玉林も現れ、みなが去ったあと、二人は話し合う。だが、二人の温度差は極めて激しい。日本と中国が手を結ぶことで平和的にやっていこうと考える杉本と、中国は中国でやっていけると言う玉林。お互いに日本と中国の主張を語っていく。だが、杉本の話は理想の世界であって、後に現実に目を向けることになってしまう。
そこに再び川島芳子があらわれ歌う「川島芳子(迷惑な奴)」
台湾を手に入れ 朝鮮をひとのみ
今度は満州に 理想の国をつくるだと
この悪党ども
そして、その頃の日本と日本の中国での行動を昭和2年から遡って語っていく「昭和モンタージュ」。昭和7年までを一気にかけ上る。時折、政治家・高橋是清であったり、リットン調査団だったり、昭和の人々も色々でてくる。満州事変もはじまり、軍隊の行動が激しくなっていく。そして、
川島芳子 昭和7年
参謀たち 満州国、建国!
川島芳子 ああ とうとう
とどまるところを知らない軍人たちは
満州に幻の国をつくりあげた
13年しか続かなかった 幻のマンチュリアン
その悲しい帝国の幕が上がる
そして、皆で歌う「マンチュリアンドリーム」。夢や理想にあふれた美しい歌だが、その裏を知ってしまった以上、この歌もどうみていいのか戸惑ってしまう。全てを知らない人々の未来をみるキラキラした目。
マンチュリアン・ドリーム
満州国の理想
マンチュリアン・ドリーム
夢の国
そして、五族(満州族、蒙古族、漢民族、朝鮮族、日本)の代表者があらわれたあと、皆のつくる列の間を満州国皇帝溥儀が即位の式へとすすんでいく。
そして、日本政府は満州国を承認した。
だが、その翌日に事件はおこる。それが平頂山事件だ。香蘭の住む撫順で中国人によるゲリラが起き、陸軍守備隊は、彼らが逃げ込んだとされる平頂山にて、村民を含め大半が殺されたという無惨な事件だ。そういった横暴から、中国では、怒りが渦巻き抗日運動が勃発
許せない 許せない
許せない 許せない
この広い国いっぱいに
怒りがうずまく
「北京の抗日学生」たちは怒りを露わにし、玉林が主体となって抗日運動が行われる。そこには、愛蓮と香蘭の姿も。共に戦う決意を固める愛蓮とそれをとめる香蘭。それを見ていた学生は、彼女が日本人ではないかと疑うも、愛蓮は「香蘭は中国人です。私の妹のような子」といって彼女をかばう。
愛蓮 香蘭と 私
二人は姉妹
香蘭 中国と日本
ふたつの国は 兄弟
愛蓮 今は違うの 日本と中国
二つは戦うの
彼女達の気持ちがすれ違っているのは明らかだ。理想をみる香蘭と現実をみる愛蓮。
そして、学生たちに日本軍が北京に侵略したときにどうするかと問われた愛蓮は、玉林と共に銃をとって戦うことを宣言する。そして、その問いは香蘭にも回ってきた。そして、追い詰められた彼女は返す
私は立つでしょう
この北京の城壁の上に
その時がきたら
それは、自殺行為ともいえよう。城壁に立てば、日本軍、中国軍の銃にうたれる。どちらにも敵をつくらない死に方を彼女は考える。ちなみに、これも実際に彼女が語ったことだそうだ。
そして、皆で戦う準備をはじめ、愛蓮も玉林とともに駆け出そうとするも、香蘭に止められる。だが、香蘭の願い虚しく、愛蓮は別れを決心するのだ。それに対し
教えて、心にも国境はあるのですか
このフレーズがずっと頭から離れられないでいる。
最初に歌われる「中国と日本」を問うような歌詞に色々と考えさせられる。
みなが去ったあと、場面は移って、関東軍の参謀本部にうつる。このミュージカルのなかでも数少ないセリフのみのシーンだ。ここでは、理想を語る杉本と現実を突きつける関東軍が対峙してえがかれている。五族協和(満、蒙、漢、朝、日が仲良くくらすこと)の証としてつくられた満州国。しかし、実際は日本をのぞく4つの民族を支配し、自分たちが指導民族になる為に建国されたのだ。
そして、その中心となる関東軍が満州国の宣伝としてつくった満州映画協会に香蘭が出演することで、彼女の運命が大きく変わっていってしまった。
満映のシーンでは、オリジナル楽曲ではなく、香蘭の満映での歌が使われる。それが「いとしあの星」「花白蘭の歌」だ。そして、それを見守る川島芳子。
香蘭の話しが一区切りし、再び昭和の歴史に戻る。時は昭和8年から再開していくが、ここからの「日中戦争モンタージュ」から大きく話は動いていく。
日本の国際連盟脱退からはじまり、防空演習、二・二六
満蒙開拓団。聞いたことのあるフレーズだが、なぜそれが起こったのか覚えているだろうか。歴史の再確認ともいえよう。
そして、関東軍は政治を押しのけ、日本で無敵な存在になっていくのだ。それをみていた川島芳子は歌う
すごいすごいぞ 日本帝国は
あっという間に大勝利をおさめ
ノモンハンではちょいとやられたけれど
そのことひた隠して
西のドイツも調子よく言ってる
付き合いのいいイタリー巻き込んで
三国同盟をしっかり結び
世界制覇 もう目前
パリも陥落 モスコー目の前
ロンドン大空襲 火の海だ
アメリカ 出てこないぞ
そして、舞台はあの大きな戦争の開戦を告げる
だが運命の刻は近づく
聞こえてきた
調子に乗りすぎた日本に
不吉な足音
太陽も傾き出す
海軍大将により、日米最終交渉決裂が告げられ、アメリカ太平洋艦隊真珠湾基地への攻撃が命令される。舞台の横では連合艦隊通信員も現れ、逐一報告を受ける。そして、無電音で「ト運送」が鳴り響き、急降下爆撃音が鳴り響く。舞台には、衣装に身を包んだ香蘭とそばに着く杉本。日本と戦う愛蓮や玉林ら全員が集まり空を見守る。
そして、奇襲成功の無電音「トラ・トラ・トラ」がなった後、川島芳子は静かに歌う
いよいよきた 運命の日が
十二月八日
調子に乗りすぎた日本に
破局の訪れ
太陽も いつか沈む
アナウンサーにより、太平洋戦争の開戦が告げられると共に、「君が代」が流れ次第に悲劇的なメロディへと変わり、1幕の幕がとじる
二幕は海兵たちの息のあった歌とダンスから始まる。それが「月月火水木金金」だ。みんなで旗を振ったりアクロバティックなダンスで観るものを引きつける
二幕は前半はとても明るくスタートする。なんと言っても李香蘭のリサイタルが行われるからだ。太平洋戦争が開戦した翌年の二月十二日。東京の日劇で李香蘭のリサイタルが行われたからだ。アジアいちの人気者である李香蘭を人目見ようと日劇のまわりを七回り半人で囲まれたという人気っぷり
歌われる曲は3曲「何日君再来」「蘇州夜曲」そして、「夜来香」だ。そのあいだは、観客達は日劇でリサイタルを見に来た観客へと変わる。
途中、衣装替えのために幕はおり、群衆たちが李香蘭の名を叫ぶ中、それをとめる人が現れる。丸の内警察署長だ。実際に、日劇を取り囲む客にホースで水をかけたというエピソードがあるが、それを元にしたコミカルなシーンである。この先、コミカルなシーンは一切ないので、みんなも、気分を変えるのにちょうどいい歌である。
そして、再び幕は上がり、「夜来香」がミラーボールの回る中スタートする
ここから、一気に暗くなる。
遊撃隊として、日本軍と戦っていた愛蓮と玉林。そんななか、仲間のひとりが日本軍に撃たれてしまい、その救護にあたる。ほほ危篤状態の彼の頼みを受け、故郷の思い浮かべる「松花江上」が歌われる。この歌も、中国の既存の歌で、それに日本語歌詞がつけられた。
遠き我が家を想う
森と緑の大地
流れるは松花江
はるか過ぎ去りし日々
夢に見るのは 母の
懐かしい笑顔よ
ジョ イバ(九月十八日)
ジョ イバ
あの柳条湖の
ジョ イバ
ジョ イバ
あの悲しい事件
九月十八日は、柳条湖事件が起きた日で、満州事変の始まりでもある。柳条湖事件とは、関東軍が柳条湖の近くにある日本が経営している南満州鉄道を爆破させ、それを中国軍の仕業として軍事行動を開始させた事件のことをいう。その満州事変の始まりを中国では「ジョ イバ」と呼んでいる(日本で言う「二・二六」みたいな感じかな)
この歌の歌われる中、負傷兵は静かに息を引き取り、愛蓮はなにかを睨みつけるようにまっすぐ前を見続けていたのが印象に残っている
場面は日本に移り、日本のホテルに滞在している香蘭のもとに杉本があらわれる。そして、杉本にも召集令状がきたこと、南方に向かうことになるだろうということを告げる。そして、最後の別れを惜しむ
香蘭 愛の歌をうたい 微笑みの仮面をつけ
スポットライト浴びていても
私はひとり
お願いだから帰ってきてください
杉本 再び会える日は
もう来ないが 君に誓う
天国の門のほとりで 君を呼ぶ
淑子...
舞台が暗転し、次には特攻服に身を纏った青年たちが並んでいる。その横で、川島芳子が歌う「若き戦士の辞世」
ひとつの敗北が
次の敗北を呼んで
いつか日本は
負け戦の渦に 飲み込まれる
たくさんの若者たちが
天国の門をくぐってゆく
南の海で
青い空で
深い森の中で
そして、杉本を筆頭に彼らが最期に伝えたいことを述べていく。これは、実際に「きけ、わだつみのこえ」に収録されている、第二次世界大戦末期に戦没した学徒兵の遺書を集めた遺稿のなかから選ばれたのをよんでいる、リアルな言葉である。その一部をここに書く
会えなければ、さようならだ。貴様が俺の妹であってくれたことは、貴様の幸のり、実は俺の幸だったようだ。しっかりと生きていってくれ。おやじたちには常にいい子であるように。貴様ひとりは皆の為に。そして、皆はひとりの為に。貴様にしても兄貴の帰る場所は大急ぎでこさえておかなきゃ間に合わないぞ。
私の個体も、この大きな歴史の山の頂に燃焼する。私はそれを快く見つめることが出来ます。ただ、私たちは自分たちの思想や仕事を受け継いでくれるべき人間を後に残したい。そして、私の成し得なかった生活と理想を完成させて下さい。
そして、青年たちが光とともに消えたあと、スクリーンがあらわれ、「海ゆかば」とともに、原爆や東京大空襲など、日本の戦火での映像が映し出される。ここまでのリアルをみてどう感じるかで昭和の歴史の見方が変わってゆく。ここで、李香蘭とは別にかたる日本の歴史は終わる。
李香蘭が出演する舞台の裏側。ひきあげる香蘭にひとりの女が呼び止める。愛蓮と十年ぶりの再会を果たすのだ。そして、近況を語るふたりに、あの時のおなじ「理想と現実」の距離が生まれる。それは杉本のこと。杉本は南方に行くことになるだろうと残して去っていったが、南方戦線に着いた以上、生還は無理なのだ。だが、中国にある日本の新聞にはそのことは書いておらず、それを知らない香蘭に愛蓮は現実をつきつける。広島と長崎に原子爆弾がおとされたこと。ソ連軍が中立条約をやぶって満州に攻撃をしかけてきたこと。関東軍が朝鮮に撤退してしまい、残された満蒙開拓団(日本から軍事目的と農村窮乏を緩和するために送り込まれた武装移民団)が皆殺しにあっていることを告げる。そして、その被害が香蘭にもくると感じた愛蓮は一刻も早く日本に帰ることを警告しにやってきたのだ。
戦争が終われば
平和が来るのよ
悲しみの日は去り
平和が戻っても
あなたのいる所は
この国には ない
そして、舞台は再び冒頭へともどる。
殺せ 殺せ 裏切り者を
憎い日本に祖国を売った
反逆者を殺せ 殺せ
裁け漢奸を 裏切り者を
そして、漢奸罪を告げられたひとたちは銃殺されて行く。その中には川島芳子の姿もあった。今までは短髪に軍服姿であったが、髪も伸び、紫の服に身を包んでやって来る。最期に
言い残すことなど なんにもないさ
清朝の復活 夢見続けて
日本を利用し 利用され
今は祖国反逆者の身
バカげた運命
「淑子ちゃん、お先に行くよ」
と言い残し、銃殺される。
そのあと、溥儀の姿もあらわれるも、ソ連軍によってひきずられるようにして連れていかれる。また、開拓団の娘も衣服を引き剥がされながら担ぎ去られてしまう。
そんな騒ぎの中、再び上海軍事裁判所へと場面はうつる。
最初のシーンを少し略し、その続きが描かれる。
証人として現れた愛蓮だが、検察官によって、日本人をかばう彼女に現実をつきつける。それは、玉林のこと。彼は日本軍に捕らえられた後、虐殺され、三日三晩さらし者にされたというのだ。それを言われ、思わず顔を覆い隠す愛蓮だが、彼女は皆に告げる
あの人はいつも言っていました
日本と戦うのは 日本を滅ぼすためでなく
目を覚まさせるためだと......
最後に裁判長に言い残すことはないかと告げられた香蘭は、「二つの祖国」を歌い、心の内を打ち明ける
何を言えばいいの
心は引き裂かれて
二つの祖国の狭間をさまよう私です
―――――――――
裁いて 罪があるなら
私を育てた大地よ
輝く二つの国を
愛し続けたことを
日本と中国の狭間にたつ山口淑子。日中の平和を願った結果が、裏切り者と言われることになってしまった。
泣き崩れる香蘭に、裁判長が判決を下す。「以徳報怨」
戦争は終わりを告げて 我らは勝利を得た
敵の残虐と凌辱は 憎しみを残したが
敵は ひと握りの日本の軍閥
許しを乞う この日本の娘には罪はない
許そう この娘を
憎しみを憎しみで返すなら
争いは未来永劫 続くだろう
判決は無罪。彼女が日本人である以上、漢奸罪は適用できないからだ。しかし、、、と裁判長は続ける
あなたには同義上の責任が残っている。それは、中国人を装い、「支那の夜」のような映画に出演し、中国人を侮辱したことだ。当法廷はこれを遺憾な行為だと考える。
「支那の夜」とは、満映の作品の1つである。内容は抗日の中国人女性が日本人男性に恋をし、結婚するまでの話。その中国人女性を李香蘭が演じていた。
話を受けた香蘭は、裁判長に顔を合わせ、一連のことを謝罪する
若かったとはいえ、考えが愚かだったことを認めます。どうぞお許しください。
これは、実際に李香蘭が軍事裁判所でいった言葉だそうだ。
そして、ラストは裁判長につづき、弁護官、愛蓮、群衆といった流れて、歌が歌われていく
この不幸な出来事が
後の世のための教えとなるように
憎しみを捨てて考えよう
徳を以って 怨みに報いよう
徳を以って 怨みに報いよう
徳を以って 怨みに報いよう
無罪を告げられた香蘭と愛蓮が駆け寄り、固く抱きしめることで幕は閉じていく
このように、リアルを重視して描かれたミュージカル。是非、皆に観にいつてほしい作品である。
私はいつも疑問に思っていたのだが、何故歴史の授業では、この戦時中について学ぶ時間が少ないのかを考える時がある。後期の終わりの方に明治から近代まで走るように授業を受けるため、単語では覚えているものの、なぜそれが起きたかまではやらなかったと思う。ならば、この作品をみて、学生たちも学んでもらい昭和の歴史について理解を深めて欲しいと考える。
今でも、ニュースで戦争を引き合いにそれぞれどちらが悪いといいだすこともあるのだが、その時はこの歌を思い浮かべて欲しい
中国と日本
日本と中国
ふたつの国を愛してほしい
黒い髪 黒い瞳
ちなみに、このミュージカルを初めて見たのは2018年4月の千秋楽。その時には演出家である浅利慶太氏の姿もあり、最後の姿を目に焼きつけることができた。
そして、その次に見たのが翌年の夏のこと。平成の最後と令和のはじめに、この作品をみることができた。
ぜひとも、この作品が風化せず、定期的に上演されてほしいと心から願う。
日本のミュージカル。次回もやっていこうかな。
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