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奇跡の在り方

プロローグ

  皆さんは奇跡を信じていますか?

  奇跡にも様々な形があると思います。

  自らの力で起こす奇跡。

  偶然が重なり合い起きた奇跡。

  起こるべくして起きた奇跡。

  そして、誰かが誰かの為に起こした奇跡。

  誰かの為に、

  このお話しはそんな純粋な気持ちが起こした奇跡です。


第一章  はじまりの朝

  日差しが眩しく、清々しい朝の光に包まれている。沢山の人が行き交い、急ぎ足で歩いている。丁度通勤、通学の時間のようだ。

「葉子ちゃん!学校行こう!」

  元気な少年の声が聞こえる、その声に答える様に少年が呼びかけた家から中年男性が姿を見せた。

「おはよう、正彦くん。」

「おじさん、おはようございます。」

「ちょっとまっててくれ。」

「はい。」

  そう言うと中年の男は家に入り、少し経つと少女を乗せた車椅子を押して家から出てきた。

  車椅子の少女の名前は桜庭葉子、車椅子を押している男性は葉子の父、桜庭庄之助である。

  そして、葉子を迎えにきたこの少年は葉子の幼なじみで名前は谷山正彦。蓮山小学校に通う小学6年生。正彦は葉子に笑顔で手を振り。

「おはよう、葉子ちゃん。」

「おはよう…。」

  葉子がそう元気無く挨拶すると。

「こら、もっと元気よく挨拶せんか。」

  庄之助に言われ、しぶしぶ葉子は少し大きなこえで。

「おはよう。」

  と挨拶した、それを聞いた正彦は笑顔で頷いた。

「それじゃ、行こうか。」

「いつもすまないね。」

  庄之助は正彦に、葉子の乗る車椅子を託した、

「いいえ、大丈夫です。いってきます!」

  正彦は葉子の乗る車椅子を押して学校へと向かった。見送った庄之助はこれから職場へと向かうようだ。

  葉子と正彦の通う小学校は、葉子の家から歩いて15分程の場所にある。道中、正彦は葉子に話しかけるが葉子は頷くだけで全く話さない。

「大丈夫?辛いなら戻ろうか?」

  正彦はいつも以上に大人しい葉子が心配になった。

「違うの、正彦くんに謝りたくて。」

「どうして葉子ちゃんが謝るの?」

「だって、ただ幼なじみってだけで、毎日こんな事を……。」

「どうしたの急に、ほらもうすぐ学校だよ。」

「うん……。」

  正彦は葉子が言いたい事がよく分からなかった。正彦にとって毎日の送り迎えは苦ではなく、当たり前の事をしているだけなのである。

2人は校門をくぐり、学校へと入っていった。


  桜庭葉子は小さい時に原因不明の病気にかかり、歩くことが難しい身体になってしまった。今の医学では、治療法はおろか原因すら分からない状況である。今でも体調をよく崩すが、手の施しようがないのならば、せめて少しでも普通の生活をさせてやりたいと、父である庄之助の希望で入院はせずに車椅子で学校にも通っている。

  小学校5年生までは庄之助が学校の送り迎えを行っていた。6年生になったある日、幼なじみである正彦が送り迎えをすると言ってくれたのだ。

  庄之助は初めは不安で断ろうとしたが、葉子の母親は、葉子が病気を発症する前に亡くなっており、庄之助は男手1人で葉子を育てていた。その事を知った正彦が学校への送り迎えを買って出てくれたのだ。庄之助は正彦を信じ、申し出に甘えることにした。

  その日から正彦は毎日葉子の送り迎えをしてくれた。もちろん地域の大人達の協力もあったが、正彦はしっかりとその役割を担ってくれていた。

  それは2人が中学生へ進学しても続いていた。3度目の春を迎えたある日まで……。


第二章 思春期

  いつもと変わらぬ葉子の家の前、変わらぬ時間に訪れる正彦。

「おはようございます。」

  いつもならすでに玄関先で待っている葉子の姿が無かった。代わりに庄之助が立っていた。

「正彦くん、おはよう。」

「葉子ちゃん、どうかしたんですか?」

「ああ、少し体調が悪くてな、今日は学校を休みたいそうだ。」

「分かりました、お大事にと伝えて下さい。」

  そう言ってこの日は、正彦1人で学校へと向かった。そして次の日。

  正彦はいつもと同じ時間に葉子の家に着いた。しかし、今日も葉子の姿は無かった。

「悪いな、今日も体調は良くないんだ。」

  正彦は心配になり。

「大丈夫なんですか?」

「心配かけて悪いな。大丈夫だから、安心してくれ。」

  庄之助は笑顔でそう答えた。正彦は「はい。」と答えて学校へと向かった。しかし次の日も、その次の日も葉子は学校を休んだ。1週間がたったある日。

「おはようございます、今日もだめですか?」

「ああ、悪いな毎日。」

「葉子ちゃん、本当に大丈夫なんですか?」

  1週間も体調が良くならないのは大丈夫なはずが無い、庄之助は本当の事を話した。

「実はな……。」

  葉子は1週間前から体調が悪いというのは嘘であった。あの日から急に葉子が学校へ行きたくないと言い出し、部屋から出てこないのだそうだ。庄之助が何度か説得してもダメだと言う。それを聞いた正彦は。

「おじさん、上がってもいいですか?僕も話しをしたいです。」

「ああ、悪いな、お願いできるか?」

  庄之助の承諾を得て、正彦は葉子の部屋へと向かった。そして、部屋のドア越しに葉子に話しかけた。

「葉子ちゃん、正彦だけど何かあったの?」

「正彦君……。」

「何かあったのなら教えてよ。」

「そんなこと言えない。」

「聞かせてよ。」

「嫌なことばかりなの。」

「いったい何が?」

「全部よ、皆冷たい目で見るのよ?どうして?どうして私だけこんなめに…。正彦君だって本当は迷惑してるんでしょ?」

「迷惑だなんて、思ってないよ!」

「嘘よ!もういいの、ほっといて!何処にも行きたくないの、外に出たくないのよ!」

「葉子ちゃん……。」

  葉子はもう中学3年生。周りの目が気になる年頃である。どうすれば良いか分からず黙ってしまった正彦に庄之助は、

「この間から急にこの調子でな、少し様子を見ようかと思ってるんだ。」

「そうですか……。」

「葉子には辛い思いをさせてきているからな、今までワガママも一切言わなかった、今回は自由にさせてやろうかと思う。」

「分かりました。」

「今まで、本当にありがとうな。また行く気になったらお願いできるかな?」

「はい、もちろんです。」

「ほら、そろそろ行かないと遅刻するぞ。」

「あ!はい、いってきます!」

「ああ、いってらっしゃい。」

  そう言って庄之助は正彦を学校へと送り出した。正彦は、この日以降も何度も葉子の家へ通ったが葉子は学校へ行く事はなかった。

  そして、しばらくすると葉子は体調が悪化し入院してしまった。

  正彦は葉子のお見舞いに何度も病院へ通ったが、葉子には歓迎されず。

  また正彦も学業に追われ、次第にお見舞いに行く事が減っていった。そして日が経つにつれて正彦は葉子を気にする事も減っていった。

  それから、10年の月日が流れた。


第三章  10年後

  小さな公園の見える病室の窓から、激しく蝉の鳴き声が聞こえている。病室のベッドには女性が横になっている、桜庭葉子だ。表情はすぐれないが、とても美しい女性へと成長していた。

コンコン

  病室にノックの音が響いた。

「はい。」

  ドアが開き、女性が入ってきた。

「葉子さん、ご気分はどうですか?」

  彼女は山岸名津美、この病院の看護士で葉子の担当看護士の一人である。

「良くもなく、悪くもないです。」

「そう。気分転換に外に散歩でも行きますか?」

「いいえ、大丈夫です。」

「葉子さん、相変わらずですね。そろそろ私にも心を開いて欲しいな。」

「え、すいません。そんなつもりは。」

「ふふ、冗談ですよ。私がこの病院に来てから葉子さんの担当になってもう五年にもなるんですから。」

「……、私はもう、十年もここにいるんですね。」

「葉子さん……。」

「あ、ごめんなさい変な事言って。私は大丈夫よ。」

  葉子は中学三年のあの日体調を崩してから、足だけではなく身体のあちこちに緩やかではあるが機能の低下が見られた。それから十年間入院、退院を繰り返していた。そして、十年経ったいまでも治療法は発見されていない。

「葉子さん……、つらい?」

「大丈夫よ、名津美さんがいつも気にかけてくれているから。」

「本当に?ありがとう、よかったわ。」

「散歩はいいから、お話し聞かせてくれない?」

「ええ、良いわよ。お仕事片付けてすぐに来るわね。」

  葉子はいつも名津美に昔の話しを聞いた。自分にはほとんど無かった学生時代の話しを。時折辛そうな表情を見せる事もあった。無理もない、彼女の青春時代はずっと病院生活だったのだから。高校生活も、卒業式も、成人式も。ずっと、ずっと……。

─場所変わって

  とある場所のビルの一室。二人の全身黒ずくめのスーツで身を包んだ男がいる。一人は精悍な顔立ちの青年で、にこやかで人当たりの良さそうな男に何やら報告をしているようだ。

「7月4日、桜庭葉子は看護士山岸名津美といつもの様に会話、その顔には少し生気が戻った様な気がした。しかし、山岸名津美の青春時代の話しを聞いている時には悲しそうな表情を見せていた、自分の青春時代を考えていたのではないかと憶測される。」

「なるほど、いいでしょう。報告書はまとめておいて下さい。」

「はい。」

「どうですか?ソード君、人間とはどんなものか少しは分かってきましたか?」

  人当たりの良さそうな男が問いかけた。

「まだよく理解出来ません。」

「そうですか、少し複雑な人間に当たってしまったようですしね。まだ二週間です、ゆっくり理解していきましょう。」

「はい、分かりました。スレイブ先輩」

  ソードと言う男は淡々と答えた。

  このスレイブ、ソード両名は死神である。この世界での死神の役割は、亡くなった人や生物の魂を天界と呼ばれるこの場所へ導く事であった。

  死神ソードは新米の死神で彼にとって桜庭葉子は初めて担当する魂であった。このソードの様に新米の死神は初めて担当する人間の魂には1ヶ月前から傍につき、亡くなるまでを見届ける様に義務づけられていた。これは人間と言うものを知るため、理解するため。そして、扱っている魂の重さを知るためである。

  先輩と呼ばれていたスレイブにも、もちろんそんな時期があった。しかし、それはもう遠い昔の話しである。


第四章  変化

─7月5日

  ソードはふたたび葉子の病室へと向かった。

  五月蝿いほど蝉の鳴き声が響いている。葉子はベッドに座り窓の外を眺めている。それを観察するように病室の隅にはソードの姿があった。葉子にはその姿は見えていないようだ。

コンコン

  ノックの音が聞こえ、看護師の山岸名津美が入ってきた。

「おはよう葉子さん。検温です。」

「はい……。」

  この二週間ずっと傍で見ていたソードには何か違和感を感じた。いや、死神だから感じたのだろうか。

  山岸奈津美は体温を測り終えると病室を出た、すると葉子は大きな溜め息をついた。

「はぁ……、もう、いいよね。」

  葉子の目には涙が見えた、しかしその目は何かを決意した、そんな眼差しをしていた。

そして、翌日。

─7月6日

  相変わらず蝉は五月蝿く鳴いている。今日は珍しく朝から葉子の父親、桜庭庄之助が見舞いに来ていた。

  しかし、葉子は見舞いの間一度も庄之助と目を合わせようとしなかった。何か思い詰めているようだ、よくない何かを。

  ソードは何か嫌な胸騒ぎを感じていた、と同時に桜庭葉子に惹かれていた、彼女の事が頭から離れない事に気づいていた。

  そして、次の日不思議な事が起こった。

─7月7日

  変わらぬ病室に葉子がベッドに横になっている。少し離れた場所にソードの姿がある。

「何故だろ、彼女を見ていると胸が締め付けられる、不思議な感覚だ。」

  ふと出てしまった独り言だった。

「え!だれ?」

  葉子がベッドからゆっくりと身体を起こした。

「え?」

  ソードは辺りを見渡した、葉子が自分の言葉に反応するはずがない、誰か来たのだろうか?

「あなたは誰?いつからそこに?」

  ソードはその言葉にもう一度辺りを見渡したが、病室には自分と葉子しかいない。間違いなく自分へと発せられた言葉だ。

「私の姿が見えるのですか?」

「ええ、見えてるわよ?あなたはいつからそこにいたの?」

「え!?いや、あの……。」

  ソードは自分の姿が葉子に見えている事に驚きを隠せない。

「ふふ、おかしな人ね。」

「あの、私は……。」

  ソードは言葉に詰まった、死神と名乗るには時期が早すぎるからだ。しかし、姿を見られてしまった以上名乗らない訳にはいかない。

「私はソードと言います。」

「ソードさん?変わった名前ね。」

「貴方は桜庭葉子さんですね。」

「ええ。」

  ソードは仕方無いといった様子で続けた。

「私は貴方を迎えに来た者です。」

「迎えに?そう、あの世からかしら。」

「はい、私は死神です。」

「死神……、そうなんだ。」

「あまり驚かれないのですね。」

「驚いているわよ。」

「そうは見えませんが。」

  ソードは葉子の反応に少し戸惑った。聞いていた話しとは違った反応だったからだ。死神と名乗り、迎えに来たと言うと大抵バカにされるか、怒鳴られると聞いていたからである。

「私はいつ死んでしまうのかしら?」

  葉子はソードに尋ねた。ソードは内ポケットから手帳を取り出しパラパラとページをめくった。

「予定では、7月20日に息を引き取る事になっています。」

「そう、思ったよりまだ先なのね。」

「はい。」

「原因は病気かしら?それとも自殺かしらね。」

「え?いや、原因は肺炎となっています。長い入院生活でだいぶ身体が弱っていますからね。」

「そうなの……。」

「ええ、もし自殺だとしたら私たち死神は必要ありませんから。」

「え?必要ない?どうして?」

「私たち死神の仕事は死んだ人間の魂を天界へと導き輪廻転生の手伝いをする事です。しかし、死んだ人間を天界へと導く事はできません。」

「どうして?」

「死んだ人間は魂となり天界にて、生前での行いを清算し生まれ変わる準備をします。しかし、自殺した人間は魂になれません。死んだ時点でこの世から消えてしまうのです。」

「消えてしまう……。」

「そして、二度と生まれ変わる事はありません。」

「そう……なんだ。」

  ソードは急に大きな声で。

「しまった!余計な事を話し過ぎた!すいません、今の話しは忘れて下さい!」

「ふふっ、努力するわ。」

  そして、ソードはあわてたまま。

「私はこれで失礼します、上司に報告しないといけないので。」

「そう、残念だわ。」

  葉子は寂しげな表情でソードを見ていた、それはけして自分に死の宣告をしに来た者へ向ける表情ではなかった。ソードはその表情にまた胸が締め付けられるのだった。

「……また明日も来ます。」

  葉子はニコリと微笑み、ソードを見送った。


第五章  死とは

  ソードが去った病室は蝉の鳴き声が響きわたっていた、しばらくすると病室にノックの音がした。葉子の父、庄之助が見舞いにやってきた。

「入るぞ葉子、どうだ?体調は?」

「お父さん、ええ、今日は調子がいいわ。」

「そうか、それは良かった。退屈していたろう?」

「いいえ、いままでお話し相手がいたもの。」

「ほう、誰か来てくれていたのか?」

「ええ、死神さんがいままでいたのよ。」

  葉子のはなった不吉な言葉に庄之助は驚いた。しかし、庄之助もまさか本当に死神が来ていたなど信じるはずもない。

「何を馬鹿な事を言ってるんだ。」

「本当よ、私を迎えに来てくれたんですって。」

  あまりにも淡々とした葉子の言葉に、庄之助は怒りをあらわにした。

「冗談でもそんな縁起でもない事言うんじゃない!」

「お父さん……。」

「いいか、葉子の病気はけして治らない病気じゃない!昔に比べたら原因も分かっている。……ただ、まだ治療法がないだけなんだ、医学は進歩しているし研究も進められている、だから……、もう少し……もう少しの辛抱だ。」

「...そう言ってもう10年よ?」

「葉子……。」

「あと何年待てばいいのよ、治療法が分からないなら、治らないのと同じじゃない!もううんざりよ!」

  いつも大人しい葉子がこれ程までに感情をあらわにするのは珍しく、その言葉に庄之助は何も言うことができなかった。

「ごめんなさい……今日はもう1人にして。」

「葉子……わかった……。」

  そう言って病室を去ろうとする庄之助。

「……お父さん!」

  庄之助はドアノブに手をかけたまま立ち止まり、振り返った。

「……ごめんなさい。」

「分かっている、気にするな。……何もしてやれずごめんな。」

  そう言うと庄之助はドアノブを回し、寂しそうに病室から出ていった。

  葉子は一人残された病室で後悔した。いつも良くしてくれる父親にあたるなんて。

「もう……疲れたのよ。」

  葉子は思った、このまま生きていてもし病気が治ったとしても、自分には何があるのかと。

  友達もいない、恋人もいない、一番楽しいはずだった時期を葉子はずっと病気と戦ってきたのだ。

「どうして私だけ……?どうして私なの……?」

  葉子は涙が止まらなかった。

  場所変わって天界にあるビルの一室。ソードがスレイブに報告書を提出している。その報告書をみたスレイブは眉を顰めソードに問いかけた。

「そうですか、見られてしまったのですね。」

「はい、理由は分かりませんが急に姿が見えた様です。」

ソードは本当に分からないといった表情をしている。

「原因はおそらく彼女本人でしょう。」

「どういう事ですか?」

「彼女は死ぬ気なのかも知れません。」

「自殺ですか?」

  スレイブは小さく頷いた。

「しかし、それと私の姿が見えた事に何の関係があるのですか?」

「彼女が自殺するかも知れない事には驚かないのですね、何となく気づいていましたか?」

「言動や表情から何となく、報告書に記載はしていませんが自殺という言葉を出したのは本人ですから。」

「そうですか……。人間は死期が近づくにつれ私達に近い存在になって行きます、その過程で私達が見えるようになるのですが。」

「彼女の場合は早すぎる。」

「そうですね。」

「死神手帳には7月20日とありますが。」

「それはあくまで天命をまっとうした場合の日時です。自殺する人間の事は手帳では分からないのですよ。自殺者は自らの意思で生命を経つのですから。」

「彼女が自殺したら、私はどうなりますか?」

「そうですね、もう一度別の人間についてもらうことになるでしょう。自殺者の魂は天界へと導けません。なぜなら……。」

「自殺者は魂になれない、死んだ瞬間この世から消えてしまうからですね。」

「そうです……永遠に。」

「永遠に……。」

「今回はイレギュラーが多すぎますね。早急に担当を変えてもらいましょう。次は間違いなく男性の魂にね。」

「彼女は?」

「まだ自殺すると決まった訳ではないですが、初めて担当するには問題が多すぎましたね、私が引き継ぎましょう。」

「問題ですか……。」

「貴方にも問題ありだと私は見ているのですが。」

「私にですか?」

「ええ、彼女に特別な感情を抱いているのではないですか?」

「特別な感情?」

「そうです、恋心を。」

「恋心?!私が人間に恋など、有り得ません!」

「そうですか……今はその言葉を信じましょう。しかし、担当は変えた方が懸命でしょう。」

ソードはスレイブを睨みつけた。

「納得出来ません、最後までやらせてください。」

「何故そこまで?新人研修は他の魂でも良いのですよ?」

「それは……、自分にも分からないのですが、最後までやり遂げたいのです。」

  スレイブは大きな溜息をついた。

「分かりました、もう少し様子を見ましょう。まだ何も確定していませんしね。」

「ありがとうございます!」

  ソードはまるで子供の様に無邪気に喜んだ、それは今までに見た事ない様な表情だった、まるで人間の様な。スレイブはその表情にソードが桜庭葉子に抱く思いに確信を持った、報われぬ思いに少し胸が痛むスレイブであった…。


第六章  死神の役割

  一変して先程まで無邪気な笑顔を見せていたソードだったが、元の無表情に戻りスレイブに問いかけた。

「先輩。」

「はい?」

「死神の役目ってなんなのでしょうか?」

「え?」

「人間がただ死ぬのを見届け、魂を連れてくる。それだけが私達の役目ですか?」

「……。魂を導く、それが私達の仕事です。」

「本当にそれだけですか?」

「……。」

「何かもっと大切な事がある様な気がするんです。」

「……。私は導く魂を救うことも私達の役目ではないかと思っています。」

「魂を救う?」

「本来はタブーですが、私の姿が見えた人間には声をかけて、死ぬ前にやり残した事がないかと問いかける事にしています。それをできる限り叶えてあげる事にしています。」

「それが魂を救う事に?」

「気休めにしかならないかも知れませんが、私は少しでも救えた魂があると思っています。」

  ソードは急に目を輝かせて。

「魂を救う、そうか!そうですよね!それも私達の役目ですね!」

「そうですね、ただし摂理を曲げる様な事はしてはいけませんからね。」

「摂理ですか?どのような?」

「……、あまり言いたくないですが、寿命を少しでも伸ばすとか。」

「あ!それって!」

「過去の話しです。」

「かなり天界では有名な話しですよね。」

「若気の至りでした、忘れて下さい。」

  スレイブはその昔、とある子供の魂を迎えに行った。するとその子の母親に姿を見られてしまう。子供が死んだら自分も死ぬ気でいた為死期が近い状態だったのだろう。見られた以上スレイブは死神と名乗った。すると母親は自分の生命はいらないから子供を助けて欲しいとせがまれた。

  若かったスレイブは母親の残りの寿命の半分を子供に与えた、もちろん天界では大問題となりスレイブは厳しく罰せられたのである。

「私はあの時の事は間違っていたとは思っていませんよ。」

「その気持ち、今なら分かる気がします。」

  スレイブは立ち上がり、ソードに念を押した。

「いいですか?絶対に真似はしないでくださいね。」

「分かりました、ただ私は彼女の自殺を止めたい、そう思ってます。」

「そうですか、それなら彼女も魂となれますしね。分かりました、無茶だけはしないように。」

「はい。では、私は行きます。」

  そう言うとソードはスレイブの部屋を後にした。

  スレイブは少し後悔していた。強制的に担当を変えるべきだったのではないかと。しかし、反対にソードにとって良い経験になるのではないかとも思っていた。この後ソードに起こる出来事など、この時は知る由もなかった。


第七章   葉子の思い

─7月8日、葉子の病室。

  ソードはいつもの様に葉子の病室へと訪れた。すでに看護師の山岸が葉子の病室へ来ていた。

「それじゃ、何かあったらナースコール押してね。」

「はい。」

  病室を出ようとする山岸に葉子が問いかける。

「名津美さん。」

「はい、どうかしました?」

「そこに誰かいますか?」

  葉子は部屋の隅を指さした。

「そこって、部屋の隅?」

  名津美はソードの目の前まで行き。

「誰もいないわよ?嫌だ!やめてよ!もしかして何か見えるの?私そういうの弱いのよ。」

「いないですよね、やっぱり私の気のせいでした。」

「もう、驚かせないでよ。」

「ごめんなさい。」

「じゃ、私は行くわね。」

「はい、ありがとうございます。」

  山岸名津美はもう一度部屋の隅を確認し、葉子の顔をみて苦笑いすると、急ぎ足で病室を出た。

「私以外には、本当に見えないのね。」

  部屋の隅に立っているソードに葉子が話しかけた。

「はい、私達死神は死期の近づいた人間にしか見えません。」

「そっか、私は本当に死んでしまうのね。」

「はい。」

  葉子は冷たいソードの態度に、わざと困らせる様に続けた。

「あーあ、結局病気は治らずか。なんだったのかな?私の人生って。」

  ソードは黙ったままだ。

「人生の大半はベッドの上か……。」

  葉子は自分で言葉にして、複雑な気持ちになった。するとソードが急に。

「怖いですか?」

「え?」

「死ぬのはやはり怖いものですか?」

  葉子は少し考えて答えた。

「いいえ」

「怖くないですか?」

「ええ、もう覚悟はできていたもの。」

  葉子は窓から遠くを見つめた。

「覚悟とは、自殺することですか?」

「え?どうして?」

「先程言いましたが、死期の近づいた人間にしか私達の姿が見えないと。」

「ええ。」

「しかし、貴方が亡くなるまでにはまだ時間があります。今私が見えるのはおかしいのです。」

「どういう事?」

「貴方はいま、いつ死んでもおかしくない状態にあるという事です。」

「それが自殺?」

「ええ、違いますか?」

  少しの沈黙の後。

「違わないわ。」

「まだ自殺するつもりでいますか?」

「分からないの。気持ちは早く楽になりたいと思ってる。でも……、私には死ぬ事さえ出来ないの、窓まで行く事も1人では出来ない。」

「葉子さん。」

「でも残りの時間って、もうあまり無いのよね。」

「はい、あと14日です。」

  葉子はうつむき考えた。

「病気で死ぬか、自殺で死ぬか、どちらが綺麗に死ねるかしら。」

「私は死に綺麗などないと思います。」

  葉子は微笑みながら。

「つめたいのね。」

「でも、自殺してしまうと生まれ変わる事ができなくなってしまいます。」

「生まれ変わりか……、もし生まれ変われたら今度は病気に侵されず、元気な普通の女の子として生きられるかしら?」

「それは、保証できません。」

「そこは嘘でもできるって言って欲しかったな。」

「すみません。」

  二人は顔を合わせて軽く笑った。

「ふふ。そう言えば、死神さんはどうしてこんなにも早く私の所へ現れたの?」

「先程も言ったように、本来なら貴方は私の姿はまだ見えていないはずなのです。」

「そうだったわね、姿見えないままでも私の傍にいるの?」

「はい、今回だけは特別でして。」

「特別?」

「はい、私にとって貴方は初めて担当する人間なんです。」

「初めて?初仕事ってことね。」

「はい。魂を迎えに来る時期は、本来なら死ぬ間際やもしくは死んでしまってからでも間に合うのです。」

「そうなんだ。」

「しかし、今回の私の様に初めての担当する場合は、その担当する人間の亡くなる1ヶ月前から傍につき、その人間を観察する事が義務づけられています。」

「観察?」

「はい、人間を理解する為だそうです。」

「そうなんだ、ずっと傍にって事は、着替えとかも?」

「え!そ、それは。」

ソードは凄い慌てようだ。

「ふふ、顔真っ赤よ。」

「いや!着替え中はもちろん外に。」

「わかったわ、信じるわ。」

「本来なら対象が女性の場合、女性型の死神がつくのですが、今回は手違いがあったようです。」

「ふーん、手違いか。」

「はい。」

「女性の死神もいるんだ、女性型って?」

「私たち死神には基本的に性別の概念はないのです。」

「付き合ったり、結婚したりしないの?」

「最近は人間の真似事をして、恋仲になろうとする死神もいますが、死神は恋も結婚もしないです。」

「子供も作らないの?」

「はい、死神に子供はいません。皆今のままの姿で生まれ変わります。」

「生まれ変わる?」

「私たちは元々こちらの世界の生き物でした。死んで死神として生まれ変わった姿なのです。昔の記憶はありませんが。」

「そうなの?」

「はい、そして寿命もありません。」

「死なないの?」

「はい、ただし与えられた力を使いすぎると消えてしまうらしいです。」

「らしい?」

「話しを聞いただけで、見た事も経験した事もありませんから。」

「ふーん、消えてしまうのね。」

「使いすぎなければ問題はありませんが。」

「そうなんだ、恋もしないなんて寂しいわね。私が言うのもなんだけど。」

  葉子は寂しそうに笑った。

「葉子さんは恋をしなかったのですか?」

「ふふ、したわよ。」

「どんな方でしたか?」

「ええ?!そうね……、中学生の時だったかしら。幼馴染の男の子にね。あー、懐かしいなぁ。」

「その方とはどうなったのですか?」

「中学3年の時に急に入院しちゃったから、しばらくお見舞いにも来てくれていたけど、次第にお見舞いの回数が減ってきて、そのまま来て貰えなくなったわ。それからずっと会ってないの。」

「会いたいですか?」

「今?……いいえ、会いたくないわ。もう10年も前よ。会うのは怖いわ。」

「そうですか」

「その頃一緒に学校に通っていたけど。迷惑ばかり掛けていたから自分から距離をおいていたの。もっとお話ししたかったな。」

「……、話しは変わりますが死神にも色々な死神がいまして。私の先輩は死ぬ間際にその人のしたい事を叶えてあげる様にしているそうです。」

「いい方ね。」

「真似する訳ではないですが、私にもさせてもらえませんか?」

「私のしたい事?」

「はい。今言いましたよね。もっとお話ししたかったって。じゃあ、話しましょうよ。」

「え?さっきも言ったじゃない、今は会いたくないわ。」

「今のその人に会うのが怖いなら、その頃のその人にならどうですか?」

「どういう事?」

「戻るんですよ、過去に。」

「過去に……?」

「はい、10年経った今の彼に会うのが怖いなら、10年前の彼になら会えるんじゃないですか?」

「あの頃の彼に……、本当にそんな事できるの?」

「方法がある事は知っています。」

「正彦君に会える……。お願い、会いたい!」

「わかりました、早速方法を調べてきます。」

「調べる?どこで?」

「天界にも、こちらの世界で言う図書館があります。そこに魂を過去に飛ばす方法が記された書籍があったはずです。」

「へぇ!図書館。」

ソードは頷き、

「では、私は急いで天界に戻り調べてきます。」

「ええ、また明日も来てくれるのよね?」

「はい、もちろんです。」

「じゃ、また明日。」

「はい、期待して待っててください!」

  ソードは急いで天界へと帰って行った。


第八章  天界にて…

  その日の夕方、天界のスレイブの部屋。ソードはスレイブに本日の報告書を提出している。報告書を受け取ったスレイブが渋い顔をしながら、

「まぁ、報告書の内容はこれでいいでしょう。今はまだ姿が見られた事は伏せておきましょう。」

「はい。」

「ところで、今日はずっと彼女の所に?」

「え?!ええ……。」

「そうですか……。こちらで貴方の姿を見た者がいるのですが。」

「死神違いではないでしょうか?見間違いかも?」

「なるほど……。1つ忠告しておきます。人間に干渉するなとは言いません。私が常習犯ですからね。しかし、干渉しすぎては駄目です、いいですね。」

  スレイブは険しい表情で念を押した。

「はい、わかっています。」

  スレイブは頭を掻きながら、

「返事はいつもいいんですがね……。何をしようとしているのか教えてくれませんか?」

「……実は、彼女には会いたい人間がいるそうです。名前は谷山正彦。」

「その人を探しているのですか?」

「いいえ、それが……。」

「ん?どうしました?」

「……彼女は現在の谷山正彦に会うのは怖いと、しかし過去の彼にならばと。」

「過去の……?まさか!君は禁書を持ち出したのですか?!」

「お願いします!使わせて下さい!」

  スレイブは頭を抱えた。

「まさか、よりによって禁書を……。」

  禁書とは─

  これまでに存在していた死神には邪悪な心をもったものや、人に干渉し過ぎる死神などさまざま存在していた。その死神達が死神の力を使って行った行為を封印した物が禁書である。封印された力はそれ自体が強力な物が多く、禁書無しで使用すれば死神自体が消滅してしまう。また、禁書を通しても使い過ぎれば同じく消滅してしまう。今回ソードが持ち出した禁書「時間跳躍」もその1つである。

  スレイブはソードに問いかける。

「……禁書は今ここに?」

「……はい。」

  ソードは隠し持っていた禁書をスレイブに手渡した。

「こんなもの使用されたら私の責任問題ですよ!」

「お願いします!1度だけでいいんです!使用させて下さい!」

「いや、流石にこればかりは……。」

「何でもします!どうかお願いします!」

「あなたは……そこまで彼女の為に?」

「はい、彼女の願いを叶えてあげたいのです。」

「……分かりました、1度だけなら許可しましょう。」

「先輩!ありがとうございます!」

「本当に1度だけですよ。何度も使用出来るものではありませんからね。」

「わかっています!」

「それが魂を救うことになると言うのなら、しっかり彼女の願いを叶えてあげてください。」

「はい、必ず。」

そして翌日。


第九章  禁書

─7月9日。

ソードは禁書を持ち葉子の病室へと向かった。

「葉子さん、おはようございます。」

  そう言って病室に入ってきた山岸名津美が換気のために病室の窓を開けると、夏の熱気とせみの鳴き声が一気に入ってきた。

「おはようございます、名津美さん。」

「今日も暑いわね」

  名津美は直ぐに窓を閉めてカーテンを束ねた。

「少しでも空気を入れ替えようと思ったんだけど。」

「ありがとうございます、大丈夫です。」

「これじゃ他の病室も開けられないわね。」

「ふふ、そうですね。」

「葉子さん、何かいい事でもあったの?」

「え……?ええ、少し。」

「そうなんだ、最近顔色が良いから嬉しいわ。」

「そうかしら?」

「ええ、よく笑顔も見せてくれるし。葉子さんは笑顔の方が素敵よ。」

「ありがとう、名津美さん。」

  名津美は時計を見た。

「やば!他の病室も回らなきゃ!私行くわね!」

「はい。」

  名津美は急いで病室を出ていった。名津美が出ていった病室を葉子は見渡した。

「ソードさん?」

「はい。ここにいます。」

  そう言うとソードが姿を現した。

「よかった、来てくれたのね。」

「もちろんですよ、私の仕事ですから。」

「そうよね、仕事だもんね。」

「はい、それに過去に戻る方法も見つけてきましたよ。」

「本当に!?」

「はい、以前同じ事を試みた死神がいた様です。方法が書かれた本がありました。」

「方法って?」

「これを説明するのは難しいですね。私たち死神の力の使い方の違いなんですよ。」

「力?」

「そうですね、こちらの世界で言う魔法みたいなものですかね。」

「魔法が使えるの?」

「本当は少し違うと思うのですが、似たようなものですね。」

「へぇ~。」

  ソードは黒い本を取り出し葉子に見せた。

「この本があれば、その力を使うことができます。ただ……。」

「ただ?」

「過去へ行けるのは貴方の魂だけです、意識のみを過去へ飛ばす事ができます。」

「そうなの?でも、この身体で過去へ行けても動けないものね。」

「え?……あ、そこまで考えていませんでした。」

「意識だけなら動き回ることは可能かしら。」

「それは大丈夫だと思います。」

「よかった。」

「ただ……。」

「まだ何かあるの?」

「実は謝らなければ行けない事があって……。」

「何?」

「この本によると過去に行った貴方の姿は見えないようです。魂だけになりますから。」

「見えないの…。」

「はい、ですから先日言っていた彼と話をすると言うのは不可能かもしれません。」

「そうなんだ……。」

「すいません、力不足で。」

「大丈夫よ、過去に行って正彦君の姿が見れるだけでも。」

「それだけでも構いませんか?」

「ええ。お願い出来るかしら?」

「はい!では早速行きましょう!」

「ええ、お願いします。」

「では、目を瞑って過去を思い描いて下さい。」

「はい。」

  葉子は目を瞑った。ソードは禁書を開き葉子の顔の前に手をかざした。すると禁書は不思議な光を放ちその光は2人を包み込んで行った。


第十章  過去へ…

─13年前の桜庭家。

「葉子ちゃん!学校行こう!」

「おお、正彦君おはよう。」

「あ、おじさんおはようございます!」

「ちょっと待ってくれ。」

「はい!」

  上空にはソードと葉子の魂が過去の桜庭家を見下ろしている。

「懐かしいなぁ~。」

「あれが正彦さんですか……?」

「うん。そうよ。あ!今出てきた車椅子の子が私よ。ふふ、お父さん若いわ。それに私、普通に立ててる!嬉しい!」

「……。」

  喜ぶ葉子と考え込むソード。

「ソードさん……?どうかしたの?」

「……え?あ、すいません少し考え事を……。」

「考え事?」

「何もありませんよ、気にしないで下さい。それより遡りたい時期等あれば言ってください。自由に移動出来ますよ。」

「そうなの?それじゃ…私が入院してしまった後がいいわ。」

「わかりました。ここからどれくらい先か分かりますか?」

「今は小学6年生だと思うから、3年後ね。」

「わかりました。」

  ソードはそう言いながら過去の葉子と正彦を見た。

『何故だろう……、この景色を以前に見た気がする。まだ死神になって間もない来たことはないはず、気のせいだろうか。』

「ソードさん?」

「あ!すいません!行きましょう!」

  ソードが力を込めるとまた本が不思議な光を放ち二人を包み込んだ。葉子が目を開くとそこには全く違う景色が広がっていた。

「ここは……?」

  葉子にも見覚えのない景色の様だ。遠くに建物が見えた。

「あれは?確か中学校かしら?」

「うまく3年後に来れたでしょうか?」

「分からないわ。でもあそこに見えるのは私の通っていた中学校よ。」

「同じ場所で時期だけずらすつもりだったのですが……それに異常に身体重い……。」

「え?大丈夫?」

「ええ、何とか平気です。とりあえず葉子さんの知っている場所まで移動しましょう。」

「ええ……。あれ?待って、あれ!」

  葉子達がいたのは中学校の通学路の1つだった。ちょうど下校時間らしく、沢山の学生が帰宅していた。その中に谷山正彦の姿を見つけた。

「正彦君よ!中学生の!」

「よかった。ちゃんと時期は進んだ様ですね。」

「あの名札の色は3年生のだわ。」

「ちゃんと3年後に来れたようですね。葉子さん、自分の体が浮く様なイメージを持ってください。」

「え?浮く?」

「はい。そして飛ぶイメージを。」

「分かったわ。」

  葉子の身体が、正確には魂が宙に浮いた。

「すごい!私飛んでるわ!」

「魂の状態ならイメージ通りの動きが可能です。」

「楽しいわね。」

  葉子は嬉しそうだ。

「葉子さん。すみませんが、私は1度現在の病室に戻り休みたいのですが。」

「え?私は?」

「葉子さんの姿は誰にも見えないはずです。好きな所へ行って大丈夫ですよ。」

「分かったわ。」

「ありがとうございます。すぐに戻りますから。楽しんで下さい。」

「ありがとう!ソードさん。」

  笑みを浮かべたソードの姿が一瞬光り消えた。1人過去に残った葉子は、先程見かけた谷山正彦を探した。

(あ!いた!正彦君だわ。)

  正彦は1人で下校の途中だった。葉子は正彦の少し後ろを同じ歩幅で歩いた。

(ふふっ。こうして一緒に歩きたいって何度思ったか。)

  楽しげに後ろを歩いていると、後ろから葉子の体を自転車が猛スピードですり抜けて行った。そして、その自転車は谷山正彦の横をすり抜けて行った。正彦は驚き道の端へよろめいた。

「もう!何なのあの自転車!危ないわね!」

「本当ですよね、びっくりした。」

「え?」

  谷山正彦は間違いなく葉子の言葉に反応した。

「お姉さんは大丈夫ですか?」

「え、ええ……。」

「そうですか。良かったです。では気をつけて下さい。」

  正彦は葉子の記憶通りの優しい青少年と行った感じだった。再び帰路につく正彦を葉子は呼び止めた。

「ま、待って!正彦君!」

「え…?」

  正彦は見覚えのない女性から自分の名前を呼ばれて少し驚いた。

「どうして僕の名前を?」

「嬉しい!私の事見えるのね?」

「え?」

「あ、ごめんなさい。急に変なこと言って。」

「いえ……、どこかでお会いしましたか?」

「ふふ。私はね、貴方の事よ~く知ってるのよ!」

「すいません…僕はお姉さんの事全然覚えてないです。」

「それは…無理も無いわよ。」

「え?」

「ねぇ!よかったらあそこの公園でお話ししてくれないかしら?」

  葉子は少し先に見える公園を指さした。

「え……?ええ、少しならいいですよ。」

「よかった!」

  公園には大きな木の下にベンチがあり、二人はそのベンチに腰掛けた。

「あの、失礼ですけどお姉さんは一体…?」

「あ!ごめんなさい!私は桜庭葉子……じゃなくて、え〜と…」

「葉子ちゃんの知り合いですか?」

「……え?うん、そう!そうなのよ!葉子ちゃんとは病院で知り合って。私はユウコって言うの。」

「ユウコさんですか、はじめまして。」

「はじめまして、よろしくね。」

「はい。こちらこそ!」

「ふふ、よかったわ。何だかさっきは今にも死んでしまいそうな顔してたから。」

「え!そ、そんな顔してましたか?僕…。」

「ええ。あら?制服汚れてるじゃない!さっきの自転車かしら?」

「え?ああ…多分そうです。」

「大丈夫?ほんとに怪我は無い?」

「平気です、大した事ないですから。」

「ならいいんだけど…。」

  正彦は何かを必死に隠しているようだった。

「あの!やっぱり僕もう行きます!」

「え?そう……。」

「あ……、すいません……。」

「いいのよ!無理に誘ってごめんなさい。」

「いえ……。」

  正彦は立ち上がり公園の出口へ向かったが、途中で立ち止まり葉子に聞いた。

「あの……、葉子ちゃんは元気ですか?」

「え?ええ!もちろんよ。」

「そっか…。よかった。」

  そう言って再び出口へと向かう正彦に葉子が問いかけた。

「よかったら、明日も会えないかしら?」

「え?明日……。」

「迷惑かしら?貴方の事や葉子ちゃんの事色々聞きたいんだけど。」

「明日はちょっと……。」

「お願い!少しだけでいいの!」

「……わかりました。」

「ありがとう!嬉しい!」

「いえ、それじゃ明日……。」

「ええ、気をつけてね!」

  正彦の様子が少しおかしいと思った葉子は、無理やりに明日の約束をこぎつけたのだった。葉子は公園から立ち去る正彦を見送った。すると、急に目の前にソードが現れた。

「きゃ!…ビックリした。」

「あ、すいません。」

「ソードさんありがとう!いま正彦君とお話ししたの!私の姿、正彦君には見えるみたいなの!」

「え?そんな……、まさか!?」

「本当よ。それでね、明日も会う約束したんだけど大丈夫かしら?」

「ええ、それは大丈夫です。日付けを明日にずらせばいいだけですから。もう禁書の扱いに慣れたので細かな調整も可能です。」

「それならお願い!明日に行きたいわ。」

「わかりました。しかし……、何故姿が……?」

「ソードさん?」

「すいません、行きましょう。」

ソードは禁書に力を込めた。光が二人を包み込んだ。翌日に移動し、葉子は正彦と会っていた。その様子を見ながら、ソードは正彦が葉子の姿が見える事にある憶測を立てていた。

「死神と同じ魂の状態である葉子さんの姿が見える……。もしかしたら彼も……?」

  考えていると正彦を見送った葉子が近づいてきた。

「ソードさん。あの……、言いにくいんだけど……。」

「また会う約束したんですね?」

「テヘペロ。」

「なんですか?それ?」

「ごめんなさい……。」

「いいですよ、行きましょう。」

  そうして葉子は何度もソードに頼み1日づつ移動して正彦と会い続けた。正彦は、ユウコと言う謎の女性に心惹かれはじめていた。

  谷山正彦に桜庭葉子の魂が見えた理由。葉子の会いたいと言う強い思いが奇跡を起こしたのだろうか?ソードはそう信じたかった。

  そして、移動を1ヶ月分程繰り返したある日、ソードの力は限界を迎えた。


第十一章  もう一度

  正彦と楽しそうに笑い合う葉子の頭に直接ソードの声が響いた。

(葉子さん……。)

「え??」

(私です…。ソードです。)

「ソードさん?」

(すいません。今病室で直接葉子さんに話してます。そろそろ戻って下さい。私の力が限界の様です。)

「そう…、分かったわ。」

「ユウコさん、どうかした?」

「ごめんなさい。私そろそろ行かないといけないみたい…。」

「行くって何処に?」

「帰らなきゃいけないの。」

「なんだ、どこか遠くに行っちゃいそうな様子だったから。」

「それは……。」

「それじゃ、また明日!」

「明日は、ちょっと…。」

「え、ダメなの?明日はどうしても会いたいんだ!…無理かな?」

「明日……。うん、明日ね。」

「よかった!へへ、楽しみにしててね。」

「何を?」

「いや!明日までひみつ!」

「わかった。じゃ…行くわね。」

「うん、さよなら!」

「……さようなら。」

  葉子は正彦から離れて周りを見渡した。

「ソードさん、いいわ戻して。」

  葉子を光が包み込んだ。目を開けるとそこはいつものベッドの上だった。

「…戻って来ちゃった。やっぱり…足は動かないわよね。」

  葉子のベッドの横でソードが禁書を手にうなだれていた。

「ソードさん!大丈夫?!」

「…だ、大丈夫です。」

「ビックリした。」

「どうでしたか?過去は?」

「もう夢の様な時間だったわ!」

「満足してもらえましたか?」

「え?ええ……。」

「まだ何か?」

「その、言いにくいんだけど…。」

「はい。」

「最後に…もう一度だけ!会いに行けないかしら?」

「もう一度ですか…。」

「また明日って約束しちゃったの。どうしても明日会いたいって!最後ならちゃんとお別れもしたいし…。」

「……わかりました。もう一度だけなら。」

「ありがとう!」

「今日は一度天界で休みます。明日もう一度行きましょう。それで最後です。ちゃんとお別れして下さい。」

「ええ。」

「それでは。」

「さよならソードさん。本当にありがとう。」

  ソードは笑顔で会釈すると天界へと帰って行った。


─天界

  とあるビルの一室。スレイブが椅子に座り、黒いファイルを見ている。そこへソードがよろよろと入ってきた。

「ソード……?!」

「先輩……、戻りました……。」

「姿を保てない程に力を使ったのですか?今にも消えそうじゃないですか?!」

「すいません、無理をしてしまった様です…。」

「とにかく座って!…落ち着いたら報告を聞きましょう。」

  スレイブはソードを椅子に座らせると、ソードの頭に手をかざした。今にも消えそうだったソードの身体がはっきりと見える様になった。

「先輩?こ、これは…?」

「応急処置です。少し私の力を分けました。」

「すいません……。」

  落ち着いたソードは、今日の事を包み隠さずスレイブに報告した。

「そうですか…そんなに力を。無茶をしましたね。」

「すいません。」

「それに、もう一度明日過去へ行くと。」

「はい。」

「残念ですが、それは許可できません。禁書は回収します。」

「そんな…!お願いします!あと1度だけですから!」

「自分の状態が分かっているんですか?」

「わかっていますよ、もう大丈夫ですから。」

「それは、今は私の力があるからですよ。貴方の本来の力はもう底をつきかけているでしょう?」

「明日になれば大丈夫です!ダメなら…先輩の力を少し貸して下さい!」

「あなたは…そこまで彼女を。」

「お願いします!」

「……1度だけですよ。それ以上は、彼女が何を言おうと駄目ですからね。」

「ありがとうございます!」

   急に立ち上がってよろけるソード。

「ソード!まったく…。あっちで少し横になりなさい。」

  スレイブは奥のソファーを指さした。

「すいません、ありがとうございます。」

  ソードはスレイブに支えられソファーに横になった。すると、スレイブは急に、

「……やはり、谷山正彦には魂が見えましたか。」

「やはり…とは?」

「実は、貴方から谷山正彦の事を聞いて気になり、調べたんです。彼はもう…死んでいました。」

「え…?どういうことですか?」

  ソードは起き上がろうとするが、スレイブがそれを止め、

「落ち着いて下さい。ややこしいですが、貴方が会いに行った谷山正彦は確かに生きていました。しかし今の時代では、すでに彼は亡くなっているのです。」

「そんな…?!」

  スレイブは、先ほどまで見ていたファイルを取り出した。

「それは…?」

「自殺した人間をまとめたファイルの1冊です。」

「そんなものが……。」

「彼は、間違いなく10年前に自殺していますね。」

「10年前…!私たちが会いに行ったのもちょうど10年前です!」

「重なりますね。彼は自殺する。だから姿が見えたのでしょう。」

「まさかとは思いましたが…。でも、どうして自殺なんて…?」

「原因はいじめですね。」

「いじめ?彼が、いじめを?」

「過去の葉子さんが関係している様ですね。」

「葉子さんが…?」

「先に桜庭葉子がいじめを受けていた様です。歩けない…ただそれだけで。」

「そんな事で…?!」

「彼女が入院した後は仲の良かった谷山正彦に標的が向いた様です。」

「人間とはなんて愚かなんだ!」

「そう言う人間もいる、と言う事です。」

「何故、彼や葉子さんが…?!」

「だからと言って、私たちの仕事は皆平等ですよ。」

「はい…わかっています…。」

  部屋には、重たい空気が流れた。

「……とにかく、過去へ飛ぶのは次で最後です。これ以上干渉するととんでもない事になるかも知れませんよ。」

「はい…。」

「いや…、もしかしたらすでに…。」

「え?」

「いえ、なんでもないです。そろそろ自室に戻り、力の回復に専念した方がいいですね。」

「はい、わかりました。」

「ゆっくり休んで下さい。」

「ありがとうございます、失礼します。」

ソードはよろよろと自室へ戻った。

  過去の谷山正彦に未来の桜庭葉子が接触した。この事が過去にどの様な影響を与えるのか。スレイブには分からなかった。もう一度だけなら……。それはスレイブの考えが甘かった。過去は少しづつ変化しはじめていた。そして、ソードの力ももうほとんど残っていなかったのだ…。


第十二章  それぞれの思い

─7月10日、葉子の病室。

  部屋からは葉子と名津美の楽しげな笑い声が聞こえてくる。

「葉子さん、ここ数日は別人みたいね。」

「そう?」

「以前はそんな笑顔見せてくれなかったもの。」

「そうだったかしら?」

  院内放送が流れる。

「ごめんなさい葉子さん。私行かなきゃ。」

「ええ、忙しいのにありがとうございます。」

「また、後でね!」

「はい。」

  名津美は急いで病室を出ていった。名津美と入れ替わる様にソードがやって来た。

「お待たせしました、葉子さん。」

「ソードさん!」

「早速行きましょうか。」

「身体は大丈夫なの?」

「心配には及びません。しかし、今回で本当に最後です。いいですね?」

「ええ……。」

「では、行きましょう。」

「まって…!一つ聞きたいんだけど。」

「なんでしょうか?」

「ソードさんは…どうしてここまでしてくれるの?」

「それは…、死ぬ前に貴女の願いを…。」

「それだけの為に?」

「……すいません、それは建前です。本当は自分の為なんです。」

「ソードさんの?」

「貴女を見てると…胸が締め付けられて苦しいんです。」

「え?」

「先輩には、私が貴女に恋をしていると言われました。」

「私に?」

「死神は恋などしないと言っておきながら、恥ずかしい話なんですが。…私は貴女が好きです。だから、貴女の願いを最後まで叶えてあげたいんです。」

「こんな私を…?でも私は…。」

「分かっています…。変な事を言ってすいません。それに私は死神、貴女は人間です。例え未来があろうと結ばれる事はないです。」

「ありがとう。」

「え…?」

「嬉しいわ。好きなんて言われたの初めてだもの。」

「…よかった、どんな顔されるか不安でしたから。勇気を出して伝えてよかったです。例え…報われないとわかっていても。」

「ソードさん…。」

「次は貴女の番です。」

「え?私の番…?」

「正彦君に伝えてみてはどうですか?貴女の気持ちを。」

「え…?そんな、駄目よ!だって…私は正彦くんにとってユウコだもの!葉子じゃないもの…。」

「本当の事を話してみては?貴女は昔から正彦君の事を好きだったんでしょう?」

「ソードさん、一体急にどうしたの…?」

  ソードの目から暖かいものが流れていた。ソード自身はそれに気づいていない。

「葉子さんは昔いじめにあっていたんでしょう?歩けない、車椅子だと言うだけで。」

「どうして…?誰にも話してないのに…。」

「先輩が調べてくれました。正彦君の事も。」

「正彦君の事も…?」

「貴女はいじめを苦に不登校になり、そのまま入院しました。」

「ええ。」

「その後、学校では正彦君がいじめの対象になったのです。」

「正彦君に?!どうして…?!」

「貴女と仲が良かったから、ただそれだけで。」

「そんな…。」

「そして正彦君はいじめを苦に自殺していました。」

「嘘?!正彦君が自殺…?!」

「本当です。」

「そんな…?!だから、過去の正彦君に元気が無かったのね?!謝らなきゃ…、謝りに行きたい…!」

「過去へ行き、全てを話しましょう。」

「お願い…!」

「貴女の胸のつっかえを全て取り除いて欲しい。」

「ありがとう…。」

  ソードは葉子の額に手をかざした。禁書が光輝き辺り一面をその光が包む。

  ソードの身体はもう言うことを聞かなくなっていた。意識も強く保っていなければ飛んでしまいそうだった。彼女が気持ちを伝えきるまで何とかもって欲しい。ソードは力を振り絞った。

  葉子が目を開くとそこは過去の正彦と合っていた場所だった。葉子は急いで約束したベンチへと向かった。

「正彦君!よかった、いた…。」

「ユウコさん!よかった!来てくれたんですね。もう会えないのかと思った…。」

「大袈裟ね。」

「だって!約束したのに、あの日来てくれなかったから…!」

「え?あの日…?」

「約束したのは1週間前だったじゃないですか!あの日ずっと待ってたんですよ!渡したい物があって。諦めず毎日来ててよかった…。」

「そんなに時間がズレてしまったのね…。本当にごめんなさい…。」

「いいんです!…今日こうして会えたから。」

「…1週間毎日来てくれてたのね。」

「きっと何か理由があるんだろうと思って。」

「正彦君。」

「信じてよかった。」

「ごめんなさい、私のせいで。」

「全然平気です!謝らないでください。」

「違うの…!学校で…いじめられてるのよね?」

「ど、どうしてユウコさんが…?!」

「私の、私のせいで……。」

「ユウコさんのせいじゃないですよ!きっと、僕が鈍臭いから…。」

「正彦君…。」

  葉子は涙が止まらなかった。

「ユウコさん?!どうしたの?泣かないで…。」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい…。」

「だから、ユウコさんのせいじゃないですよ。」

「違うの、正彦君。よく聞いて、大事な話があるの。」

「は、はい。」

「信じられないかも知れないけど、私は…この時代の人間じゃないの。」

「え…?」

「未来から貴方に会いにきてたの。死神さんの力をかりて。」

「未来?死神…?どういう事、ユウコさん?」

「混乱するわよね。いい?私はユウコじゃないの。貴方の幼馴染の…桜庭葉子よ。」

「桜庭葉子…?葉子ちゃん…?」

「そう。貴方が学校の送り迎えをしてくれていた。」

「え…?だって知り合いだって…。」

「ごめんなさい騙して。混乱するわよね…。」

「なにが…なんだか…。」

「お願い、最後まで聞いて!私ね、貴方と別れてからずっと病院で暮らして来たの。10年間ずっと。」

「10年間も…。」

「でね、私疲れちゃって死んでしまおうと考えていたの。そうしたら私の前に死神が現れたの、迎えに来たと。」

「死神…?」

「自殺を考えていた時だからそれでお迎えが来たと思ったんだけど違ったの。私は病気で死んでしまうんだって。悩んだ挙句、自殺まで考えたのに…。」

「10年経っても、病気は治らなかったの…?」

「原因は分かったらしいんだけど、治療法はまだないの。」

「病気が原因で死神が?」

「原因は別みたいなの。身体が弱ってるとこに風邪引いて肺炎…だったかしら?」

「そんな…?!」

「これはもう決まった事みたいだから仕方ないの。でもね、死神さんが教えてくれたの。人は死んだら魂になって生まれ変わることができるんですって。その魂を迎えに来るのが死神の仕事なんだって。」

「魂……。」

「でもね、自殺すると死神は仕事が出来ないそうなの。」

「どうして…?」

「自殺した人間は魂になれないらしいの。死んだらそれまで。消えてしまうんですって。」

「消える…。」

「うん、生まれ変わることが出来ないの。」

「そうなんだ…。」

「だからね、私は最後まで頑張って生きようと思うの。」

「ユウコさん……。」

「そして、正彦君にも自殺なんて考えを捨てて欲しいの!」

「え…!どうしてそれを……?!」

「未来では貴方は…死んでしまってるの。」

「そっか……。実はあの日、ユウコさんに出会わなければ僕は死ぬ気でいたんだ。どうしていじめられるのか分からなくて…。苦しくて…。」

「ごめんなさい、そのいじめも私が原因なのよ…。」

「え?ユウコさんが…?」

「だから私は葉子よ。私が学校へ行かなくなったのもいじめのせいだったの。私が学校に来なくなったからいじめが正彦君に向いたそうなの。仲良しだったからって…。」

「ユウコさん…いや、葉子ちゃんもいじめに…。」

「辛いのは分かるけど、私はなにも出来ないけど貴方に死んでほしくない。生きて欲しい…!」

「葉子ちゃん……。僕は…迷っていたんだ。でもユウコさんに出会っている時は忘れられた。貴女が僕の支えだった。」

「そう、嬉しいわ…。」

「僕は貴女に会いたくて。ただそれだけで生きる価値があると思えた…。」

「私も貴方が好き…!小学生のあの時からずっと。この10年間も忘れた事は無かったわ…。」

「葉子ちゃん、僕もあの時から…。そして、今の葉子ちゃんも大好きです…!」

  2人は抱き合おうとするが葉子の体をすり抜けてしまった。

「ごめんなさい、触れることは出来ないみたいね…。」

  残念そうに見つめ合う2人…。

  その時、葉子の頭にソードの声が響いた。

(葉子さん、すいません。もう…、限界の様です……。)

「そう、分かったわ…。」

「え?どうしたの?」

「ごめんなさい、もう行かなくちゃ行けないの。」

「そんな…!もっと一緒にいたい!話もしたい…!」

「残念だけど時間なのよ…。ごめんなさい…。」

「今度はいつ会えますか?」

「…もう会えないわ。」

「どうして…?!」

「お願い…分かって。」

「分からないよ…!」

「私はこの時代の人間じゃないの。それに、未来の私も死んでしまう…。」

「嫌だ…!嫌だよ…!!」

「さよなら…正彦君。本当に好きだったわ…。貴方は強く生きてね。」

「待って…!そうだ!渡したい物が…!これ…!ユウコさん、いや!葉子ちゃんに似合うと思って…!」

  カバンから髪飾りを取り出した正彦の前には光に包まれる、葉子の姿が。

「え…!葉子ちゃん……。」

  光は強くなり、葉子の姿は消えてしまった。

「消えた…。葉子ちゃん…、僕は……。」

  正彦の頭は更に混乱していた。ユウコは葉子で、未来から来て、死神に死を告げられ死んでしまう。そして、生きろと言ってくれて、目の前で消えてしまった。

「僕は…、どうすればいいの……?」

  その場に崩れ落ちる正彦。空は青く澄み切っていた。


第十三章  死神ソードの最後

─現在

  目の前の正彦は消え、見慣れた病室が目に入る。先程まで無かった蝉の鳴き声が響き渡る。

「戻ったのね……。」

  周りを見るとソードの姿がない。

「ソードさん?」

  頭に声が響く。

(葉子さん、すいません。力不足で……。)

「いいの。伝えたいことは全て伝えたもの…。十分過ぎるわ。」

(よかったです……。)

「ソードさん?どこ?ちゃんとお礼が言いたいわ。」

(すいません、力を使いすぎて…。今日はこれで……。)

「ソードさん…?ありがとう、本当にありがとう。」

  ソードの声はもう聞こえなかった。

「ソードさん…?もういないのかしら…。また、明日お礼をちゃんと言わなきゃ。正彦君は納得してくれたかしら。」

  蝉の声だけが変わらず泣き続けていた……。


─天界

  スレイブが険しい顔で椅子に腰掛けている。気配に気づき、外へ走り出た。そこには力を使い果たしたソードが禁書を持ち倒れていた。

「ソード…!」

  スレイブはソードを抱きかかえた。

「すいません…、せん…ぱい…。ちから…使いすぎ…ましたか?」

  ソードの身体は薄く透けていて、身体もボロボロで顔もまるで絵の具が剥がれた様になっていた。

「やはり、止めておくべきでした…。」

「それでは…、後悔が…。」

「わかりました、もう喋らないで。」

  ソードが話す度身体が崩れ落ちる。崩れ落ちた顔の奥から別の顔が覗いて見えた。

「これを…、すいません…でした…。」

  禁書をスレイブに差し出した。身体はますます崩れ落ちた。

「気づき…ました…。彼は…わた…しの…。」

「もう喋らないで。」

  ソードは微笑み。

「葉子…さんを、おね…がい…し……。」

  ソードは燃え尽きる様に崩れていった。その瞬間、ソードの顔は全くの別人になっていた。優しく穏やかな顔だった。死神は消える瞬間、前世の姿に戻ると言う。

  崩れ落ちたソードの身体は灰になった。金色の灰に…。

  そして、その灰すらもすぐに消えてしまった。残ったのは手にしていた禁書だけ…。

「ソード…。全て私の責任です…。」

  いくら考えてももう遅かった。ソードの最後の言葉。桜庭葉子の最後を見届ける、それがソードへせめてもの手向けだとスレイブは思った。スレイブはポケットから手帳を取り出した。

「桜庭葉子の死亡日は…7月20日…。」

 

第十四章  奇跡

 ─ 7月17日、葉子の病室。

  死神ソードが姿を現さなくなり、1週間が経っていた。桜庭葉子の死は、刻一刻と迫っていた。

  病室で1人外を見ている桜庭葉子は時々咳込んでいる。

  コン、コン、コン。

  ノックの音が病室に響く。

「はい…。コホ、コホ。」

  入って来たのは、看護師の山岸名津美であった。

「葉子さん、まだ元気無いのね。今日はいいニュースを持ってきたのよ!先に点滴入れちゃうわね。」

「点滴?私に?」

「ええ。新しい先生の指示なの。葉子さん少し咳込んでるでしょ?悪化しないように早めの処置をって。」

「新しい先生?」

「そう!いいニュースはそれなの。葉子さんの手術もしてくださるそうなの。」

「どういう事ですか?」

「海外で貴女の病気の治療法が見つかったのよ!もう手術の成功例もあるの。病気が治るのよ葉子さん!」

「そうですか…。」

「え?嬉しくないの?」

「いえ。」

  自分はもう死んでしまうのに、今更病気が治っても…。葉子はそう思った。

「葉子さん?」

「あ、手術はいつですか?」

「それが、一刻も早く行いたいそうなんだけど。海外から設備が送られて来るのが3日後なの。着いたらすぐに手術を行うらしいわ。だから、3日後には手術の準備をして待つことになるわ。」

「そうですか…。」

(3日後、7月20日当日。もう少し後なら手術が無駄にならなかったのに…。ごめんなさいお父さん…。ごめんなさい名津美さん…。)



 ─7月20日、手術当日。

  桜庭葉子はすでに麻酔をかけられて準備の整った手術室で眠っている。そして、手術スタッフが訪れ、すぐに手術の準備にとりかかった。到着した外国人スタッフの中の1人の日本人が葉子の担当医に尋ねた。

「お待たせしました。患者の状態は?」

「大丈夫です、安定しています。貴方が?」

「はい。このスタッフのリーダーで執刀医の山本です。」

「貴方が…!原因だけでなく、手術方法まで見つけたという!…しかし何故、彼女が風邪だという事まで…?」

「すいません、お話しは後でもいいですか?すぐにでもオペに取りかかりたいのですが。」

「あ、はい…!全てお電話で指示された通りに整っております!」

「ありがとうございます!早速はじめましょう。」

  すぐに手術は開始され、5時間に及ぶ手術は無事に終了した。そして……。

  葉子は手術後も眠り続けていた。麻酔はすでに切れているはずだった……。傍には父、庄之助がいる。病室へ山岸名津美が入って来た。

「桜庭さん。今日もいらしてたんですね。」

「はい。」

「葉子さん、まだ目を覚ましてくれないですね。」

「大丈夫です。私は葉子と、彼の腕を信じています。」

「山本先生とお知り合いなんですか?」

「ええ、彼は…。」

「ん…。」

  葉子が目を覚ました。

「葉子…!」

「お父さん……?」

「私、先生呼んできます!」

  名津美が慌てて病室を出た。

「私は…。」

「よかった…!手術は無事に成功したんだよ…。」

「手術…?そっか、私…。」

「よかった…本当によかった…!」

  病室に山岸名津美が執刀医を連れて入って来た。

「葉子さん、こちらは貴女の手術をしてくださった山本正彦先生よ。」

「気分はどうですか?葉子ちゃん。」

  葉子は山本の顔を見上げて驚いた。

「え…まさか…!正彦君…?!」

「そうだよ。ずっと会いたかった…葉子ちゃん。」

「嘘…だって、貴方は…。」

「驚いた?僕も驚いたよ。あの時の『ユウコさん』のまんまなんだから。」

「あれから、お医者さんに…?」

「ああ、君が消えてから考えたんだ。もちろん、頭はぐちゃぐちゃだったけど。君の生きてって言葉と、君を救いたいって気持ちだけが強く残った。未来の君を救いたい!その一心でいっぱい勉強して医者になった。そして君の病気を研究してる病院に入ったんだ。海外だったから会いに来れなかったけど。君を忘れた事なんて1度も無かった。」

「そう、よかった…。本当によかった。生きててくれて…。」

「本当にありがとう!君の言葉で僕は救われたんだ。」

「私は何も。でも、山本って…?」

「僕も色々あってね。今は母方の苗字の山本なんだ。」

「ごめんなさい…。」

「謝らないで。おかげでいじめからも脱出できた様なものだし。」

「本当にごめんなさい…。」

「だからもう大丈夫だから。」

「うん…。」

  葉子は涙が止まらなかった。

「まだ泣くのは早いよ。君の病気は完全に治ったけど、長い間動かなかった身体を動かすには、大変なリハビリが待ってるんだからね!」

「ありがとう。でも、もういいのよ。」

「え?」

「覚えてる?私には死神が迎えに来てるの。」

「…ああ。」

「もう死ぬ日は決まってるの…。」

「何を弱気になってるんだよ!病気はよくなったんだよ!」

「病気は関係ないの。」

「そんな!まだ死神はいるの?」

「今はいないみたいね。」

「そいつはいつ迎えにくるの?」

「確か7月20日だって。病気は関係ない、肺炎が悪化して助からないって。」

「はは。なんだ、よかった…。」

「え…?」

「肺炎が原因だって聞いてたから。前もって連絡して必ず風邪引かないようにお願いしたんだ。万が一風邪を引いても悪化しないようにって。」

「そう、ありがとう…。でもこれは変わらないって。」

「それはおかしいな?だって君は丸一日眠っていたんだよ?」

「え…?」

「今日は7月21日だよ。その死神の言っていることが正しいなら葉子ちゃんは昨日亡くなってるはずだよ。」

「嘘…?私は…死ななかったの…?」

「そうだよ。死神が言ったことが運命なら、君は運命に勝ったんだよ。」

「私はまだ生きられるの…?」

「ああ、もちろんだよ。」

  葉子の目からは大粒の涙がこぼれた。もう死を覚悟していたのに。普通の生活など諦めていたのに。

「嬉しい…!私、私は…。」

  そっと抱きしめる正彦。それを見て庄之助と名津美はそっと病室を出た。

「よかった。今回はちゃんと触れるね。」

「あの時はすり抜けてしまったものね。」

「ようやくこれも渡せるね。」

「それは…!」

  葉子の頭に髪飾りを付ける正彦。

「あの日渡せなかったから。」

「ありがとう…。」

「待って、それだけじゃないんだ。」

  そう言うと正彦はポケットから小さな箱を取り出した。

「手術が成功したら渡そうと思ってたんだ。」

  正彦は蓋を開け葉子の薬指に綺麗に輝くリングをはめた。

「これは…!」

「葉子ちゃん。いや、葉子さん。今でも貴女が大好きです!僕と結婚してください…!」

「正彦君…。」

「僕じゃ…ダメかな?」

「そんな事ないわ!嬉しい…!でも私なんか…。」

「君じゃなきゃ駄目なんだ、君が好きなんだ!ユウコさんじゃなく、君が。」

  また葉子の涙がこぼれ落ちる。

「ありがとう…。私も貴方が大好き!昔からずっと…。」

  そして2人は、お互いの存在を確かめ合うように再び抱き合った…。

終わり


第十五章  そして…

  抱きしめ合う2人を見つめる1人の男が傍らにいた。死神スレイブである。2人には姿が見えていない様だ。

「谷山正彦が生きていた…。桜庭葉子が死ななかった…。未来は変わってしまった…。これは奇跡だろうか?」

  そう言うとスレイブは姿を消した。

  そう、これは死神ソードが起こした奇跡なのです。そしてソードが消える瞬間見えた前世の姿は、谷山正彦だった。ソードは谷山正彦だったのだ。それが何を意味するのかスレイブにはまだこの時は分からなかった。


  ─天界にある神殿。

  奥にある王座に老人が腰掛けている。目の前には大きな鏡。

  鏡にはスレイブの姿が写っていた。

「奴につけた新米が、輪廻のサイクルに戻ったか。しかも、未来を大きく変えて。」

  穏やかな笑みを浮かべている。

「さて、お前はいつ気づくかのう…?心優しき死神よ。」

  鏡のスレイブの姿が大きく映る。

「輪廻のサイクルに戻るには、自分がおかした罪を思い出さねばならない。自殺と言う罪を…な。」

  スレイブの姿がいつまでも映し出されていた。

~完~


最後までご覧くださりありがとうございます!是非別の作品も読んでみて下さい!

『桜の季節』


『LIFE~交じり合う人生~』








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