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2022年、新施設「地獄温泉ミュージアム」をつくります。

この度、タイトルにある通り、2022年冬オープンを目標にミュージアムを作ることになりました。その名も「地獄温泉ミュージアム」です。

さらっと言いましたが、とても震える程の一大決心です。普遍的な自然資産である温泉と、別府が独自に育んできた“地獄”という文化にしっかりと向き合い、多くの人に分かりやすく伝えて、その価値に共感していただきたい。そんな想いをぎゅっと込めたミュージアムを作るというのですから。

別府は様々な所に温泉があり、それを楽しく活用したいという素敵な人が多くいるので、今も尚、多様な文化が育まれています。ただ、そのコアとなる「別府の地獄温泉文化とは何か?」について、まだ共有しきれていない部分も多くあります。だからこそ、地獄文化に110年携わってきた家系の末裔として、僕ならではの切り口でメッセージを発したいと、一念発起しました。お金もとてもかかるし、本当に、人生で一番の決心です。

このプロジェクトの着想は約3年前に遡り、それはそれは、様々な障壁にぶつかってきたのですが、その辺の過程については別記事でお話するとして。今回は「なぜミュージアム構想に至ったのか?」、そのきっかけについて綴っていきたいと思います。

「温泉に関する博物館が別府にあると良いな」とずっと思っていた

僕が別府にUターンした2013年、大分県では日本一の源泉数・湧出量を誇る「おんせん県おおいた」として、全国に向けて温泉地としての観光プロモーションを行っていました。

特に豊富な湧出量を誇る別府市は、一層気合を入れて温泉の街だということを打ち出しており、様々な企画が展開されていたのです。その時に僕の中でふと湧いたのが、「温泉って何者なのだろう?」という疑問でした。座学で、温泉って〇〇種類あるんだよとか、温泉の定義は△△だよとか、様々な知識を学ぶ機会があって、これって温泉に携わる事業者としてはもちろん、温泉を楽しむ観光客の皆様も知りたいことなのではないかと思ったのです。

「うちの街には温泉が沢山あるんだよ!」ってことをアピールすることも大切ですが、「温泉というのは、こういったもので、だから人々にとって恵みなのですよ」という価値の根幹となるものを発信することも必要なのではないかと。しかも、そういった啓発的なことって誰でもできる訳ではなくて、豊富な源泉数・湧出量を誇り、温泉と共に長い歴史を積み重ねてきた別府市だからこそ、このメッセージを発する権利があると考えていました。だからこそ、全国的にもあまりない、真摯に温泉と向き合った博物館を別府市が作れば良いのにな~と、Uターンした当初からずっと思い続けていたのです。まあ自分がやるには投資的にも絶対無理だな、と当時は他人事として捉えていました。

鉄輪で空いた土地を活用できる機会を頂いた

 “地獄温泉ミュージアム”は別府市鉄輪にある、金龍地獄の跡地に建設予定となっています。

金龍地獄は地獄めぐりの1つとして運営をしておりましたが、2009年に閉鎖されて以降は営業再開されることはなく、そのままの状態で存在していました。そして2018年に、僕の知人の不動産会社の方から土地の所有者が変わるとのお話があり、新たな活用法を模索できないかと相談があったのです。その時に僕の頭をよぎったのは、変な施設ができてほしくないな、ということでした(笑)。金龍地獄があった場所は、鉄輪の周遊エリアの中心的な所で、とても重要な場所なのです。

なので、鉄輪の街にとってプラスとなる活用をしてほしい!と思い、関係各所に相談をもちかけ、良い人にお繋ぎできるように最後までお世話をしようと考えていました。まさか当初は、自分が中心になって開発に携わることになるとは想像していなかったのですが(笑)。

鉄輪の湯治文化発展に貢献したい

 鉄輪は豊富な温泉の恵みを活用した「湯治(とうじ)」という療養法を中心とする文化が江戸時代以降栄えてきました。長期滞在を可能とする貸間といわれるお宿や、湯治滞在の中心機能である地獄蒸し窯も大切に継承されてきました。

そして今も尚、素敵な方たちの手で、鉄輪の湯治文化はユニークなものとして進化を続けています。シェアハウスを構えて湯治の素晴らしさを様々な人に実体験してもらい発信していく仕組みをつくる方もいたり、空き家を新しい機能として再生させる天才がいたり、「蒸しツーリズム」という素敵なフレーズで継続企画を続ける鉄輪の未来の中心にいるような方がいたり、そこにいけば誰かがいる求心力の塊のような湯治宿のオーナーさんがいたり、湯治をライフスタイルとして世界中に発信するべく、いきなり素敵な商品開発をしてしまう方もいたり、地獄蒸しを東洋医学と掛け合わせて健康レベルMAXな料理プログラムを開発する方もいたり、挑戦的でまちの未来を考える素敵な人たちが沢山いるのです。

Uターンした当初は、そういった方々との交流する機会があまりなかったのですが、様々なご縁でここ3年ほどお知り合いになることができ、改めて「なんて素敵な街と人なんだ!」と気付かされた訳です。

そして、自分なりにどう貢献できるかを考えた時に、全国から幅広い層の方を集客している施設に携わっている強みを活かし、「そもそも湯治とは?」そしてその根幹にある「地獄温泉文化ってなんぞや?」というお話を多くの方に共感してもらえるような機能を作りたいと思ったのです。原点を知ることで、それを発展させている今の多様な文化の素晴らしさを更に奥深く体感できる流れが作れたら、もっと魅力的な街になるだろうと考えています。

父が言い続けていた「地獄はすごいんだ」を証明する

 父は生前、「海地獄はすごいんだ」と胸をはって言い続けていました。そして僕はその言葉にずっと半信半疑でいたのです。

 今となっては、父にはまだ及ばずとも、地獄という文化に対し今を生きる誰よりも誇りをもっている自信はあります。だからこそ、父が残した「すごいんだぞ」という根拠はないけど謎にパワーフレーズだったあの言葉を、更に深く、そして広く、証明していきたいと思っています。別府の「地獄」が1つの概念として「JIGOKU」という世界基準になっていったら素敵だな~と夢見ています。なので、最終的に僕の挑戦を後押ししたのは、やはり父の背中でした。

温泉博物館への思い、空き地とのご縁、鉄輪の未来、父の背中、そして3年間の紆余曲折を経て、とっても試行錯誤しながら、“地獄温泉ミュージアム”の出発点に立てました。まだドキドキですけどね…(笑)。是非、応援していただけると嬉しいです!

今後は皆さんが気になるであろう、どのようなメッセージを発信するミュージアムなのか、どのような仕掛けで地獄温泉文化について伝えていくのか、温泉関連の開発苦労話などなど、noteで整理していきたいと考えています。

ここまで長文をお読み頂きありがとうございました。ぜひ、楽しみにしていてください。

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