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『シネマティックモード』 (ショートストーリー)

原案・Sophie
  作・Jidak


紅葉が、それはそれは美しくて。
その季節のセントラルパークはね、
歩くだけで誰もが主人公になれる感じなの。

ええと、2年ぐらいかな、住んでたのは。
そう、夫がニューヨークに転勤になってね、結婚してすぐ。
もう5年か、こっちに戻ってきて。

忘れらないんだよね、あの日のセントラルパーク。
もうすぐ帰国って時に行ったの。
ふわふわの髪が素敵な男の人と。
あ、英会話の先生だよ。
マンツーマンで教わってたの。

ベセスダっていう立派な噴水があるんだけど、
そこでウェディングの記念撮影しててね。
チャイニーズアメリカンだったかなぁ。
花嫁もドレスも美しくて、全てがドラマチックでね。
そこに私はいたの。背の高いふわふわな彼と。

彼、映画監督で。
多いのよ、ニューヨークは。
映画監督とか、アクターとか。

デートではなかった、うん。
でもね。
髪はポニーテールにするか、ダウンスタイルにするか、とか。
ワンピースがいいかな、うーん、あえてデニムかな、とか。
靴はいつものコンバース? 
いや。
あ、やっぱりコンバースで、とか。
さんざん迷ってる自分が面白かったなぁ。

大きな池があって、「あ、船がある!」って思ったまま言ったの。
そしたら「幼稚園児の英語みたいだね」って彼が笑ってね。
笑ってる彼の向こうに、ジョン・レノンが住んでたダコタハウスがあったり、
自然史博物館があったり。
木々も建物も、どれもこれもが美しくて。
会話が途切れても、それさえも素敵だった。
カサカサっていう、枯葉を踏む音が効果音みたいでね。

途中で、偶然彼の友人と会ったの。
彼、私のこと、何て言うのかなぁなんて見てたな。
なんかモジモジしてて、かわいかった。
あ、何て説明したんだろう?
忘れちゃった。

うん、そう。
彼と何かが始まるって感じではなかった、はず。
でも、美しいひとときを一緒に過ごすと、素敵な記憶としてとどまるよね。
その時間も、彼のことも。

そのままずっと北上して、セントラルパークのノースで別れたの。
彼はウェストサイドに住んでて、私はイーストサイドで。
「じゃあ」って言って、真逆の方向に歩き出したんだけど、
「え、ここは振り返るべき?どうする?」ってくるくる考えちゃった。
で、「よし、振り返らない女で行く」って決めて、演じたっていうか。
そうなの。まんま映画だったのよ、すべてが。

もちろん。
思い出すよ、時々。
特に離婚してからね、去年。
ううん、後悔とかそういうんじゃないかな。

で、今は
「ここは行くべき?どうする?」
って、くるくる考えちゃって。

え?
うん、今。
来るのよ、彼、日本に。映画のプロモーションで。
いつまにか、なかなか有名になってて。
で、来たの。連絡が、急に。

ドラマだよね。
映画だよね。

ねぇ。

ここは行くべき? どう思う?

ワンピースかな、デニムかな。

(終わり)


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(2022年10月25日配信)


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