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『みずき予報』(ショートストーリー)

作・Jidak


朝。洗面所の鏡を見る。
「あー、髪…」
いつもよりうねりがひどい。
「明日雨か…」

私の髪はクセがひどく、翌日天気が崩れるという時、
なぜかその前日にチリチリふわふわと広がってしまう。
まるで静電気を帯びた下敷きが近くにあるかのように。
そして、襟足もパカっとうなじの真ん中で分かれてしまう。

高校入学と同時に縮毛矯正をかけたので、ひとまず扱いやすくはなったが、
小学生の頃はただただ髪質を呪った。

「えー、瑞希(みずき)の髪、チリチリ! 変なのー!」

小6の時、同じクラスの健吾は、私の髪を容赦なくからかった。

「うるさいな、しょうがないの! 気圧だから!」
「気圧? なんだそれ? わかんねぇ」

気圧が何か、そりゃ私だって知らない。
ただ、チリチリになるのも、襟足が分かれるのも、
気圧のせいだね、と母が言っていたから。

やっかいな髪質。

「明日が雨だとこうなるの!」
「え、何、預言者なの、お前? チリチリ頭の瑞希予報だ!」

やっかいな健吾。

健吾とは同じ中学に進んだ。
でもクラスも違ったし、廊下で会っても特に話さなくなっていた。

ちょっと前から雨が降り始めた、ある日の放課後
たまたま傘を忘れてしまった私は、下駄箱で靴を履き替え、もうちょっと小降りにならないかな、と、ぼーっと外を眺めていた。

「お、瑞希。何してんだよ」

振り返ると、帰り支度をした健吾がいた。

「あ、傘、忘れちゃってさ…」

健吾の手には傘。

「ふーん、健吾は傘持って来たんだ。よくわかったね、雨降るって」
「だって、昨日、瑞希予報出てたし」
「え?」
「あ、いや。俺、いつも見てるから、お前のこと」

雨足が一層強くなった。

ザーッという雨音と、嘘みたいに大きい音を立てて脈打つ私の心臓。
その2つの音は今も鮮明に覚えていて、いつでも記憶から引っ張り出せる。

あれから15年。

「じゃ、行ってくるよ」
「あ、お弁当持った? 健吾」
「うん。サンキュ!」

健吾は、私の夫である。
二人が出会えたのも、この髪質のおかげかな、と思ったりする。

「あ、今日泊まりになるかも…」
鏡の前で身支度をしている私に、健吾が言う。
鏡ごしの会話。
この日常、気に入ってる。

「はーい。新聞記者ってほんと大変。あ、明日は…」
「わかってる。雨だろ。折りたたみ傘持ってく」
そう言いながら近づいてきた健吾は、鏡の中の私を見ながら、
うなじにふわっとキスをした。

「矯正はしてても、ここ、襟足がパカっと分かれる瑞希予報は健在だからね」

そう。

瑞希予報に外れなし。

雨はもう嫌いじゃない。

(終わり)


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