地方自治とFM(ファシリティマネジメント) 後編
NPO法人自治経営のFM担当理事をしている三宅香織と申します。前編では、公共施設におけるFM(ファシリティマネジメント)について、現状と課題を整理しましたが、後編ではこれからのFMについて考えてみたいと思います。
1 なぜ、今FM的思考が求められるのか
(1)維持管理費の実態
ライフサイクルコスト(LCC)と言われる建物の生涯費用は、「建設」から「維持管理」「解体」に至る総費用を指していますが、その内訳をみると、維持管理費は建設の4~5倍もかかると言われています。公共施設の建設費用については議会やメディアでも大きく議論になりますが、その施設を保有することで今後の維持管理費がいくらかかるかを議論することは稀なのが実情ではないでしょうか。補助金や交付金を国からもらうから、一見建設費は低額に抑えられるように見えても、一度作ったら数十年から百年の間、維持管理費は設置する地方自治体の負担が毎年長期に渡って発生することを考える必要があるのです。
(2)設備改修と維持管理にかかる費用
維持管理費には大きく光熱水費と修繕や大規模改修の費用が含まれます。まず、古い施設を建替えると、エアコンなどの空調機だけでなく、ウォシュレットや温水の出る洗面、エレベーターなどが標準仕様で整備されることになります。そういった設備は、電気も使いますし、定期的な検査や部品交換などのメンテナンスが必要で、電気代を削減できると省エネ設備を導入したとしても、建替え前よりも光熱水費を含む維持管理費は従来の数倍かかります。
また、普通の家でも水回りは数十年毎に手入れが必要となるように、公共施設も建物の躯体は百年もつかもしれませんが、設備は約20年に一回は更新が必要です。生涯費用(LCC)でみると、設備の更新&維持管理費用は建設費用の数倍かかります。
公共施設を設置する際には、LCCを意識することが非常に大切なのですが、ガソリン価格や電気代など、家計に影響のある費用に対しては皆さん敏感なのに、公共施設になると議論にならないのはなぜなんでしょうかね?残念です。
2 カーボンニュートラル実現に向けて
(1)国の動き
2020年10月、政府は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを目指すことを宣言しました。
脱炭素ポータル(環境省)https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/about/
実現に向けて、8つの重点施策を掲げているのですが、その一つに「公共施設や業務ビル等における徹底した省エネと再エネ電気調達と更新や改修時のZEB化誘導」という項目がありますが、これは、公共施設にとっては非常にハードルが高いのです。2050年に存在しているであろう公共施設がCO2排出ゼロとなっている、ということは、もう新規建設は現在の時点で、当然ゼロで設計しなくてはなりませんし、建物寿命が80年とか100年とか言っているわけですから、既設の公共施設をどうするのかという大きな課題も抱えています。
(2)実現に向けた地方自治体の課題
やらなければならない、というのはわかる。しかし、現在、次の点について、あなたの自治体はどうなっていますか?
・公共建物の工事発注仕様に、CO2排出ゼロを求めることが要求水準に明確に盛り込まれているか?
・統廃合が進まない学校施設や市営住宅などで、既設施設として残る可能性のある建物の断熱改修や空調などの設備更新をどうするのか方針が定まっていますか?
・公共施設の屋根に設置する太陽光パネルを設置し、エネルギーをつくることについて、具体的な年次計画や試算などを示していますか?
・そもそも光熱水費や断熱改修などの維持管理費について、厳しい財政状況の中で、長期的な試算を示したり、改修ロードマップを作成していますか?
ほとんどの自治体がまだまだ手つかずの状況であるのが現状で、国もこれらを一気に進めなければカーボンニュートラル達成ができないとの危機感から、先行する100地域での取り組みを加速させようとしているのですね。
(3)実現に向けて何が必要か
さて、さらにこれを実際にやるのは、どの部署なのか?という縦割り行政の壁が立ちはだかります。国においても、環境庁が補助金メニューなど用意していますが、前項の課題を見てもわかると思いますが、実は建築設備設計や維持管理における戦略的な取り組みが実現には欠かせません。これって国交省ではないのか?前編で説明した、過剰に保有する公共施設の総量削減は総務省、公共建物の4割以上を占める学校施設は文科省の管轄になっていて、国レベルの縦割りが、補助金や交付金メニューに影響を及ぼし、地方自治体の窓口がどこになるのか?という問題に直面することになります。
一つの地方自治体の中で、いろんな部署が連動するというのは、かなり大変なことなのですが、環境、財政、建築、設備、そして施設を保有する教育委員会をはじめとする所管課が目的を共有することが求められています。
3 NPO自治経営の断熱改修推進に向けた取り組み
先をみれば課題満載なんですが、NPO自治経営FMアライアンスのメンバーは、そういった課題解決をめざした取り組みを始めています。
(1)事例 小学校断熱改修(津山市&仙台市)
最近では、学校断熱改修の取り組み事例が増えてきてますが、2年以上前に、全国発で小学校の教室一室をワークショップ形式で断熱改修をした津山市の事例があります。詳しくは、担当したFMアライアンスメンバーの川口義洋がnoteで紹介しているので、ご覧ください。
note「全国初・学校断熱ワークショップを振り返る」
https://note.com/jichi_keiei/n/n655025172f49
今年8月、倉敷市でも小学校断熱ワークショップを行いました。
Youtubeで動画にまとめています。
https://youtu.be/ahQuTlLGMDo
また、仙台市では洞口文人(元仙台市職員、FMアライアンスメンバー)が、エネルギーまちづくり社と本格的な断熱改修を3教室で、それぞれ改修レベルを変えることで、検証データを得られる取り組みを行っています。こちらは、仙台市HPでセミナーなどもYoutubeで公開されています。
仙台市HP「せんだいエネルギーまちづくり (公共施設断熱実証実験)」
http://www.city.sendai.jp/ezen-kekakuchose/documents/energy_machizukuri.html
仙台市の取り組みについては、新年1月14日にセミナーが予定されています。私も参加させていただいて、地方自治体で進める難しさなどお話する予定です。
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLScoDYrGN60YKThmiU0Kqe9kHFUk7eQ97NQYEQQc_hv91AYvIQ/viewform?fbclid=IwAR3FaowGNIyoXaiE7yxm8jj5WUquPFjIm_A28xGhV_dc2gOP74uyxARs1LU
小学校断熱改修は、いろんな課題を住民と行政が共有するための、啓発的なイベントなので、教室を一部屋やったところで、公共施設全体の1%にも満たない、ということを認識しておくことが大事だと思います。これをきっかけにして、全体にどう拡げていくかを考えて、仲間を増やし、皆で推し進めていく、スタートアップのワークショップなんだと言うことを忘れてはいけないと思います。
(2)バケツの穴を塞ぐ公共施設の断熱改修
公共施設等総合管理計画でいわれる「施設総量を減らす」というのは、「財政状況を鑑みると管理できる施設が限られる」ということです。今のままの状況だと、維持管理できない施設が増えるので、倒してしまうか(倒すにもお金が必要ですが)、放置するかしないといけないわけです。どうしても必要な施設については、①維持管理できるようにコンパクトにする、②光熱水費がかからないようにする、③施設で維持できる収益を稼ぐ、というような取り組みが必須となります。
今の公共施設のエネルギー環境は、下図の穴の空いたバケツのようなものです。せっかくつけたエアコンも効きが悪く、窓やスキマからどんどんエネルギーが逃げている状況なんですよね。あなたは、ダダ洩れの水を止めるために、「A:もっと水を注ぐ」「B:バケツの穴を塞ぐ」のどちらを選びますか?Bを選択するというのは、断熱改修をして、せっかく作ったエネルギーが無駄にならないようにし、使うエネルギーも削減する、つまりCO2削減に繋がる行為なのです。
ただ、前編でも説明しましたが、対象となる公共施設の量がとてつもなく「多い!」のは深刻な課題です。公共施設を使ってエネルギーを「創る」こと、そして2050年に残っているであろう公共施設には、すぐにでも断熱改修をすることが大事です。今やっておけば、現在の電気代削減だけでなく、将来の設備更新時に小さいサイズにすることも可能となります。
4 NEWーFMは地球環境にコミットするFM
(1)お金もエネルギーも地域内循環をめざす
FM(ファシリティマネジメント)とはお金にコミットすることです。
なので、建設費ばかりを意識して、維持管理費削減の取り組みを馬鹿にしてはいけません。もし、施設の空いた床を貸すことで年間100万円の収入が得られるようになれば、建物を50年使うと想定すれば、100万円×50年で5000万円ですから、長期的な修繕や空調設備の更新にお金を回すことができるのです。施設を減築することで、光熱水費が年間50万円削減できれば、たかが50万円でも50年で2500万円の削減になるのです。公共施設にカフェなどの民間の収益施設を入れて、賃料を入れてもらうということは、今後長期に渡ってその施設を維持管理するために必要な費用を捻出する手段になるからこそ、最近はそういった公共施設が増えているわけです。
FMとは、一つの施設の生涯費用をコントロールするだけでなく、保有する全ての施設をどう運営していくのか、という視点も大切です。施設の維持管理において、どんなエネルギーを使用するのか、快適な施設環境をどう維持するのか、投資した建物の稼働率をどういいう手法で上げるのか、それらが費用の面で無理のない持続可能な運営にしていくことがFMの肝なのです。
地元産の木材チップを使うこと、施設の屋上に太陽光パネルをおいてエネルギーをつくること、地元産木材で施設をつくること、これらは地域内でエネルギーだけでなくお金も循環させることができる手法になります。実現には、そのノウハウをもった地元の民間事業者が存在しなくてはなりません。積極的な環境重視のまちづくりは、新しい仕事や雇用を生み出すきっかけになると思います。輸送のCO2削減もめざすのであれば、なおのこと地元で作り地元で消費する「エネルギーの地産地消」に公的財政支出をして、地域内経済循環をつくりあげることを公民連携で進めていくことが求められます。
(2)スピーディな取り組みに欠かせないFM的思考の横展開
前項で述べたように、地域内経済循環を実現するためには、国と地方行政においた「縦割り」を乗り越えた取り組みは必須です。これは、全国どの自治体組織にも当てはまる「しくみ」の問題なので、実現に向けた組織内調整や議会や住民への説明など、ノウハウを共有することができます。ただ、政令指定都市から過疎自治体までその規模が大きく違うので、保有する人的リソースに差があります。実際に推進していくことのできる人材がいるのかどうか、組織内でのチーム組成が可能かどうか、いわば属人的な部分へのサポートが自治体の大小に関わらず必要になると思いますが、この部分は自治体運営における特有の知識や経験が必要で、なかなかそういったサポートまで担うことができる民間コンサルは稀有であると思われます。
そこで、先行自治体が他の自治体をサポートすることができる、一緒に伴走してくれる自治体と手を組んで、全国多発的に取り組みを加速化することを考えられないでしょうか。特に、公共施設の断熱改修を進めていくにあたっては、気候条件によって全国をいくつかの地域ブロックに分けて進めることが有用な点もあるので、そういった視点で改修指針作成のベースとなる断熱効果を実証する調査をリーディング自治体が行って、地域ブロック内で手法や人材を共有できるしくみを構築することが効果的だと考えます。
5 NPO法人自治経営がやれること ~官官連携と公民連携による公共施設マネジメント
NPO自治経営のFMアライアンスでは、紹介した津山市、仙台市の他に、塩釜市、焼津市、倉敷市などの自治体職員がメンバーで、10年来取り組んできたFMのノウハウに公共施設の断熱&省エネを盛り込み、全国の多くの自治体における取り組みに繋げていきたいと考えています。
公共施設の断熱については、設計において、専門的な知見や調査も必要となってくるので、(株)エネルギーまちづくり社との連携による取り組みも進めていくことも視野に入れています。9月に公共施設の脱炭素戦略についてセミナーを開催しましたが、多くの方が参加され、関心の高さというか、皆さん、「これからどうしようか」「どこから手をつけようか」と悩んでらっしゃることがわかりました。
NPO自治経営では、そういった自治体に伴走しながら、具体的な政策提案や事業実施のお手伝いをしながら、公共施設におけるカーボンニュートラル実現に向けた取り組みを進めていきたいと考えています。NPO自治経営のアライアンス会員に登録してくださると、FMアライアンスから、定期的にさまざまな事業報告や新しい情報提供を行いますので、関心のある方は、是非加入ください!!
特別非営利活動法人自治経営HP
https://www.jichikeiei.com/?fbclid=IwAR2KP37iLv4zYOpuoy80IJNf7043aa8GimCG5Fufxkww8Osq-xIaZoX7il4
また、(株)エネルギーまちづくり社では、断熱とエネルギーについて学ぶことのできる、オンライン講座もおこなっています。私も受講しましたが、基本的な考え方から海外の取り組み事例、住宅から公共施設まで幅広い知識が得られて、お得感いっぱいの講座でした。関心のある方は是非受講をご検討ください。
株式会社エネルギーまちづくり社HP
https://enemachi.com/?fbclid=IwAR3q78deW1f4dqM-2daseFbbDLLzwpT8Ur5-vL2jsI97V69VwzXQz0mVQLY
第5期エネルギーまちづくり塾 FBページ
https://www.facebook.com/events/406147911060824?ref=newsfeed
2回にわたってFMについて論じてきましたが、地球上に山のように築いてしまった施設を今後どうするのか、「カーボンニュートラル」は地球規模の環境問題であるからこそ、本気で考えて実行しなくてはいけない大きな課題です。一緒に考えていく仲間を募り、できることから始めていきましょう。あきらめたら、将来には後悔しか残らないと思います。
「地方自治とFM(ファシリティマネジメント)前編」もご覧になりたい方はこちらから。https://note.com/jichi_keiei/n/n384ed6e6c1ea