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全国初・学校断熱ワークショップを振り返る


川口義洋
津山市 総務部 財産活用課 参事
特定非営利活動法人 自治経営 中国アライアンス副代表

1.学校建築・断熱・室内環境・エネルギーの良くない構図

 まずは軽く自己紹介から。僕は岡山県の津山市という人口約10万人のまちの公務員で、2015年度から公共FM(ファシリティマネジメント)を専ら守備範囲にしている。公共FMとは、公共施設(ここではハコモノを指す)の統括的なマネジメント活動で、その目的は、一言で表せば、公共施設でどうやってお金を絞り出すかという事に集約される。行政は昔みたいにお金(贅沢な予算)を持ってないので、使う予算額が非常に大きく、老朽化も進行している公共施設への投資を抑制(新規整備の抑制、既存施設の廃止や再編・長寿命化など)して、自治体経営を少しでも改善していこうというのが活動の大きな柱となる。公共FMと公民連携の親和性や関係性は文末に書くこととするが、そんなFM活動に身を置く僕は、建築の専門職で、約20年の公務員キャリアの大半を公共施設と向き合っている。しかもただの専門職ではなく、一般的な建築系公務員に比べ建築好き加減が半端なく、自他共に認める変態建築マニアだったりする(笑)

 さて前置きが長くなってしまったが、学校建築というのは少々やっかいな公共施設だ。津山市が保有する全ての公共施設の総延床面積のうち、学校(小中学校)の面積は実に4割を占め、これは庁舎や文化施設などの公共施設を圧倒する大きな数字である。しかも子どもの数は激減しており、1クラスの人数が20人に満たない学校も多数出現している中で、何故か学校建築は全国一律にほぼ全て同じようなモジュール(1教室8×8mスパン)で建築されているのだ。その上、夏休みや冬休みがあるせいなのか、子どもは暑い寒いは我慢しろという精神論なのかどうかは解らないが、学校建築の断熱性能は、他の公共施設と比べすこぶる低いときている。コンクリートの躯体に内装の表皮だけの無断熱建築も珍しくなし、ガラスは全て単板シングルという有り様だ。そこに来て昨今の異常気象。津山市では昨年度までで全ての小中学校の普通教室にエアコンが導入されたのだが、保有する床面積が最も大きな施設で、その人口密度との相関に関係なく一律に、そしてほぼ断熱のない空間にエアコンが一斉に取り付けられたのだから、さあ大変だ。エネルギー的な観点で言えば、池の水をザルでくみ上げるようなもので、このエネルギー代(電気代)には年間数千万円のコストがかかると試算されていて、まぁ、何とも恐ろしい話な訳である。しかもその広い空間に10人足らずの人間しかいないという呆れる状況も普通に起きているのだ。ちなみにこれは津山市に限った話ではなく、全国の公立学校では普通教室へのエアコンの導入が急増(設置率は約8割)していて、学校の断熱性能はどこも似たようなものなので、あなたのまちでもきっと同じような事が起こっているはずという、決して他人事ではない事象なのである。

2.「そそのかし」から始まった果敢なチャレンジ

 さて、そんなFM業務の傍ら、もっとインプットを増やしたい、色んなことにチャレンジしたい、色んな人と繋がってみたいという思いから、2019年に「都市経営プロフェッショナルスクール公民連携事業課程」を自腹で受講した。その最初の集合研修で、僕が所属したグループの指導教官が断熱男こと、みかんぐみの竹内昌義さんであったこと、アシスタント役がスクールの卒業生で、同じ県内のFM世界の先輩でもあった三宅姐さんだったことは、仕組まれたような運命だったのかもしれない。

 研修2日目の個人プレゼンの準備をしている最中に、三宅姐さんが僕の傍にやってきて、「川口君、せっかく竹内さんいるんだし、学校の断熱やっちゃいなよ。」と声を掛けられたというか、そそのかされたのがコトの発端。この時、漠然ながらも学校断熱ワークショップの形が頭の中に降りてきて、次の瞬間「学校の断熱、面白そうですね、考えてみます。」と答えてしまったのである。竹内さんの、「古民家の断熱ワークショップは事例があるけど、公共施設でそんな話は聞いたことがない。全国初になるんじゃない?」という言葉も、僕のやる気スイッチのトリガーとなったのだ。三宅姐さんに後から聞いた話であるが、「学校断熱の企画は、ウチのまちの建築技師に何年も前から話してるんだけど、全然動かないんだよね。川口君ならやりそうだったから。」というのが、そそのかしの理由だそうだ。まぁそういう意味では姐さんの人選に間違いはなかったということになる。ただ、ここからが怒涛の日々の始まり。この日は6月30日(日)で、学校の事情を考えると夏休みにしか動けないから、残された時間はどんなに長く見積もっても2か月弱。企画をじっくり練り上げる時間も、立ち止まって考える余裕もなく、全力で走りつつも、やりながらその場で考えるチャレンジングなプロジェクトがここから始まったのだ。

3.公民連携によるチームづくりと実践のプロセス

 翌日の7月1日の月曜日から早速動き始めることとした。役所が予算を持っていれば事はもっと簡単だったのだろうが、急に思いついた事業に当然ながら予算はない。そこで、僕が最初に声を掛けたのは、役所の中の人間ではなく、地元で工務店経営をしている若手の建築士2人だ。僕自身も建築士会に所属しているのだが、そこの若手メンバーで、以前から一緒に勉強会などをしていたことから、真っ先に相談してみることとした。役所に予算がなかったことも理由のひとつだが、このプロジェクトでは圧倒的なスピード感も求められたため、最初から行政だけで行う考えはなく、公民連携の枠組みで進める事を自分の中で決めていたのだ。

事業のコンセプトやスケジュールの事、人の集め方、断熱の方法、これからの動き方や役割分担など3人で2時間ほど話し合い、イメージ共有できた時にひとつのチーム出来上がり、「やる」ということが決まった。後に竹内さんを始め、さまざまな協力者の助けを借りることとなったが、コアメンバーを3人に絞った事が、このプロジェクトにおいては重要なキーポイントになったと思う。チームを大きくしすぎず、役割分担がはっきりシェアできる3人のチーム編成は、他のプロジェクトでも大きな参考になるはずだ。役所内でプロジェクトを進める場合、役職や頭数を揃えることが重要だと勘違いしている人も多いのだが、人が増えれば増えるだけコンセプトは丸くなってしまうし、責任分担もシェアできないから、いつまで経っても机の上から動かないという事例が多々ある。要は人数の問題ではなく、やれる人間と組めるかどうかが重要なのだ。

 チームが固まってからは、もうやるだけ。竹内さんと日程調整して8月19日に実施することが決まり、時間がないから、とにかく最後まで全力で走るしかない。ただ最初のコンセプトの共有がしっかりできていて、コアメンバー全員が同じゴールを見ていたのでブレずに完走できたのだと思う。そんな中、一番大きなハードルとなったのは資金集めの部分。最初は、材料代も協賛金代わりにメーカーなどからタダで提供してもらって、ワークショップの参加費で経費が賄えるかなと目論んでいたのが激甘だった。決して大きな事業ではなかったものの、試算をしないまま、プロジェクトを始めてしまったのは大きな反省点である。とはいえ、地元企業などからの協賛金をお願いし、個人でクラウドファンディングを急遽立ち上げてみたりと、できることを片っ端からやって、最後には何とか帳尻を合わせることができて結果オーライ。途中までは言い出しっぺの責任として自腹出費を覚悟していたのだが、ご協力いただいた方たちには本当に感謝しかない。

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4.ちょっと真面目に技術的な話

 さて今回の断熱改修にあたって少し技術的なお話を。ワークショップの会場となった津山市立西小学校はRC造3階建てで、耐震と大規模改修はされているものの築約50年とかなり古い校舎。断熱化した6年生の教室は陸屋根の直下の3階にあり、天井・壁とも無断熱で、北側に採光窓を持ち、南側には片廊下が配置されている。

 今回の断熱化では、①天井内に厚さ10+10センチのグラスウールの敷き込み、②北側壁面に厚さ10センチのグラスウールの詰め込み、③北側のアルミサッシの内側に木製建具を設置し、ダブルサッシに、という3か所の断熱化を行った。1日限りのワークショップということもあり、施工面積も結構な大きさになるため、参加人数と作業量との逆算から、事前にどこまで下準備をしておくかという事が重要になってくる。今回は、天井内へのグラウウールの敷き込みが最も作業量が大きくなりそうだという事で、事前に半分くらいの作業と、天井材の一時取り外しの作業などは事前に行っておいた。

 天井は化粧吸音石膏ボードの直張りだったので、軽天下地は残したまま、天井材は一旦撤去して、その後再取付。天井下地の間を縫ってグラスウールを2段積みしていくのだが、天井裏の懐が狭いため悪戦苦闘。壁は木組で内側に10センチふかして下地を造り、間柱の間にグラスウールを詰め込んでいく。仕上げは厚さ12ミリの構造用合板を910×260ミリのサイズに小幅板のようにカットして、3色に塗り分けて木質系の内装に仕上げていく。建具はプロの建具屋さんに協力いただき、工場で半分ほど組み立ててもらってから、現地でアクリル板等を設置した。教室からの眺望を確保するため、ツインカーボではなく、厚さ2ミリの透明アクリル板を両面に張り、中空の建具としたのが今回のポイントとなる。ちなみに構造用合板とアクリル板のカット、壁の下地組は事前に実施しておいた。

 最上階の教室ということで、最も熱負荷の大きい天井面と外部に面した北側の1面を断熱化した訳だが、この辺りの材料や工法の選定は建物の配置や形状、既存の仕上げなどによっても変わってくる。ちなみに、どの学校で実施するのか選定する際に、既存の内装仕上げや教室配置など、各学校の図面データベースをひっくり返して徹底的に検証したのは言うまでもない。なお、この改修内容で、材料費は約40万円かかっている。

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5.学校断熱のその後と津山市の公民連携事業

 これまでの分析から見えてきたことは、エアコンの消費電力では60%程度の省エネ効果が生まれそうなこと、断熱の有無により室温の変化が大きく違うことなどだ。冬季の断熱化した6年生の教室は、エアコンがなくても人体の発熱だけで十分に暖かいことが体感できる。これらの検証結果により、市内小中学校への水平展開と、全国の学校断熱化への契機になればと考えている。光栄なことに、スクールの修了式の際、この学校断熱の実践が評価されて断熱二郎の称号もいただくことができた。

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 さて、この学校断熱の取組のように進めていきたいのが、公共施設への公民連携事業の導入だ。行政のみでFMをキーワードに公共施設のマネジメントを推進すれば、どうしても減量型の施策になりがちである。確かに施設の廃止や再編を進めれば、一定のコストカットも可能だろうが、税金を納めている市民から見れば、行政の理屈だけで公共サービスが低下することに納得するはずもない。そこで考えられるのが公民連携事業な訳だ。行政だけでは実施が困難な公共施設での収益事業であったり、公共空間の利活用を促し、稼ぐ公共施設への転換を図ることは持続可能な公共サービスの新しい形になることは間違いない。そうした意味からも公共FMと公民連携は非常に親和性が高いのだ。

 今回の学校断熱プロジェクトにおいては、僕の役割は行政と民間の立場を行ったり来たりという感じであったが、この先、役所の外側のプレイヤーになることは今の僕の本望ではない。役所という巨大な組織は動かしがたく、放っておけば規制や制度の網で常に人々の動きを制御してしまおうというバイアスが知らず知らずのうちに働いてしまう。これを突き破り、公民連携事業を実践していくためには、役所の中で制度の網を破っていく存在が必要になってくるはずだ。どこのまちにおいても、そうした動きは少なからず属人的であり、スペシャルな案件になりがちであるが、その揺り動きが広く一般解になっていけば、まちの様子もずいぶん活き活きしてくるのではないだろうか。なので、僕が目指すのはトロイの木馬に隠れて、役所という強大な城壁を中から叩き壊す兵士のような存在だ。決して悪性ウイルスではないのだが、何人かでこっそりと内部に忍び込み、中から組織の壁を壊すという意味では、まぁ役所にとってはウイルスみたいなもんか(笑)

学校断熱ワークショップ ダイジェスト動画
https://www.youtube.com/watch?v=2qF0ACT1rzA

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