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日本の"自分で始めた女たち"#5 久保月さん 最終回 「フチ(縁)が縁になり、やがて円になる。久保月の"渦経営"」

 久保 月さん(会社経営) 最終回(全4回シリーズ)

(第3回はこちら
 
中村 ところで、今まで聞いてよかったとか、無視してよかったアドバイスはありますか?
 
久保さん 聞いてよかったのは「ばね」の話ですね。
無視してよかったもの・・・それは「あー、私じゃないな」って思ったら、もう耳に残っていないかも。例えば経営の本を、これ読んだらいいよって何冊か紹介してもらって読んだんだけど、ピンとこなかった。その人にはいいんでしょうけど・・・。そこに自分の欲している情報がなかったから、本当に欲しているものが何なのかがクリアになったというのはあります。具体的に言うと、私は経営者のコメント、格言が欲しい。
 
中村 参考にしている本とかありますか?
 
久保さん ない。でも本って、紹介した人の何かが出るじゃないですか。そこは面白いなと思うんですよ。
上質な情報を入れるっていうのは大事ですね。それを紹介してくれる人がいるという、人のご縁は大事やなって思います。これが「合う・合わない」っていう、価値観の話になるんだと思います。それを目が効く、鼻が利く、口が立つ、っていうふうにしたいなって。
50手前にして、50代ってきっと楽しいんじゃないのって思ってる。無理に人の何かを広げなくていいんだなと、肩の荷が軽くなるというか。
 
中村 広げなくなるというと?
 
久保さん ちょっと背伸びしたり、 SNSの記事に感化されて「行っとかないといけない」とか。そういうのじゃなくて、合う合わないで取捨選択してもいいんじゃないのってこと。無理してまでつきあわなくていい。
でも、無理したから成長があるという面もある。
だからこそ、まだ私はぺーペーなんですよ。先輩の経営の人たちの匂いをかぎたい。私がもし次の域に達したら、こんなにしゃべらないと思うんですよ。格言ひとことで終わり、みたいな。
その域に行くと、人を諭すね。会話していても気づかされている。気づきを与えてくれる人はとっても好き。脂がのってイケイケドンドンの時は「俺の話を聞け」になると思うんですけど、悟りの域に行くと「諭し」。
そういう人たちに会いたいですね。そういう人はどんどんいなくなっちゃうんですよね。

11月発行の雑誌「IKUNAS」編集会議のようすを写真に撮ってもらった。
水沼編集長から特集で使う写真セレクトの説明を受ける久保さん。
(写真提供:久保さん)

 
「人だな」って思いたいのよ。
事業拡大も、やっぱり人が成したんだなって思いたい。

 
久保さん 話をしたその時のタイミングでは受け取れきれなくても、後になって「こういうことだったんだ」と気づかせてもらう。その「余白」も同時に持たせてもらってのコミュニケーションって高度なことだなと。
なので70、80代ぐらい方たちとはお話したいですね。すごくためになります。お話させてもらっていることで、自分の視野が柔らかくなるというか。「若いのう、きみは・・・」と思われることを私は言うだろうと思うんですけど、「やんちゃでまだ勉強させてもらっているんです~」というアタックができるうちに、いろんな人に会いたいなぁと思います。
やっぱり「人だな」って思いたいのよ。事業拡大している会社だって、やはり人が成したんだなって思いたい。そうしたら自信になるじゃん。「自分でもできるんじゃないかな」っていう。
 
中村 私、自分が仕事をやめるときにこういうふうになりたいなというのがあって、本田宗一郎と藤澤武夫という、ホンダの創業者なんだけど。取締役会で2人とも会社を去ると決まった時に、本田宗一郎が「まあまあだな」と言うと、藤澤さんも「まあまあさ」。本田宗一郎が「幸せだったな」と言うと、藤沢さんが「幸せでした。心からお礼を言います」って言うの。本田宗一郎も「自分もお礼を言うよ、良い人生だったな」って。
同志なのか、もっと深いつながりだと思うんだけど、「あなたと一緒に仕事して面白かった、いい人生だった」だなんていいなぁって。
 
久保さん へーっ!いいなぁ。2人しか分からない何かがあるんだよね。苦楽をともにして、何かを動かして。そういう、経営者の横にいる人間って非常に大事だと思う。オーナー経営だったらオーナーが勝手にやればいいんだけど、それを横の人間がどれだけの動きで、相方みたいに支えられるか・・・組織としてすごく考えますね。そういう人に出会えるというのは経営者冥利に尽きるし、理想だと思います。
でも難しいよね。「一緒にこのフチに立ってくれ」って、なかなか立ってくれない。一緒に死のうと言って「はい、わかりました」っていう人はいない。経営って夫婦とは違うじゃない?志をともに、どうやっていくか。同志というか、分身というか、半身のような感じ。
 
中村 お互いに自分の足で立っておかないといけないし・・・
 
久保さん それに違うところを見ていないといけない。
ホンマに人ですよ。そして人は変わる。人は面白いと思う要素のひとつが、この「変わる」ってこと。良いほうに変わるより、悪いほうに変わる方が多いかもしれません。自分が成長すると視野が変わってくるから、「人って変わるよね」って思うってことは、案外、自分も以前とは違うところにいるのかな、と自分を振り返るタイミングにもなる。
 
中村 自分が仕事で経験したことでいうと、広告の仕事でターゲット設定が現実的ではないとき、それを、納得して仕事したいから言ってしまうんだけど、隣で同じチームの人に「ミツヨさん、もういいから黙って」って言われたことがあります。そういうの、求められていないんだろうなって・・・。
 
久保さん でもそういうことを言えるクライアントさんと仕事したくない?そういう意味では仕事の取捨選択はありだと思う。自分が求める仕事のやりかたができる環境を自分で作るというのは、大人のたしなみのひとつだと思います。20~30代はがむしゃらにやる、40代で経験を積む、50代で自分のために仕事をする。それがいいわ。
働けばいいのよ、みんな。動けばいいのよ。働くの人(にんべん)は自分なの。動くことが働きにつながったら、それが自分の仕事になり、収益になる。やっぱり動かんといかんのよ。
 
中村 最後に聞きたい。久保さんにとって「成功」とは?
 
久保さん (「行成」と紙に書きながら、その漢字の下に「イク」「ナス」とルビをふる)
行動して成し遂げるってこと。

讃岐おもちゃ美術館のカフェで話を聞いていたところ、久保さんが書いてくれたメモ。
(写真:中村)

行く。成す。=イク・ナス。
成功とは、行動して成し遂げること。

 
久保さん 私にとって成功とは、いま思い描いていることを行動して成し遂げるってこと。これは常々小さくだけど、いつも自分の中にあるわけですよ。
どこに「行ったら」成功なのか、満足する成功って具体的に何かと言ったら分からないけど、たぶん、自分以外の環境がよくなることだと思っている。誰かが喜んでくれる姿が見られたら、それは小さく成功なの。私が動いた結果がそうなれば。
その規模が大きくなれば讃岐おもちゃ美術館のショップみたいになるし、小さくだったら、例えば、ものを作っている人やお客さんにありがとうと言われたり。そういう「ありがとう」とか感謝、笑顔が集まるように動きたい。
 
中村 久保さんの成功と幸せって一緒ですか?
 
久保さん 一緒。人のため、他者のために動けるのが幸せ、みたいな感じかな。だから相手がいなかったら腑抜けになる(笑)。人がいる環境だったら頑張れる。そして頑張る自分が好き。そこかもしれません。それが幸せ。
うちの会社の「tao.」の意味は「道」。道を作っている。じゃあその道はどこにつながる?
いまIKUNASは香川のことをこだわってやっています。そうすると、香川県のこと、とっても大好きなんだなって思うわけ。
自分の住んでいる香川県という土地が、次の世代にちゃんとつながっていくような、面白い土地にしたい。それがいまのIKUNASの活動の意義だと思っています。それが成功とすると、その成功は誰が判断するのかというと、それは私ではなくて後世の人たちですよね。
「あの時期にこういう取り組みをしていたからこれが残っているし、こういう文化が根付いている。つないでくれてありがとう」と後世の人が言うとき、私はいないかもしれない。
IKUNASはそういう活動にしたいんですよ。
自分たちの社業であるIKUNASを通して、次にどう残していくか。「あの人たち動いていたけど、何ちゃならんかったな(何にもならなかったな)」というふうにならないようにしないと、やっている意味はないし、ありがとうにつながらない。「ただ私がやりたかっただけ」になってしまうから自己満足で、それは本望じゃない。勝手にやりました、勝手に終わりました、だったら、私がやらなくてもいいことですよね。

オフィスには、みんなが必ず通る場所に「アイディアBOX」が置かれていて、毎週末に集まった情報を集約しているそう。 (中村撮影)


なぜやっているんだっけ?
誰かがやれって言ったからじゃないよね。

 
中村 そう思っていたのは昔から?
 
久保さん 素地は前からあったと思います。伝統工芸も親から伝えられた古いもののよさ、歴史のよさという素地があって、自分が見聞きをする伝統工芸のよさであったり景色を観ることが加わり、自分の中で醸成されてきたものがありました。
素地がなくて、道具が好きだからと、いきなり行って「はじめまして」と飛び込んで、今の活動ができたかというと、そうではないと思うんですよ。「私の存在ってなんだ」と考えると、動くように為されている環境があるんだろうと思ったりもします。
気持ちが「うっ」となったときに、そういうことを考えます。自己暗示をかける、ニュートラルに持って行くときに、目先の何かに踊らされるということじゃなくて、しっかり俯瞰で自分を見る。「この活動どこにつながるんだっけ?どうして私はこの活動をやってるんだっけ?誰かがやれって言ったからじゃないよね」みたいな・・・。
 
中村 久保さんって自分だけじゃないよね
 
久保さん ないと思う。
いや、ないと言うようにしています。
IKUNAS立上げのときは「私が面白いから」っていう言い方をしていた。「この面白いものみんなやってよ、私面白いことするからさ」って自分が旗振りする時期があったけど、これぐらいの事業になってしまうと、「私が」というより、他者を巻き込んだ責任というのがあるわけです。
ひとりではできないことを、みんながやってくれているからここにいる。そういうことをどんどんやっていかないと、成し遂げられないところっていっぱいあるかなと。
円みたいなものですよ。私は真ん中にいるけど、周りをどんどん巻き込んで円が広がっていく。自分のやりたいことが多面的だから、その円がどんどん増えていく。伝統工芸もだし、情報も、不動産・暮らしも。

オフィスにある円卓。社内スタッフとも社外の方とも、ここで打ち合わせする。オフィスに来る方たちに「あ、この人面白いから紹介するわ」と言って人をつなげてくれるのは、久保さん「あるある」。 
(写真提供:久保さん)

 久保さん うちの事務所に円卓があるんだけど、円になるとみんながフラットで、円が渦になりやすい。巻き込みやすくなるよね、(影響の)面積が広がるし、渦が大きくなるほど面積が広がる。そうなると、やろうとしている他業種が、どこかでひっかかってくる。誰かがキャッチしてくれる。キャッチしてくれたら、別のところでまた渦ができる。そういう人育て、環境育てをやりたいです。
私が動けなくなるときが来るかもしれない。でも渦なら遠心力で回るじゃない?その間に回復すればいい。だから、私よりキャラが立って渦の中心になってくれるような人が育てばいいなと。
久保流「渦経営」です(笑)。
 
 
――
インタビューを終えて
 
経営を多面的に考える久保さんのお話は、複数の事業を同時に考えた経験のない私にとっては初めて接する経営者のリアルなものの見方でもありました。ああ、私は久保さんの考えを理解するにはまだ自分の中身が足りないと思いつつも、原稿のために何度もインタビューを聞き直し、仕事で会う久保さんの判断や意見をとなりで見聞きし、ようやくその像が自分なりにつかめ始めて、再度原稿にイチから向き合えるようになりました。ここまで5か月かかっています(←かかりすぎやろ!)。
 
第1回目の冒頭で紹介した、久保さんに同席してもらったあの取締役会は、私にとっては一歩も引けないフチでした。そこに久保さんがいて、いまこのフチの話を聞くことが、私にとっては「縁」だったと思います。私はこのフチの経験で、何が起こっても何とかできるということを学んだし、それを助けてくれた久保さんにはずっと「ありがとう」と思っている。
それをその後、改めて伝えた言ったことはなかったのですが…原稿で悩んでいる5か月間で、取締役会の話を久保さんにしてみたのです。
すると。
「覚えてない」・・・笑!
このさっぱり感が「久保月」。何だかすがすがしいものを感じたのでした。
 
(おわります)
 ※次回は11月予定です

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