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質問回答:広告業界のこれからの課題と発展について思うこと。

①広告が今の広告という仕事だけにとどまらないこと。

勝手に尊敬している経営者であるカラス/牧野さん(https://twitter.com/MAKINO1121)がnoteで書かれていた内容をぜひ読んでみてほしいのですが、
今僕らが認識している「広告の仕事」という領域をもっと広げる必要があると思っています。


今の僕らの広告という仕事をすごく簡単に言うと、
企業に利益をもたらす消費者に対して広告を通じで価値を提供することによって
企業に利益をもたらすことだと思っています。

個人的にはこの順番がすごく大事だと思っていて、
企業の利益の前には必ず消費者の利益が成り立っているべきだと思っています。
そして、この消費者をもっとかみ砕くと、一人の人間になると思うんですね。

つまりは、僕らの広告の仕事は一人の人間の利益の為に役に立てる可能性があると思うんですよ。
そしてこの一人の人間の利益が社会の利益になると思っています。

例えとして今回のコロナの件の中で感じた事として、
「外出自粛」と「不要不急の外出を控える」「非常事態宣言の期間」という3つを挙げてみます。

一つ目の外出自粛についてですが、
こちらも勝手に尊敬しているマーケターの方でみる兄さん(https://twitter.com/milnii_san)という方が、
「外出自粛」という言葉を「#家にいるだけで世界は救える」という言葉に置き換えて発信することで、
賛同したフォロワーの方からその輪が広がっていくという現象を見ました。


これって、普段の仕事の中でも考えたりするのと同じようなことで、
「どういう伝え方をしたら消費者は心が動くのだろうか」というのを
国から出ていた「外出自粛」という言葉でも同様に捉え、
よりよい言葉に置き換えて発信をしているものだと感じています。
これが広告の仕事か?と言われたら違うかもしれませんが、
普段の広告の仕事で行っていることを活用していることに変わりはないと思います。

二つ目の「不要不急の外出を控える」についてですが、
これは僕が総理や都知事だったらどう国民に説明するだろうか、
という視点で考えました。

まず、「不要」「不急」という言葉は人によって定義がずれるものだと思いました。
なので、「不急」というのは「1カ月(非常事態宣言の期間)我慢できるものは今は控えてください。」
という伝え方をすれば、
「1カ月我慢できるかどうか」というある程度全体で共通認識を持った判断ができるようになると思います。
そして、「不要」というのは他人が決められるものではないと思っているので、
特に言及するようなことはしないと思います。

「不要不急の外出を控えてください」とだけ伝えるよりも、
「約1カ月程度は控えることができるものを不急として、外出を控えてください」の方が
より明確に伝わるのではないかと考えた。

最後に、三つ目の「非常事態宣言の期間」について。
これは、結果論だから言えてしまうことにもなると思いますが、
私だったらぎりぎり長い期間を伝えて、解除判断日をいくつか設けるべきだと考えました。
まさしく、延期になった今行っているやり方を最初のタイミングから行うということです。

分かりやすく4月1日~5月1日まで非常事態宣言の期間としたいという意図があったとしたら、
私だったら「4月1日~6月1日を非常事態宣言の期間とします。但し、4月14日、21日のタイミングで感染者数が激減(潜伏期間を2週間程度と想定)した場合は非常事態宣言の期間を短縮する可能性があります。」と伝えるかなと。
1カ月と2カ月では後者の方が「耐えられない」という気持ちにはなるが、
「1カ月我慢をしたのに延期かよ」という気持ちになった時の残り一カ月のリスクも高いと感じ、
「2カ月だけど、1カ月で終わるかもしれない」という希望を持って非常事態宣言を過ごす方が
前向きに過ごせるのではないかと感じた。

例として挙げた3つは決して「広告の仕事」と呼ばれることではないと思います。
しかし、普段の広告の仕事をしていることを活用して考えた事です。

その為には広告業界の僕らが思うだけでは変わらなくて、
商品を売りたい企業だけではなく、
社会を形成するすべての企業、国や政治などが認識を変えないといけないと思っています。

なので、今の「広告の仕事」という枠を超えた仕事をしていくこと、
そして「広告」という仕事に対する社会の価値観を変えることが一つだと思っています。

②企業と消費者の関係について

適切な言葉かわからないですが、今回の件でより顕著になったのが「応援消費」だと思っています。

今までも何度も思っていることなのですが、
サービス業などでたまに聞く「俺はお金を払っているんだ」という消費者の話ですが、
その「お金」というのは提供されるものがあってこそ「お金としての価値」になると思っています。
つまりは、「お客様は神様だ」なんてことはあり得ないと思っています。

それでも、「お金」というものは全ての人に共通で同じように使うことができるので
「価値がある」と思われてしまっているものだと。

この関係が、多少はマシになるのが「応援消費」だと思っています。

「このお店に潰れてほしくない」「困っているなら助けたい」という形で、
消費が先に来ることであれば「俺はお金を払っているんだ」という感覚は0になります。
そうなれば、価値を提供する側の企業とお金を使う側の消費者の関係というものが
本来あるべき姿になっていくのではないかと考えています。

その為には、「応援されるため」の企業と消費者の関係づくり、
そして「応援されるため」のブランドづくりが重要なのかなと。

それを広告を通じで僕らがどう伝えていけるかという観点は必要だと思っています。

**

③広告に対する信用について**

詳しくはこの前別のnoteに書いたので読んでいただけたら嬉しいのですが、
「広告」に対する信用というものをもっと高めていかなければいけないと思っています。


どうしても人は「悪いイメージ」の方が強く残るものだと思っています。
広告と聞いたときに、ステマや過度なアフィリエイトのようなものによる悪いイメージは強いのかなと。
しかし、これらを行っているのは紛れもなく広告業界の僕ら自身なんですよね。
目先の利益を取りに行き、消費者の利益を後に考えるような広告が、
結果的に消費者の信用を失うことにつながっているのかなと。

①のところで書いた「一人の人間を幸せにする可能性がある」という、
本来広告が持っている価値を理解してもらう必要があると思っています。

その為に、改めて何のために広告が存在するのかを見つめなおし、
日々の広告の仕事を行っていく必要があると思っています。

一度作られてしまったイメージ、ましてや悪いイメージは簡単に覆るモノではありません。
でも、そこに向き合わなければ何も変わらないと思います。

「広告」という仕事にどれだけ真摯に向き合うことができるかが、
信用を取り戻すための一つの方法であると信じてやっていくしかないと思っています。

**

最後に。**

なんとなく、気持ちをバーッと伝えたかったので、
乱文ですが話しことばのように書いてみました。

分かりづらい点などもあると思いますので、
TwitterのDMで聞いていただければと思います・・・!

ご質問、ありがとうございました。


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