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Rainbowな時間

毎年この時期は、世界各国でレインボープライドパレードがなされていたりしてます。今年は新型コロナの影響で中止になってしまったところもあって残念でした。

Rainbowといえば
今ではLGBTQ性的少数者のシンボルとして使われていて、大手企業なども支持をしてロゴマークをカラフルにしたりと、街中で意識すればけっこうあります。

俺も二つに分けるとするならば、性的少数者であって、
振り返るとこの時期は結構意識が高いかも・・しれない、笑

今現在、恐らく周りから見れば大多数の人は男性と認識できる風貌にはなった。けど10年前を思うと真逆の状況で、いわゆる”女性”のような風貌では決してなかったけど、やっぱりコンプレックスだったなと思う。
そんな状態でいると、自己肯定なんて程遠い状況で。
自分が自分のままでいていいって思えるのって結構難しい

今自分と向き合うと、まあその時よりはこう生まれた事、良かったと思えてると思う。そりゃまだまだ落ち込むことも多いけど。

いつそう感じれるようになったのか、考えてみた
うん、一つは大事な大事な恩師の存在かな

大学の教授で”たまたま”受かった大学の、”たまたま”出会った教授だった
その人は教授っぽさが全くなく、「あんた!ご飯食べ行こか!」と半強制的に連れて行かれる。(それがとっても嬉しかった)下町のおばちゃん感がすごくて、あ、怒られますね笑
先生にカミングアウトをしてからというものの、あれよあれよと道を照らしてくれて、気がついたら親へカミングアウト、そしてホルモン注射、手術まで。いつだってそばにいてくれていた。


とてつもなく不安で寝れない次の日も、
友達や親へのカミングアウトをした日にも、
彼女に振られて大荒れの日も、
初めてホルモン注射をして不安になって泣いた日も、
ゼミの好きな子(現奥さん)とのことをいじり倒された日も、
男性の健康保険証を手に入れた時も、

結婚式の司式をしてくれた日も

いつだってそばにいて
「あんたはあんたのままでええんやで」って言い続けてくれた
そんな先生がいたから俺は俺でいれてるんだと思う

そんな大好きな先生が天国へ行った日はちょうどこの時期
忙しくて振り返る時間がなかったから
この場を借りて先生のこと考えた

写真は去年先生の命日にとったレインボーなろうそく
今年は集まれなかったけど、先生を思う人がたくさんいたよ

今でもそりゃ会いたいとめっちゃ思う

けど、
矛盾してますがいつもいてくれているとも思っています

これからもRainbowな自分を好きになって胸張って生きてきたいな、と
先生、みててね。

あ、今日は結構書いた方だ!
日々練習ですが、こうして書いていけるように頑張ります!

今日の一言。
この蝶々はキアゲハらしい
綺麗だな

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