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「地域に根ざす社会科教育」から社会科教育80年を考える(5)

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今回、第五回では、「地域理論」の先行研究をみることにより、「地域に根ざす社会科教育」の「地域」の視点の研究史の整理を行います

では、今回の前段、第五回目(5)の内容です

第2節 「地域に根ざす」の「地域」概念の解明
第Ⅲ章 「地域」理論の考察
 第1節 「地域」理論をめぐって
  (1)上原専禄氏による「地域」の提起
  (2)梅根悟氏の「地域」論
  (3)宮原誠一氏の「地域」論
  (4)勝田守一氏の「地域」論
  (5)森田俊男氏の「地域」論

第2節 「地域に根ざす」の「地域」概念の解明

 「地域」は、第1節でみたように、単なる地理的・行政的空間、場所ではなく、そこには「人間の集団」つまり「歴史的な実践主体」の存在を不可欠とする。従って、単なる場所としての郷土・地方、そして行政区分としての地域とは区別される。それ故に、「郷土」を離れた人にとっても、その生活の場が「地域」であり、行政的地域は、住民が不在であり、収奪の対象としてのものしかない(41)、のである。また、そこでの「主体」は、常に成長すべきものである以上、「地域」は「主体形成の場」として変革されてゆくべきものであり、中央に対する従属を克服し、その過程で限りなく創造されるべきものである。その意味で、「地域」は価値的・運動論的概念と言える。

 また、「地域」は、歴史を創造する歴史主体の「生活の場」である以上、具体的「生産の場」でもある。その意味で、「地域」は実体的概念である。
 以上のような「地域」は、具体的に生活し生産する「場」と、その主体である「人間集団」を統一した形で捉えられる。

 このようにみると、「地域」概念は、歴史教育においては、客観的な歴史発展の法則(=科学)が、具体的に現れる場であり、同時に、その歴史過程にあって、その法則を止揚・克服していく「歴史的な実践主体」の形成の場である。つまり、科学としての歴史学と子どもの認識活動(=生活)との「接点」である。従って、歴史教育の実践が「地域に根ざす」とき、それは、子どもの「生活意識」にくい込み、その認識活動、つまり自己認識の過程に迫り得るものとなる。その意味で、「地域」は、「客観的な歴史法則」(=科学)と「歴史的な実践主体の形成」(=人間)とを結ぶ方法概念となり得る。

 以上みたように、「地域に根ざす」の「地域」概念は、地域に生活し、生産する住民が地域の創造主体(歴史的実践主体)へと成長する場(主体形成の場)として捉えられ、科学と主体形成とを統一する方法概念として理解しうる。

第Ⅲ章 「地域」理論の考察

 本章では、1963年の上原専禄氏による「地域」の提起以来深められた「地域」理論をめぐる先行研究を整理し、第Ⅰ章・第Ⅱ章の考察を受けて、「地域に根ざす」ことの意味・意義を解明する。

第1節 「地域」理論をめぐって

(1)上原専禄氏による「地域」の提起
 第Ⅰ章で社会科教育史において「地域」がどのように提起されてきたかをみたが、「地域」概念構築の重要性・必要性にいち早く気付き、最初に「地域」の提起をしたのが上原専禄氏であった。上原氏は、1963年国民教育研究所『年報』のなかの論文(42)で、
  地域とは、「そこで民衆の生活と仕事が営まれ、そこで生活が守られ、繁栄していく」、その地縁的な民衆の「集団」であり、しかも、地域は、「住民」としての「民衆」の、「生活要求、仕事と文化への要求」の「自発性と内発性」において「尊重されるべきもの」、かけがえのないもの、「価値」である。
と、提起した。この「地域」の提起の社会的背景について上原氏は、
  現実には、その地域を権力・中央の「下請け機関」とし(「地方」化)、「地域における生活と仕事」を「観念化」し、教育や文化を「抽象化」していく政策が強行されている。
と、捉えている。それ故に、上原氏は、「地方」化・「抽象」化政策に「抵抗」していく「拠点」として、「国民のための教育・文化を創りだす拠点、源泉」として、「地域」=人民の連帯をとりかえしていく、自覚的なたたかい・創造を提起したのである。

(2)梅根悟氏の「地域」論
 「ペスタロッチは人類教育について語って・・・『到るところに専制政治の殺人的圧制の暴力がある』といっている。自分の地域、自分の民族、自分の国民におけるこの暴力の自覚を基点としつつ、子どもたちがこの『到るところに』の認識に立ち向かうとき、子どもたちは人類の立場で人権回復の問題を考えるようになるだろう。こうして地域教育を受けている子どもたちは黒人問題やベトナム戦争を、自分の問題として感じとるようになるだろう。」(43)、これは梅根氏の「地域」に関する提起であるが、ここで氏は、階級社会における諸矛盾を「到るところに」見据え、そこを拠点に生き抜く、その意味で「地域」を捉え直す人間的諸力こそが、普遍的な人類への形成であること、つまり、「地域」と「人類」との関係とその内実の追究の重視を指摘している。

(3)宮原誠一氏の「地域」論
 宮原氏は、1967年度民研レポート(44)において、「地域」を、「住民の連帯」、その「意志と個性」とをふまえつつ、「自然と子どもの発達」の関連において深く捉え直し、「自然―生活・労働の歴史を宿すもの」として、子どもたちに与えねばならない、とし、「季節感を味得し表現する教育を与えられることは、日本の子どもたちの特権であるべき」だ、と提言した。

(4)勝田守一氏の「地域」論
 勝田氏は、上原氏の「地域」の提起をうけ、その「地域」概念を教育学の方法論的概念として深めることを提起した。(45)氏は、「地域」を、一定の空間的な土地のひろがりを意味するものではなく、「『連帯』を顕在的に、あるいは潜在的に可能にしている人間集団の意味を含蓄」するものとして捉え、「自然的」な区域や「行政単位」に即しつつも、人間的連帯の現実性、可能性を問うことが「地域」を問うことである、とした。このように「地域」を捉えたとき、「地域」は、歴史を担う主体的な ー まさに個性としての ー 存在としての人間の形成をこそ内在的なものとする、すぐれて教育学的概念となるし、また、連帯の「空間境域」をフラットな存在とみるのではなく、内外独占体の支配政策に抗するむら・まちにおける連帯・自治から、アジア・アフリカ・ラテンアメリカをひとつの「境域」とする連帯(46)まで、継次的階層をなす総体 ― すぐれて人類史的概念 ― になる、とする。

(5)森田俊男氏の「地域」論
 森田氏は(47)、国民教育研究所所長として、上原・梅根・宮原・勝田各氏等の先行研究に学び、「地域」を、人間の地縁に拠る生活共同・連帯であり、自治として(中央から)それをとり戻すことを主張する。そして、そこにおける人間性の開花を問題としている。また、「地域に根ざす」とは、「地域に拠って、地域を人間らしい人間の共住と自治、創造の拠点としてとり戻す」ことと捉えている。


<註> 

(41) 佐々木皓一著「地域」(『歴史地理教育』213号1973年7月)

(42) 上原専禄著「世界・日本の動向と国民教育―地域における国民教育の研究をすすめるためにー」(国民教育研究所『年報』1963年)

(43) 梅根悟著「地域・民族・国家・人類」(『教育を国民とともに』1967年度民研レポート)

(44) 宮原誠一著「地域―その自然の意味」(上掲書)

(45) 勝田守一著「人間の形成とその認識についてー『地域』概念解明覚書―」(上掲書)

(46) 勝田氏は、「アメリカ帝国主義の支配の克服ということでいえば、アジア・アフリカ・ラテンアメリカなどをひとつの空間境域とする人間連帯が地域だ」という旨の見解を示している。

(47) 森田俊男 前掲書

   森田俊男著『地域にねざす国民教育 森田俊男教育論集第4巻』民衆社1976年

   森田俊男著『地域―統治能力と人間性の形成』民衆社1979年


「地域に根ざす社会科教育」の「地域」の視点の本質は、「地域に根ざす」ことにより、日常生活のなかの視点が日常生活では見えない視点(科学の視点)へとものの見方、考え方が深まることです
さらに、「地域に根ざす」ことにより、身の周りの諸矛盾から全世界に亘る諸矛盾の認識を可能にし、それらを主体的に克服していこう、とする主権者としての、世界市民としての人格的成長・発展がみられることです

1960年代以降、その理論的思索と提起・共有が図られ、「地域の掘り起こし」、「地域に根ざす社会科教育」授業実践が全国的に展開されていきます

「地域」概念構築の重要性・必要性にいち早く気付き、最初に「地域」の提起をした上原専禄氏は、「地域」を民衆の生活と仕事が営まれる場所と定義し、地域=人民の連帯を取り戻すための自覚的な闘争と創造を提起しました

梅根悟氏は、「地域」を自己の生活の場と捉え、その中で存在する専制政治や暴力に対する自覚を基点に位置づけています

宮原誠一氏は、「地域」を「住民の連帯」、「意志と個性」、「自然と子どもの発達」の関連と捉え、これを「自然―生活・労働の歴史を宿すもの」と定義しました

上原氏の「地域」の提起を受け、勝田守一氏は、「地域」を「連帯」を可能にする人間集団の意味を含むものと捉え、それを教育学の方法論的概念として深めることを提起しました

森田俊男氏は、「地域」を人間の地縁に基づく生活共同体・連帯と捉え、「地域に根ざす」ことを、地域を人間らしい共住と自治、創造の拠点として取り戻すことを主張します

「地域」は単なる地理的・行政的空間ではなく、「人間の集団」つまり「歴史的な実践主体」の存在を必要とし、それは「主体形成の場」として変革されるべきものと捉えられたのです

次回は、歴教協において、最初に「地域」の視点を重視し、理論構築を進め、歴教協の「地域に根ざす社会科教育」の創造を中心的に担ってきた愛媛県歴教協・愛媛近代史文庫の「地域社会史論」に触れ、なぜ「地域に根ざす」のか、その意義について考察していきます

何かのきっかけで、現場の生徒たちや先生方が幸せになっていくような議論が拡がればと願います

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします

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