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「地域に根ざす社会科教育」から社会科教育80年を考える(3)

おはようございます!
毎週ご高覧いただきありがとうございます!

私は、教員時代、社会科教師として、生徒たちが授業内容を他人事とせず自分の問題として捉えられるように「共感」から「科学的社会認識」に高めていくことを目標に授業実践に取組んできました
そこから「主権者意識」がはぐくまれていくと考えていたからです

このような私の教育理念は、「地域にねざす社会科教育」の「地域」の視点をめぐる1970年代・80年代の理論・論争・授業実践から学んで得たことに他ありません

今回 第三回目(3)の前段は次の通りです

 第2節 地域に根ざす社会科教育
  (1)歴教協における「地域」の提起
  (2)「地域に根ざす」社会科教育の創造
 第3節 問題提起 - なぜ「地域」を問題にするのか

第2節 地域に根ざす社会科教育

(1)歴教協における「地域」の提起
 ここで、1970年に「民族の課題―地域に根ざし人民のたたかいをささえる歴史教育」を研究テーマに掲げた(25)歴教協(歴史教育者協議会)(26)の活動を取り上げ、なぜこのようなテーマを掲げるに到ったかについてふれることにする。
 歴教協における「地域」の提起の背景には、第一に、1969年第21回山形大会に参加した農民の「安保も帝国主義も地域にゴロゴロしている」という発言(27)に学んだことが挙げられる。1965年の青森大会で掲げた「民族の課題」に地域破壊という山形の具体的な地域現実のなかで発見された“地域民衆の認識方法”を学び合わせることで、この大会総括を通じて「地域に根ざす」ことが提起された(28)のである。第二に、1957年の勤評闘争以来の運動のなかでつくりあげられてきた愛媛近代史文庫・愛媛県歴教協の「地域社会史論」の実践や、1960年代に入っての福岡県歴教協における「米騒動」「労働争議」「水平社運動」など先駆的な歴史掘りおこしの実践があった。さらには、そうした実践を全国的に交流する場として、1966年第18回大会で「地域史」分科会(29)が設けられた。
 第1節(1)で述べた社会科教育史の流れとも呼応して、歴教協では、1950年代後半の郷土史論争や、1958年第10回大会での提案「歴の認識をどう育てるか」をめぐって、科学主義と生活主義の主張が起こった。(30)すなわち、科学的知識は系統的に教師から子どもへ外側から与えなければならないという主張(31)と、現代に相応しい歴史意識ないし生活意識は、子どもの内側から主体的に育てなければならないという主張(32)である。この論争が、第1節でみた社会情勢、それに伴う子どもの現状をまのあたりにするなかで深められ、科学の系統を教育の系統に組み替える重要性を提起し、両主張の結合の場として「地域」を提起したのである。そして、その理論を実証・発展させていくべく「地域に根ざす」実践が展開されていく。

(2)地域に根ざす社会科教育の創造
 (1)で述べた「地域」の提起を受け、歴教協を中心に、1970年代以降、広範な「地域の掘りおこし」運動が展開し、「地域の教材化」がはかられ、多くの優れた実践が創出された。(33)
 他方、「地域の掘りおこし」は、「地域民衆史ほりおこし運動」を生み、北海道のアイヌ・オロッコ人権回復運動、囚人・タコ労働の発掘と慰霊運動あるいは、秩父事件顕彰運動等々の成果をあげている。この運動は、教材化という学校教育の枠をはるかに超え地域住民の歴史意識そのものを変革していく国民的な歴史教育運動となって、まさに地域の底辺から、地域民衆自身の手によって展開されたものである。
 地域の荒廃、子どもたちの発達にみられる深刻な問題に根本から取組み、広義には子どもの全面発達をめざす教育として、地域がもつ教育力を回復する手だてとして、また、狭義には学校教育における教育実践として、人格発達を歪められている子どもたちを立て直すとともに、全面発達を保障するものとして、「地域に根ざす」という問題意識が登場し、社会科教育においては、教材の自主編成の視点として「地域の掘りおこし」を行い、またその成果や課題に学びながら、子どもの生活現実に根ざし、子どもの科学的社会認識を育て、それを生きる力にまで高める(主権者教育)ことをめざした「地域に根ざす社会科教育」が全国的に創造されているのである。

第3節 問題提起 - なぜ「地域」を問題にするのか

 第1節・第2節でみたように、地域の荒廃、子どもの発達の歪み等々の現実があり、それを克服し、子どもの全面発達、地域の教育力回復をめざして「地域に根ざす社会科教育」が取組まれている。その成果のひとつとして発表されている諸実践では、子どもが生き生きとしてー授業の主人公としてー活躍している姿を見出し、かつ、将来の主権者としての確かな力をつけてきていることに気付かせられる。子どもたちは、「地域に根ざす社会科教育」実践のなかで、着実に地域の創造主体として成長しつつある。
 この事実は、「地域に根ざす社会科教育」実践が、子どもの科学的社会認識育成を通しての人格形成を保障していることを端的に示している。では、なぜ「地域に根ざす」ことによってそれが可能となるのか。それ以前の問題として「地域」とは一体何なのか。「地域」は、子どもの人格形成、科学的社会認識育成にいかなる可能性をもっているのか。
 残念ながら、「地域に根ざす社会科教育」に関しては、理論的研究よりも現場での教育実践の方が先行している、と言われている。本論では、以上の問題意識から、「地域」概念・理論の先行研究を整理し、その成果と課題を受けて子どもの人格形成と「地域」の可能性を考察し、「地域に根ざす社会科教育」における「地域」の視点を解明していく。

<註> 

(25) 歴教協は、1979年以降、「地域に根ざし、国民のねがいにこたえる歴史教育」を新しい研究テーマとし、(1)歴史を学び合い、地域を掘りおこす(2)すべての子どもがわかる授業の創造、を重点として研究をすすめている。

(26) 歴教協は、戦後、新教育の出発にあたり、戦前の天皇制下の臣民教育における歴史学者、歴史教育者の在り方を深刻に反省し、新しい歴史教育の創造と実践をめざして、1949年7月14日、歴史学研究会の歴史教育部会と民主主義科学者協会歴史部会の歴史教育分科会を母体として設立された民間教育研究団体である。その設立趣意書には「私たち歴史教育に関心をもつものは、過去においてあやまった歴史教育が軍国主義やファシズムの最大の支柱の一つとされていた事実を痛切に反省し、正しい歴史教育を確立し発展させることが私たちの緊急
の重大使命であることを深く自覚する。」とある。

(27) この発言の意味するものは、地域住民にとっての歴史学習は、歴史発展の法則や「歴史が変わる」ことを学ぶことから出発するのではなく、「歴史を変える」こと、「生活を変える」ことから出発しなければならないもので、歴史学習の場は、地域そのものであり、住民は啓蒙される対象としてではなく、歴史を変えるための、歴史を創るための主体として学習を求めていたことである。
 『歴史地理教育』161号(’69.11)参照

(28) 具体的な地域、民衆の生活の次元から帝国主義や安保を捉えていく視座を「地域」に設定し、教師「自らが歴史を創ること(実践)と、自らが記録して分析していくこと(研究)と、歴史を語り教えていくこと(教育)を統一」することを指針として掲げたのである。

(29) この分科会は、実践と理論化の発展に伴って「地域」から「地域の掘りおこし」分科会と名称も変わっていった。

(30) 歴教協編『歴史教育における指導と認識』(未名社1958年)は、歴教協内部に、科学的、法則的、理性的認識を重視する考えと、それを肯定しながらも、歴史意識・生活意識の育成を重視する考えとが存在することを端的に示している。

(31) これは、郷土史論争での歴教協の主張である。

(32) これは、歴教協第10回大会での提案の主張である。

(33) 安井俊夫著『子どもと学ぶ歴史の授業』地歴社1977年

同『子どもが動く社会科』地歴社1982年

同『学びあう歴史の授業』青木書店1985年

鈴木正気著『川口港から外港へ』草土文化1978年

同『学校探検から自動車工業まで』あゆみ出版1983年

等が挙げられる。


私は、校長在任中、3年間の教育活動で生徒たちに卒業時に身に付けさせるべきCompetencies(資質・能力)を「グラデーションポリシー(ディプロマポリシー)」として定義・学校全体で共有し、それに基づき、教科教育活動・教科外教育活動の両輪で生徒たちの人間的成長・発達に働きかける学校づくりに努めてきました

先生方は、学年の発達段階に応じて卒業時に身に付けて欲しいCompetenciesのどの部分を育てているのかをイメージしながら、各単元、それを構成する一時間一時間の授業で単元終了後、授業後に育成をめざしたい生徒の姿をイメージしながら授業創りの研究・開発・実践に取組むのです

初等中等教育の現場にねざされた、私が敬愛してやまない 京都大学 石井 英真 准教授は、その著書

『授業づくりの深め方 「よい授業」をデザインするための5つのツボ』で、

「教材研究のプロセスを子どもたちと共有することで、多くの授業で教師が奪ってしまっている各教科の一番本質的かつ魅力的なプロセスを、子どもたちにゆだねていくわけです。」

「メインターゲットに迫るここ一番の部分で、共に深め合う活動を仕掛け授業のヤマ場をつくる。」

また、『学習評価入門』で、

「育った実力が試され可視化されるような学びの舞台を設定していくことが重要です。」

と、述べられています

「地域」の視点、「共感」から「科学的社会認識」に、から、「グラデーションポリシー」に基づき授業後に育成をめざしたい生徒の姿をイメージする授業づくりへ

私が、37年間の教員生活で一貫して大切にしてきた主権者としての人間的成長・発達に寄与する授業づくりの本質・内実がここにあります
この点も、本論で解明していきます

歴教協における「地域にねざす社会科教育」は、
1969年開催 山形大会での参加者 発言「安保も帝国主義も地域にゴロゴロしている」に学び、「地域に根ざす」ことが提起されたことに始まりました

私は、後に具体的に取り上げる 愛媛近代史文庫・愛媛県歴教協の「地域社会史論」が、「地域にねざす社会科教育」の理論的支柱である、とみています

1970年代以降、歴教協を中心に、広範な「地域の掘りおこし」運動が展開し、「地域の教材化」がはかられ、多くの優れた実践が創出されました

そこでは、科学の系統と教育の系統の結合の場として「地域」が提起され、子どもの生活現実に根ざし、子どもの科学的社会認識を育て、それを生きる力にまで高める(主権者教育)ことをめざした「地域に根ざす社会科教育」が全国的に創造されていきました

なぜ「地域に根ざす」ことによってそれが可能となるのか
「地域に根ざす社会科教育」における「地域」の視点を解明することが『卒業論文』の主題なのです

次回、第四回は、「地域」の概念規定、そして第五回では、「地域理論」の先行研究をみることにより、「地域に根ざす社会科教育」の「地域」の視点の研究史の整理を行い、新たなる「地域」の視座を愛媛近代史文庫・愛媛県歴教協の「地域社会史論」に求めていきます

何かのきっかけで、現場の生徒たちや先生方が幸せになっていくような議論が拡がればと願います

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします


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