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「地域に根ざす社会科教育」から社会科教育80年を考える(7)

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『地域の』『ある典型的な』『中央』の『学者』も問題にしそうな(はげしい闘いとか、その逆など・・・)ことを『すぐれた個人』が精力的に掘りおこすことは、それ自体は大切なことだが、それは地域史(地域社会史)のめざす観点ではない、『地方史、国民的歴史学の段階にすでに行っていたことではないのか』

愛媛歴教協・愛媛近代史文庫の優れた実践家 古谷 直康 氏が、「『地域の堀りおこし』はどこまできているのか ー 『地域』分科会の歩みからの管見 ―」(『歴史地理教育』266号・1977年8月)で指摘されたことばです

1950年代前半、石母田 正 氏を中心とする歴史研究者によって提唱された国民的歴史学運動の、「地域に根ざす社会科教育」の本質に対する限界を見事に言い表しています

私の最大の関心事、本論の論点は、子どもの人格形成(科学的社会認識育成を通じての主権者形成)と「地域」の可能性なのです

※ 愛媛近代史文庫(http://home.e-catv.ne.jp/bunko/index.html

今回の前段は、第七回目(7)の内容です

第Ⅳ章 子どもの人格形成と「地域」の可能性
     - 愛媛近代史文庫「地域社会論」の分析を通して
 第1節 なぜ「地域社会論」に学ぶのか
  (1)「地域社会論」がめざすもの
  (2)「地域社会論」の成果と課題


第Ⅳ章 子どもの人格形成と「地域」の可能性
 ー 愛媛近代史文庫「地域社会史論」の分析を通して

 本章では、愛媛近代史文庫「地域社会史論」の成果と課題に学びつつ、「地域に根ざす」社会科教育実践の分析・検討をふまえて、子どもの人格形成(科学的社会認識育成を通じての主権者形成)と「地域」の可能性を考察し、社会科教材構成の視点としての「地域」を提起する。

第1節 なぜ「地域社会史論」を学ぶのか

(1)「地域社会史論」がめざすもの
 愛媛近代史文庫の「地域社会史論」については、第Ⅲ章第1節(6)で概観したが、ここではその成立背景を概観し、「地域社会史論」がめざすものについて考察する。
 「地域社会史論」は、愛媛大学歴史学研究会(1951年創立)・近代史文庫(1953年創立)と愛媛県歴教協(1958年創立)の共同研究実践活動を基盤として(54)、全国に先駆けて行われた勤務評定とそれに反対する教組への弾圧、切り崩し、そして学力テストと続く反動的文教政策に対する闘いのなかから誕生した。それ故、地域社会の歴史研究と歴史教育、そして社会的実践活動の三者を一体的に結合する姿勢を貫くところに特徴がある。
 「地域社会史論」は、1950年代以降の教育的矛盾・社会的矛盾のなかで、それに目覚め、それを克服していこうと立ち上がった地域の研究者・学生・父母(ママ)(保護者)・労働者たちが同じ立場に立ち、研究・実践を連帯して深めてきたものである。地域民衆が、それぞれ平等な立場で連帯し、地域の諸矛盾を克服していくなかで地域の創造主体(歴史を創る主体)へと成長していくことを通して、より良き地域社会が創出されることを、「地域社会史論」はめざしているのである。

(2)「地域社会史論」の成果と課題
 「地域社会史論」では、「地域社会」を以下のように捉えている。(55)

 ⅰ)地域社会は階級的または体制的矛盾が貫徹する場
 地域社会は、個性的な矛盾・基本的で特徴的な矛盾 ― 階級的矛盾または体制的矛盾 ―(= 民族社会のもつ全般的な矛盾 = 人類社会のもつ普遍的な矛盾)が貫徹し、自発的に一貫して運動を続け、民族社会(国家)、人類社会、全世界)の歴史を動かす。

 ⅱ)地域社会を営む主体としての個人および世帯(家庭)
 地域社会を営む主体は、個人および世帯(家庭)であり、その生活は、一定の地域を住む場、働く場として営まれる。
 世帯(家庭)は、数人の個人(家族)によって構成され、地域社会の原点となる住民組織、労働組織(小集団)を形成する主体である。
 個人と世帯(家庭)は、その内部に特定の時代や時期の階級的または体制的矛盾を内含し表現する。故に、自覚し、闘争し、進化する。

 ⅲ)地域社会の原点と拠点
 ①地域社会の根拠となる「地域」と「職場」に生存する小集団(地域社会の原点)と、それらが形成する地域社会集団(地域社会の拠点)
 地域社会における諸階級・諸階層の民衆(または支配者)の生活・労働・運動(または事業)は、居住する場としての「地域」と、働く場としての「職場」に生存する多様な小集団(住民組織・労働組織・運動組織と意識連帯)を原点として営まれる。
 すなわち、「地域」・「職場」の多様な原点が複合し地域社会集団が形成され、それを拠点として地域社会が形成される。
 また、居住の場である「地域」、働く場である「職場」は、生活と権利の要求のための闘いの場であり、「地域」、「職場」が、階級的、体制的矛盾が貫徹する場としての地域社会を成立させる。
 ②地域社会の拠点となる被差別集団、特殊社会集団
 差別され、選別されている地域社会集団を、その他の地域社会集団とともに地域社会の重要な拠点として捉える。

 ⅳ)地域社会の主体となる民衆と人民
 地域社会の民衆は、地域社会を動かす基本的な主体であり、つねに、社会的生産の担い手であり、解放と進歩のための闘争の主体である。
 が、被支配者でありながら、支配者に同調して、支配体制に奉仕している民衆もあれば、非搾取階級に属しながら、他地域の民衆や他民族に対して抑圧者・差別者としてのぞむ民衆もいる。
 にもかかわらず、地域社会の民衆は、地域社会を進める主体としての民衆(地域社会の人民)になりつつあるし、また、なっていく。

 つまり、地域社会の民衆は、地域社会に貫徹する矛盾のなかで成長し人民になる。地域社会の人民は、社会的生産と文化創造の担い手であり、社会的・階級的自覚と民族的自覚を契機とする地域人民連帯の自覚をもつものであり、地域社会と民族社会と人類社会の全民衆の解放と進歩を推進する主体である。

 したがって、地域社会は、民衆の人民的成長を軸として、自発的に一貫して運動し、つねに変革され、創出され、形成されていく
 以上の概念規定をふまえて、「地域社会史論」では地域社会の本質を次の2点で捉えている。

 ア.地域社会を階級的または体制的矛盾の貫徹の場としてとらえ、階級的または体制的矛盾が地域社会に貫徹する過程を、地域人民を研究の主体として、研究する、ということ。
 地域社会史の研究は、各地域社会における階級的(あるいは、生産的)矛盾または体制的矛盾の貫徹の過程を、地域人民の歴史的成長の過程を基軸として、実証的かつ法則的に究明することをめざしている。しかも、地域社会史研究の主体は、その地域社会の人民である、ということが、基本的に明確にされねばならない。(56)

 イ.階級的または体制的矛盾の貫徹する過程を、地域民衆が歴史を創る主体としての人民に成長する過程を軸として究明する、ということ。
 地域社会階級的(あるいは、生産的)矛盾または体制的矛盾の貫徹の過程は、支配階級による支配体制の展開と、民衆の生活と運動と矛盾が、進行する過程である。この過程のなに、地域民衆が社会的生産の担い手として、また階級闘争の主体として、自らの客観的・主体的条件を変革し創造していく一すじの過程(この基軸を、地域民衆の人民的成長の過程であるとする)が一貫していること ー この一貫する地域民衆の歴史的成長の過程こそ、地域社会の階級的(あるいは、生産的)矛盾または体制的矛盾の貫徹過程の基軸であることを明確にしなければならない。

 が、地域民衆は、いつでも、だれでも、被支配者・被抑圧者・非差別者であるということだけで、ただちに、自らの客観的・主体的条件を変えようとする社会的・階級的または民族的自覚をもっていたり、自らを解放する闘いを闘ったり、するものとは限らない。
 しかし、永い歴史の過程のなかで、支配され抑圧され、搾取され収奪され、差別され犠牲にされている民衆は、しだいに、支配・抑圧・搾取・収奪・差別と闘う社会的階級的・民族的・人類的自覚にめざめてゆく。そして、この自覚にもとづく生活と運動を生みだし発展させてゆく過程のなかで、歴史を創る主体的存在に成長する。

 このような歴史を創る主体としての民衆を人民(57)とよび、民衆は、階級的(あるいは、生産的)矛盾または体制的矛盾の貫徹の過程で、人民になる。故に、地域社会の歴史=地域社会の民衆の歴史を貫く人民の歴史的成長の過程こそ、地域社会史の基軸である

 「地域社会史論」の内実は、上記のア、イの点で捉えられるが、他方、「地域社会史論」は、地域史研究のうえでの基本的観点として注目すべき点を提起している。(58)

 次に、「地域社会史論」の課題についてみてみよう。地域民衆(人民)との共同研究体制における実践的課題は、ここでは割愛させていただくことにして、社会科教育の関連で2点あげてみたい。

 まず1つには、何をどう掘り起こしていけば良いのか、ということである。地域における基本的な矛盾の貫徹する過程における民衆の人民的成長の過程を掘りおこし、その成果を教育内容に反映させたり、実際に教材化すれば良い訳であるが、これではあまりに抽象的すぎる。「地域社会史論」をどう具体的に研究成果として推し進めていくのか、これが第1の課題である。
 
 次に、「地域社会史論」の教壇実践報告が少ない、ということである。千葉の中学校教員 安井俊夫氏は、「この理論(「地域社会史論」― 引用者註)のもっている『教育』の側面を、もっと明らかにしてほしいと思います。・・・この理論が子どもの意識とどうつながっていくのか、地域社会史の研究・実践が子どもをどう変えうるのか、ということをききたいのです。・・・地域社会史の観点をもちこむとなぜ歴史変革の主体であるという認識に到達できるのか、子どもの意識、生活との関連において、具体的なすじ道を明らかにしてほしいと思います(59)」と述べている。

「地域社会史論」と教育実践との結合の理論の遅れが第2の課題である。


<註> 

(54) 愛媛大学歴史学研究会(愛媛大歴研)は、学生と卒業生と教官(ママ)が研究者=会員として平等の立場で結集し、学生を中心とする委員会によって運営される民主的な研究団体として、1951年創立された。愛媛大歴研会員有志が、在学中はもちろん、卒業後どこに住み、どのような職業に就こうとも、歴史学の研究者として共同することができる基礎的な条件をつくるため、まず、差し当たって、特に、近代史に関する「図書・雑誌・資料の共同購入および閲覧の便宜をはかり、学問研究、教育、社会的実践に資する」(「近代史文庫規約」1953年8月)ことを目的として、1953年8月10日近代史文庫が創立された。ただし、愛媛大歴研とは別に独自の組織をもつ団体として発足した。1958年には、近代史文庫会員有志を中心として愛媛県歴教協が創立されたのである。
 「愛媛資本主義社会史序文」(近代史文庫 前掲書)参照

(55) 篠崎勝著「地域社会史の創造」(近代史文庫 前掲書)

  篠崎勝著「地域社会史の理論と課題」(『歴史地理教育』154号1969年4月)

  篠崎勝著「地域社会史のすすめ」(高橋磌一監修『歴史学入門』合同出版1981年)

    以上参照

(56)研究者=地域民衆が、その地域社会の人民にまで成長したときに、はじめてその地域社会の人民とともに、地域社会史研究の主体となることができる。また、他地域の研究者も、自ら働く地域社会(乙)の人民に成長し、かつ、この地域社会(甲)の人民と共同連帯することによって、この地域社会(甲)における地域社会史研究の主体となることができるし、同時に、かれが働く地域社会(乙)の人民とともに、かれが働く地域社会(乙)における地域社会史研究の主体となるべきである。他民族、他国の研究者が異民族・異国の地域社会史研究の主体となりうる場合も同様である。したがって、地域社会の人民にまで成長していない“学者”や”郷土史家“は、地域社会史研究の主体ではあり得ない。

(57) 以下、人民と表記する際、特に断りがない限り、この旨を意味するものとする。

(58) 1)地域社会史は、単一に固定して存在するものではなく、連帯と矛盾の重層的諸類域(a)を形成し、包含し、構成しながら存在している。地域社会史は、これらの諸類域の地域社会の歴史的な存在形態(b)を明確にしなければならない。
(a)地域社会の諸類域

近代史文庫 前掲書97、98頁より引用

 (b)地域社会の存在形態

近代史文庫 前掲書101~103頁より引用

 2)地域社会は、歴史的に形成され、変革され、創出されるものであって、地域社会史は、地域社会の発展段階と運動法則を明らかにしなければならない。
 3)地域社会史の研究は、その地域社会の人民との共同研究体制を確立することによって、達成される。

⦅参考⦆
「『地域の』『ある典型的な』『中央』の『学者』も問題にしそうな(はげしい闘いとか、その逆など・・・)ことを『すぐれた個人』が精力的に掘りおこすことは、それ自体は大切なことだが、それは地域史(地域社会史)のめざす観点ではない、『地方史、国民的歴史学の段階にすでに行っていたことではないのか』」
 古谷直康著「『地域の堀りおこし』はどこまできているのか ー 『地域』分科会の歩みからの管見 ―」(『歴史地理教育』266号1977年8月)より引用

(59) 安井俊夫著「なぜ地域の歴史を掘りおこすのか」(『歴史地理教育』195号1972年4月)


国民的歴史学運動もそうなのですが、愛媛近代史文庫の「地域社会史論」も、当時の時代背景を踏まえねば正しい評価はできません

当時の愛媛県は、保守県政による民主教育の反動の時代を迎え、激しい勤評闘争・学テ闘争が闘われていました

「地域社会史論」は、愛媛大学歴史学研究会、近代史文庫、愛媛県歴教協の共同研究実践活動を基盤に、反動的文教政策に対する闘いの中から誕生しました

その特徴は、地域社会の歴史研究、歴史教育、社会的実践活動の三者を一体的に結合することです1950年代以降の教育的・社会的矛盾に目覚め、それを克服しようとする地域の研究者、学生、保護者、労働者たちが連帯して研究・実践を深めてきました

「地域社会史論」は、地域社会の本質を以下の2つの観点から捉えています

1. 階級的または体制的矛盾の貫徹の場としての地域社会

地域社会は、階級的または体制的矛盾が貫徹する場として捉えられ、また、地域社会は、民衆の人民的成長を軸として、自発的に一貫して運動し、つねに変革され、創出され、形成されていきます

地域社会史の研究は、各地域社会における階級的または体制的矛盾の貫徹の過程を、地域人民の歴史的成長の過程を基軸として、実証的かつ法則的に究明することをめざしています

2. 地域民衆が歴史を創る主体としての人民に成長する過程

地域社会の階級的または体制的矛盾の貫徹の過程は、地域民衆が社会的生産の担い手として、また階級闘争の主体として、自らの客観的・主体的条件を変革し創造していく一すじの過程です

この過程こそが、地域社会の階級的または体制的矛盾の貫徹過程の基軸であり、地域社会の歴史=地域社会の民衆の歴史を貫く人民の歴史的成長の過程となります。

地域社会史論のめざすものは、地域民衆が平等な立場で連帯し、地域の矛盾を克服し、地域の創造主体へと成長することを通じて、より良い地域社会を創出することなのです

「地域」は、「ここに、生き、住み、働き、学び、闘う」民衆の連帯と自治を内実とするものです
また、世界・日本・地域を基本的に一貫する階級的・体制的矛盾の貫徹する場でもありました
それ故に、科学的社会認識育成の契機の場であり、それを通して「民衆の人民的成長」が達成される場なのです
「地域」が、「民衆の人民的成長の過程」を内在していることは、「地域」を視点として教育内容を編成する際、学習の過程(科学的社会認識育成の過程)において、人格形成の契機をみ、それに限りない可能性を与えることを意味するはずです
そして、この人格形成を通して、子どもたちは、地域の創造主体、延いては、日本の創造主体 ― 主権者 ― へと成長していくのです

次回は、「地域に根ざす社会科教育」における「地域」の視点と、「地域社会史論」の教育実践的理論がどう関わり、社会科教育実践にどのような可能性が秘められているのか、教育科学研究会(教科研)の鈴木 正気 氏、歴史教育者協議会(歴教協)の安井 俊夫 氏 両実践の分析・検討をふまえて、「地域」の視点を考察していきます

何かのきっかけで、現場の生徒たちや先生方が幸せになっていくような議論が拡がればと願います

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします

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