関係形成のメカニズム
ダイナミックな均衡を生む関係形成のメカニズム
経営機構における新たな均衡の創造
2001年の論文です。最後にダイアローグ・ポイントを掲載していますので、現状と重ねて、本質を問い直すための対話のたたき台にしてください。
(Watson Wyatt Review vol.20 2001.12)
高橋 克徳
なぜ、日本の構造改革は遅々として進まないのか。なぜ、企業はリストラを繰り返すばかりで、ビジネスモデルや経営システムの抜本的な改革ができないのだろうか。それは、日本の成長を築いてきた固定的かつ安定的な仕組み、関係を壊すことへの不安感が、ときに強い抵抗を生み、大きな変革への妨げになってしまうからである。この変革の妨げとなる固定的な均衡状態が、悪しき均衡である。本稿では、経営改革を推進する経営機構、ガバナンス体制がこの悪しき均衡からいかに良い均衡へ脱却していくかを議論したい。
1.スタティックな均衡の罠
均衡状態とは、一般的にいえば、二つ以上のもののあいだに釣り合いが取れていることをさす。しかし、実際の社会現象の中で完全に釣り合って均衡点で止まっているということはまず無い。何らかの環境変化によって、ブレが生じる。ところが、クローズドなシステムであるほど、均衡位置から遠ざかる要素、もしくは相互関係の小さな変化に対して、均衡を回復しようとするパワーがはたらき、固定的な関係に戻る負のフィードバックがかかる。これは生物の自己調節機能(ホメオスタシス)と同じ原理であり、システムが存続するために不可欠な機能であるともいえる。なぜなら、この均衡状態を保つメカニズムが働くことで、予測可能性が高まり、逸脱行為を減らすことができ、リスクを軽減できるからだ。
このように考えると、少なくとも閉じた世界を守り、その中での個々の存在意義を確保し、裏切りを生まない、安定した状況をつくり出していくために均衡状態を保持することは、至極当然のことであると考えられる。ところが、この均衡状態が長期的に固定化すると、ある種の組織化、構造化が起こり、そこに権限・権益の構造を生み出すことになる。それが大きな状況変化を強いられる時に、「抵抗」を生む原因になってしまうのである。その結果、変化へのダイナミックな適応力を失い、その均衡状態がより上位のシステムとのあいだで不均衡を生み出してしまうこともある。
2.ダイナミックな均衡とは何か
では、変化へのダイナミックな適応力を持ち続けるためには、どのような均衡状態を構築すればよいのだろうか。一つ例を挙げて考えてみよう。
氷から水に変わるというように、物質の状態が変化することを「相転移」という。この分子が固くつながり合った氷の状態から、分子が自由に動き回れる水の状態に変化する時、一度に分子構造が壊れるわけではない。摂氏零度に近づいていくと、部分的に水になり、部分的に氷になって、その分子がぶつかり合っている状況が生まれる。いわば、水と氷がその領域をせめぎ合う状況である。この時、氷という枠の中で氷と水が混在しゆらぎが起こる臨界状態になる。カオスと秩序の狭間という意味では、カオスの縁と呼ばれる状況と同じである。この臨界状態、カオスの縁に、変化へのダイナミックな適応を可能にする均衡状態を解くカギがある。
つまり、内部での小さな変動すら否定する固定的な均衡関係ではなく、異質な要素による変動・ゆらぎを内包する、緩やかな枠組みとしての均衡関係を原点にすることで、必要な場合には、水にでも氷にでも変革できる状況を意図的に作り出しておく。この動態的なゆらぎを内包した均衡状態が、変化へのダイナミックな適応力のある「良い均衡」であると考える。
3.イノベーションを生み出す関係形成のメカニズム
では、このダイナミックな均衡状態はどのようにすれば形成できるのだろうか。
この問題を解くために、中小企業・ベンチャー企業のネットワーク組織における関係形成のメカニズムについて取り上げてみたい。
80年代後半以降、系列のあり方が問われる中で、共同受注、共同開発を目的としたネットワークが各地で次々に作られた。だが、その多くは目立った成果を挙げられず、形だけ存続しているか、解散している。なぜ、多くのネットワーク組織では、共同成果を出すことが出来ないのだろうか。それは、そのネットワーク組織の関係形成のメカニズムに依存する。
図1 ネットワーク組織における関係形成パターン
その関係形成のパターンを見ていくと、図1に示したように大きく4つのタイプに分類できる。縦軸に関係を形成する要素の同質性が高いか異質性が高いか、横軸にその要素間の結合特性が統合的か自律分散的かという軸をとり、分類したものである。
第1のタイプは、同質・統合型グループである。ネットワークに参画するメンバーの同質性が高く、しかも最初から統合的な結合を重視したものである。以前からの顔見知りで、同業者や類似した技術を持つメンバーが集まり、最初から一致団結して、協力しましょうという形で始めたグループである。これらの多くは、お茶飲み会や親睦会にとどまり、表面的な情報共有や感傷の共有に終わるケースが多い。なぜなら、全体の和を乱すような「抜け駆け」をするのは良くないという雰囲気を生んでしまうからだ。その結果、固定的な関係、すなわちスタティックな均衡状態ができ、その均衡を壊す行動を相互に牽制しあう関係を構築してしまうのである。
第2のタイプは、同質・自律分散型グループである。同じように同質性の高いメンバーの集団ではあるが、個々のメンバーが自由にコミュニケートし、知恵を出し合い、協力しあう関係を構築しようというものである。これらのネットワークでは、初期の段階では新たな取り組み、共同開発などの成果が生まれる場合もあるが、1、2年のうちに尻すぼみになることが多い。理由は簡単で、メンバーの同質性の高さが、イノベーション領域を規定し、やがて組み合わせの限界を迎えてしまうのである。その結果、活動量が減少し、自然消滅してしまうケースが多くなる。
第3のタイプは、異質・統合型グループである。業種や技術、ノウハウ、競合環境などの違う企業が集まり、統合的な仕組みを作ることで、より高い成果を出そうというネットワークである。この場合難しいのは、どのような統合メカニズムを作るかである。そもそも異質性の高いメンバーが参画しているために、意図や利害が相反することもある。そこで、無理に誰かが統制のメカニズムを作ってしまうと、パワー関係が生まれ、利害の対立が起こってしまう。実際に、リーダーが役割分担を決め、利益管理を始めたところ、参画企業から強引に下請けをさせられるのが納得できないという反発が起こり、解散に追い込まれたケースもある。リーダーシップの発揮の仕方に問題があったのだろうが、そもそも異質性の高い主体を無理に統合しようとすること自体の難しさがある。
第4のタイプは、異質・自律分散型グループである。メンバーを固定化せず、緩やかな参入と退出のルールで集まってきた異質性の高い企業が、自由に連結し、イノベーションを起こしていこうというネットワークである。この場合、お互いのレベル、信頼性がわからないなかで、自由に連結していくといってもリスクが大きいし、やがてバラバラな動きになって拡散してしまうのではないかという不安がつきまとう。
こうした分散のリスクを共有しながら、自律的な結合関係を次々に生み出していくためには、まず、異質性の高い企業の技術やノウハウ、得意技を徹底して公開し、それぞれの差異、独自性を明確に共有することが必要である。あるグループでは、初期の段階で同じ製品の試作品を全員で作って持ち寄り、それぞれの技術のレベル、モノ作りの思考、得意技を共有しあったという。これにより、お互いのレベルを知るだけでなく、自分の強みを再認識し、独自性、差異性を高めていく効果にもつながったという。
また、リーダーは固定しないということも重要である。お互いの技術やノウハウ、その分野での知識、リーダーシップ特性がわかってくると、テーマごとに誰がリーダーとなるべきかが必然的に決まってくる。つまり、権力による正当性ではなく、専門性による正当性を主軸に置くことで、メンバー間の納得性が高まるのである。
4.相互作用の均衡
以上、4つのタイプのネットワークを、相互作用の均衡という概念で整理してみよう。
精神生理学者のベイトソンは、相互作用には、対称的相互作用と補完的相互作用の2つがあるという。対称的相互作用とは、ある行動が他者に同様の行動を促進するような、類似性を増大させる相互作用である。他方、補完的相互作用とは、相互に適合する補完的な行動を促進するような、差異性を増大させる相互作用である。
図2/相互作用の均衡パターン
この相互作用を関係形成パターンの軸に当てはめてみると、図2に示したように、要素の同質性が高いほど対称的相互作用を生みやすく、要素の異質性が高いほど補完的相互作用を生みやすい。さらに、要素間の結合が統合的であるほど対称的相互作用を生みやすく、要素間の結合が自律分散的であるほど補完的相互作用を生みやすいという仮説が成り立つ。この相互作用のはたらき方のバランスが、4つのネットワークの均衡を大きく規定する。
つまり、第1の同質・統合型のグループの場合は、要素特性も結合特性もともに対称的相互作用がはたらきやすく、類似性の高い集団としての均衡状態を作り出す。ただしこの均衡状態は、スタティックな均衡になりやすい。
他方、第2の同質・自律分散型グループと、第3の異質・統合型グループでは、二つの異なる相互作用がはたらくことで不均衡な状態に陥りやすくなる。
第4の異質・自律分散型のグループの場合は、要素特性、結合特性とも補完的相互作用を生みやすく、相互の差異性とその差異をもつ主体間の適合によるメリットが明確になると、補完関係による均衡状態を生み出すことができる。この場合、緩やかな境界を保ちながら、異質性と自律的な結合の継続的な進化を促進し続けられると、イノベーションを生み出すダイナミックな均衡状態を構築することができる。
ただし、このダイナミックな均衡状態を維持することは極めて難しい。緩やかな境界ゆえに、フリーライダーの侵入や、逸脱行為が横行し、拡散してしまうこともありうる。しかし、こうした不均衡へのリスクを共有することが、相互の関係への健全な緊張を生むことになり、その緊張をマネジメントすることで、このダイナミックな均衡状態を起点とした展開を生み出せるのである。
5.経営機構改革とダイナミックな均衡
このように見てくると、現在の経営機構改革の何が問題なのかが明確になってくる。
日本企業の再生が進まない原因を経営トップ層だけの責任にするつもりはないが、しかし、変革へのリーダーシップを発揮できないだけでなく、最大の障壁になっているケースさえ数多く見られる。しかも、経営トップが交替しても、次の経営トップやその周辺の役員クラスが、従来のやり方、行動原理にとらわれて、抜本的な改革を妨げてしまう。時に、不祥事を繰り返し、顧客や社会からの信頼を失う企業すら出てしまう。
おそらくこうした企業では、染みついた行動原理、思考の枠組みが、外部要因の変化や自分たちの置かれている状況への認識をゆがめてしまっている可能性がある。誰かが気づいて、従来のやり方ではダメだと進言したとしても、これまでの固定的な均衡状態を維持しようとするパワーが、その異質な考え方を排除していく。リストラを繰り返し、現場にばかり改善を強い、真の成果主義の意味を理解せずに、新たな人事制度を導入する。しかし、変革の中心となる経営トップに直接影響のある経営機構改革、役員人事改革、従来のビジネスを否定するようなビジネス転換を行おうとすると、それまで築いてきた思考への固執が変化への抵抗となってしまう。
こうした状況の中で、株主価値責任の明確化、取締役会のスリム化、執行役員制の導入などが進み、今後、商法改正により社外取締役導入への動き、経営監査の見直しなどへの動きも強まってくる。しかし、いくら経営機構を形態面から改革しても、その根底にある経営者の役割、強い経営チームとしての機能のあり方に関する認識と行動が変わらなければ、抜本的な改革を起こしていくことはできない。これまで述べてきたスタティックな均衡にとらわれた経営機構から、自らイノベーションを生み出すダイナミックな均衡状態を起点に持つ経営機構に、どのように変革していけばよいのだろうか。
こうした新たな経営機構のあり方を考える上で、先ほどの異質・自律分散型ネットワークにおける関係形成のメカニズムが役立つ。
6.経営機構における異質性の追求
まず、異質性の観点から経営機構のあり方を考えてみる。このとき、機能としての異質性と経営機構の編成メンバー(役員)の異質性という二つの観点から考えることが必要である。
機能の異質性を追求するために、最初に行わなければならないことは、経営機構を担う主体のミッション、役割、機能を再定義することである。経営機構の役割は大きく、①一般株主の視点から中長期の経営、財務構造へのインパクトがある意思決定事項をチェックする経営監査機能、②戦略構築機関、実質的な意思決定機関として全社をリードする経営執行機能、③各担当事業、担当機能のミッション達成を追求し、高いパフォーマンスを引き出す事業・機能執行機能に分けられる。これらの機能を担う会議体、場を明確に設定し、それぞれの機能が順に、株主の視点、全体最適の視点、部分最大化の視点で行動することを明確に示す。たとえ同じ人間が兼任することがあっても、そのミッションごとに異なる顔で参画しなければならない。なぜなら、それぞれの機能が生み出す価値は、時に相互に対立するものだからである。だからこそ、より高い成果に向けた適切な緊張関係を生むことが出来る。
同時に、これらの機能定義をもとに、各編成メンバーのミッションを定義し、その差異化を促進しなければならない。この際、有効な手段となるのが、公開の場でのプランプレゼン、成果プレゼンを実施することである。できれば全社員の前で、少なくとも経営機構の編成メンバーの前で、自らのミッションとその実現プランを明確に示すとともに、その結果を客観的な指標をもとに分析し、自らの説明責任を果たす。こうしたやりとりをオープンな場で行うことで、各役員の実力、異質性を相互に認識しあい、自ら他の役員との差別化を図るような競争原理を導入することができる。
さらに編成メンバーの異質性を高めるために、役員、特に執行役員への登用と交替を柔軟に行うことが有効である。若手の役員候補へのアセスメントや幹部教育を実施し、上記のプレゼンに参画させ、結果によっては執行役員の入れ替えを可能にする仕組みを構築する。指名委員会を設け、社外取締役など外部の目から見て、説得力のある役員候補の選抜を行うことも有効な手段である。同時に、社外取締役以外でも、外部から執行役員クラスに登用していく。実際に、役員候補を指名し、プランプレゼン、アセスメントなどを通じて、競争意識を高めていくことで、実力主義で選抜したメンバーからなる経営チームへと組み替えることに成功した企業もある。
ただし、ここで誤解してはならないのが、単に異質性が高ければよい、経営陣を頻繁に入れ替えればよい、ということではないという点である。あくまで目的は、経営に参画するメンバーがそれぞれの存在価値、差異性を発見し、それを強化することで、相互に補完しあいながら強い経営機構を構築していくことが目的であるということを忘れてはならない。重要なのは、適度な緊張感を経営トップが与え続けることである。
7.経営機構における自律分散型の結合
ダイナミックな均衡状態を作り出すためには、さらにこうした異質性の高い要素が、自律分散的に結合し、相互進化する自己組織化への動きを高めなければならない。
そのためには、まず経営監査、経営執行、事業・機能執行のそれぞれを担う主体間で、一段高い目線で、本音で議論できる関係性を構築することが必要である。事業・機能執行では特に、それぞれの部門利益を最大化すればよいということで、他部門の業務や動きは理解する必要がないと考えているケースがよく見られるが、これでは自律的な結合が生まれない。お互いの領域に踏み込み、一段高い経営の視点で議論しあえる関係を構築することが必要である。
こうした状況を打破するために、ある企業で、社長抜きの執行役員合宿を1年間、毎月実施した。最初の数回は、お互いの部門についてあまり知らないため、議論がまったくかみ合わない状態だった。相互の領域に踏み込んだ提案ができない。当然、自律的な連携も生まれるはずもなかった。ところが、継続して議論していく中で、お互いの事業・機能への理解が高まりだすと、連携して動くべきテーマが明確になってきた。さらに全社の視点で統合的に展開していく方向性も見え、最終的に社長に自ら宣言する形で改革案を提示することができた。強い経営チームに向けて、まずは個々の役員が自分の価値、アイデンティティを明確にするとともに、議論を通じて、自律的に連携していくための知識と信頼の基盤を構築したのである。
さらに、意図的な連結を強化することも必要である。その主体となるのは経営執行機能である。CEO、COO、CFOなどからなる少数のメンバーが、全体最適の観点から徹底的に議論し、時にそれまでの均衡を意図的に壊す新たな連結、組織の再編、事業の組み替え、買収・合併などを起こしていく。これは、思考の枠組みを壊し、新たな均衡を作り出すための、最も有効な手段であるといえる。
8.経営機構改革の本質
経営機構改革の本質は、単に執行役員制や社外取締役を導入するということではない。重要なのは経営機構が絶えざる変革を生み出す主体として機能していくための、ダイナミックな均衡状態をつくり出すことである。そのためには、異質性を高め、その編成メンバーの差異化と参入・退出への緊張感を増幅させる。さらに、自律的な結合を生み出す関係性を構築することで、緩やかな経営機構という枠組みの中に、たえずゆらぎを起こしていくことが必要である。このゆらぎが、新たな知恵と、時に既存の構造を壊し、新たな構造を創造する原動力になる。日本企業の復活、再生において、経営機構がスタティックな均衡状態を打破し、新たなダイナミックな均衡状態を創造していくことは、避けて通ることのできない道なのではないだろうか。
あなたの会社全体では、補完的相互作用が連鎖しながら進化し続けるダイナミックな均衡が生まれていると思いますか。
構成するメンバーの多様性、異質性が高まっていく中で、どういう結合関係やそのための仕組み化ができれば、ダイナミックな均衡を持続できると思いますか。
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