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【双極記録02】 +80地点(下り)

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 躁のスイッチが入った直後の不眠が続いて身体の疲れが溜まってくると、精神状態がどうであれ、22時ごろ眠りについたあとは朝方まで続けて眠れるようになる。今回の躁(2024.04)は睡眠時間2〜3時間という命の危険を感じる不眠状態が10日も続き、主治医が薬の処方を一気に増やしたため、現在は疲れが溜まってというよりは薬によって強制的に眠らされている。
 そもそも私はロングスリーパーなのだ。毎日10時間程度は眠らなくては体調を崩してしまう。だから+80地点の6〜7時間睡眠は、まだまだ足りていない。飲んだ直後は意識がもうろうとするほど恐ろしい量の薬を飲んでいるというのに、まだ10時間眠ることができない自分にゾッとする。脳内のドーパミンは一体どれだけ過剰なのだろう。

 しかし身体の辛さは抜きにして、やはり早起きできるというのは嬉しいものである。起きている時間が長いということは、それだけやりたい事を多くこなせるということだ。
 目が覚めると同時に、今日すべきこと、やりたいことなど膨大なリストが脳内にわさわさと沸きはじめる。朝からテンションの高い私を見て、控えめな性格で朝が弱い夫は少し怯えた表情をする。そうか、私は気分が高揚しているのか。夫は私の精神状態を映し出す鏡でもある。そのことに気づくのが+80地点まで下ったころだ。
 夫の雰囲気に戸惑いを感じ取った直後は、カオス状態のアトリエでひとり冷静さを取り戻す瞬間が訪れる。机の上に散らばったメモ書きに目をやり、こんなに大勢とコンタクトを取って、果たして予定をこなせるのか、勢いで組んだ製作スケジュールは無理があるのではないだろうか。小さな不安のさざ波が立つ。けれど次の瞬間にはハイテンションの大波が、冷静な思考をザーっと押し流してしまう。

 張り切らず、頑張り過ぎず、いい塩梅で日々過ごすのは非常に難しい。自信はみなぎり、頭は冴え、やるべきことは山積みになっている。読みたい本も山積みになっている。とにかくひとつのことに腰を据えて取り組むことができない。
 例えば、洗濯機を回そうとアトリエを出ても、目に留まるものに気を取られてしまいなかなか脱衣所まで辿り着けない。あ、猫のトイレを掃除しなければ。昨日買った日用品をしまわなくては。そうだ、コーヒーを淹れよう。あれ、シンクに洗い物がまだ残ってる…etc. バタバタとひと通り雑用を済ませてアトリエに戻り思い出す。「そうだ、洗濯機を回すんだった」と。
 同じようにして食事を摂ることもトイレに行くことも忘れてしまいそうになるため、主治医からアラームをセットするようにとアドバイスを受けた。しかし残念ながら、アラームをセットすること自体を忘れてしまう。
 そんな風にして忙しなく日々は過ぎていく。

 幸いなことに、瞬間的に沸き立つ怒りのような感情は私にはやってこない。もともと虚弱体質でエネルギー量が少ないこと、処方薬がよく効いていることが理由だろう。双極性障害を理由に、人間関係で深刻なトラブルを引き起こしたことはない。もし服薬していなければ、あるいは怒りに任せてものを投げつけたり声を荒げることがあるかもしれない。
 買い物の頻度は上がるが、鬱の時に出かけられなかったせいで不足しているものを買い足す程度だ。まれに欲しいものをパッと買ってしまうこともあるが、後に後悔したことはないので問題はないと自分では思っている。そもそも無駄遣いかそうでないかの線引きは難しい。

 +100地点と大きく違う点は、+80地点に下り始めると夕方から夜にかけて軽い鬱状態が訪れることである。身体の疲れと気分の落ち込みはたいてい同時にやってくる。永遠に終われそうにないTo Doリストに目をやり、友人知人とのSNSのやり取りを幾度も読み直し、さらに手帳やリストを再確認し、やるべきことの期限は過ぎていないか、大切な約束を忘れてしまってはいないか、必死に確認し始める。けれど身体と同じく疲労している脳みそは、あまりうまく働いてくれない。自分が何をしようとしているのか、理解できなくなってくる。もう眠ろう。明日の朝は大きな鬱状態に転がり落ちているかもしれないという不安と恐怖は、頭の中から追い出してしまおう。いろんな物事を集中してうまく進めることができない自分を許さなくては、と思う。

 そして翌朝目覚め、気分がリセットされていることに安堵し、思うのだ。あぁ、なんて幸せなんだろう。
 さあ、これから何を書こう、何を描こう。




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