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【映画雑記】「仁義の墓場」。渡哲也が魅せた狂気。

 個人的には、渡哲也と言えば「仁義の墓場」です。

 ヤク中の厄介者、やくざの世界の言葉を借りると「ぺー中のヤクネタ」が大暴れする映画で、実録路線の中でも一際異彩を放つ。「仁義なき戦い」は東映京都ですか、「仁義の墓場」は東映東京製作とあってやはりトーンというか熱量が独特。同じ東映東京の「女囚さそり」シリーズのような、どこか醒めた佇まいで虚無感溢れる風格を帯びています。

渡哲也演じる石川力夫は実在のヤクザ。触れるもの全てに災厄を撒き散らかすヤクネタ。自ら立てた墓に「仁義」の二文字をデカデカと彫らせたわけですが、それは皮肉なのか本気なのか誰にもわからない。しかし慕っていた兄貴分を殺しておきながら、その兄貴分の名と自分の名を同じ大きさでそのひとつの墓に刻んでいるところをみると、本気なのかもしれない。

 この映画でいちばん悲惨なのは力夫の情婦。演じるは多岐川裕美です。何にもしねえから!何にもしねえから!と、言葉だけは紳士な力夫にしっかりと手ごめにされて成り行きで女になり、監獄にぶち込まれ出所した力夫と再会の一発後、1分もたたずに金がないから身体を売って金を作れと無茶ぶりされ、しまいには結核を患い、それでもぺー中の力夫は自分のためのヤク代に糸目はつけないくせに、女の看病には一銭も払っている様子がない。しかし、女が吐血すると力夫はヤクで朦朧とした目でその血をぬぐい、女は数少ないセリフのなかで一番聞き取れる「ありがとう」の言葉を残し、次のカットでは手首をカミソリで切って死んでいる・・・。この悲惨さ。この救いのなさはヤクザ映画史上においても群を抜いていると思う。
 
 力夫は終始、I Can't Explainなフラストレーションを本当は慕っていたり愛している者たちにぶつけてしまう。それでいて、そんな自分を俺は上へ向かうだけの風船のような能しかないと否定しないもんだから、事態はどんどん最悪な方向へ爆走する。そして有名な辞世の句、大笑い 三十年の ばか騒ぎを残し、彼の人生は府中刑務所での15メートルダイブにて結実する。
 
 見終わったあとには大変な無常感につつまれる映画だ。が、深作欣二が元来持つ反骨、反権力の気風は、世間様はおろか、極道業界という「体制」のなかでさえ生きられなかった本物のヤクネタの奥深くを、醒めた視点で冷徹に分析する。その視点が徹底したニヒリズムを生み出す。実録路線の極北とまで呼ばれることになる所以であろう。

 それにしても力夫を演じる渡哲也の声がほんとにいい。しびれる。昔、とんねるずの石橋貴明がテレビの罰ゲームで石原プロで1日付き人みたいな企画をやった。そのとき、最後の仕上げに渡哲也を「テツ!」となれなれしく呼べと残酷な指令を下され、「なあテツ!」と呼んだところ、渡さんはやおらテーブルを蹴りあげ、あの声で「誰がテツじゃこら!」と怒鳴り、ビビった貴さんは脱兎のごとく退散していました。もちろん渡さんはどっきりの仕掛人でした。
 
 個人的に好きなのは原田芳雄の本に書かれた、渡哲也の趣味は焚き火というエピソード。原田芳雄は、それに匹敵する趣味は他にない、俺には難しいと吐露していた。

カッコいい人だ。
ご冥福をお祈りします。


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