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セックス、トラック&ロックンロール・あの娘にこんがらがって…9

シャッターの下りた音が、眠りに沈んだ住宅街を鋭利に震わせた。反射的に顔を向けた二人の中年男性は、シャッターを背にした制服姿の女子校生が足早にその場を立ち去っていくのを不審げに見送った。二人は、ワンボックスの社用車の運転席と助手席に仲良く座っていたが、制服を追うべきか、どうするかで意見を交わしたものの、鋭利に響いたシャッターの余韻が二人に強いたのは、店内への突入だった。嫌な予感がしたのだ。そもそも住宅街の裏通りというリスキーな場所に路上駐車をし、中古レコード屋‛ロスト&ファウンド‚を見張っていたのも、店主のサキへの二人の好意の顕れとでも呼ぶべきもので、二人の雇い主たる吉川からの指示により、サキが巻き込まれた殺人事件の後始末を高田馬場のホテルで遂行した二人は、始末をつけた一室から回収した遺体を下請けの処理業者へと配送を済ますと、只働きに成ることも厭わず、この場所へ立ち寄り、夜が開けるまで見守ることにしたのだった。何故なら、嫌な予感がしたから……。それは長く清掃業に従事してきた二人の経験上の感とでも言うべき何かを、その遺体の死に様から触知したからで、吉川の話では、自ら招いた厄介な状況下で迎えた危機を咄嗟の殺しでもって乗り越えたらしい女子高生のSOSで、その場に立ち入ってしまったサキの為に清掃に乗り出して欲しいということだったが、その遺体を見るや否やついさっき聞いた話の裏付けには成り難い事実を二人して共有するに至り、結果として巻き込まれたと覚しきサキが、このホテルでの危機を遣り過ごせたというだけで、この後も安全圏に身をおける保証はどこにもないのではないかと思えたからだった。というのも、遺体のどこにも抵抗した痕がなく、見事なまでに腹部の深層にまで達し抉られたたナイフの刺し傷を致命傷に、頭頂部の傷はその流血の鮮度からおそらく死に際に先端が凹んだシャワーヘッドを叩き付けて出来たモノに違いなく、その理由はおそらく男に襲われた際に、抗いながらたまさか手にしたシャワーで一撃し、怯んだところを逃げたとかなんとか抗弁するための後付けギミックっぽく二人には受け取れて仕方がなく、更にあの刺し傷はどう見ても味方だと信頼しきっていた男の手によるモノに間違いなく思えた。よって、これらの死に様と、吉川からの伝聞、つまりサキによるいささか曖昧な説明との乖離、そのことから判断するに明らかにサキはなんらかの蜘蛛の戦略に取り込まれ絡み取られつつある、そう思わざるを得なかった。だからこそ、二人はその時に店への突入を選択したという次第だったのだが、以前、同じように吉川から依頼された案件で知り合ったサキを、二人がこよなく気に入っていたという事実もまた、多分におおきかった。果たして、それは何故? それは二人にしても分からなかったが、無理矢理言葉を見付ければ、気に入った、そーとしか言い様の無い何かだった。それ故に、気になったのだ、駆け付けたのだ、踏み込んだのだ。二人は、ホモ。人呼んで家康に吉宗と云った。

果たしてどんな結末を拵えようとしていたのかその心中は窺いしれないものの、川崎が‛ロスト&ファウンド‚に到着した時には、男の死体もサキの姿も見当たらず、そもそもさーどーぞとばかりに地面から浮き上がったシャッターを見るや否や、遅きに逸したのを悟ったという次第だった。故に、自らはその場に立ち尽くし、同伴した同僚達を店内へ向かわせたあと、中途半端な高さで留まったシャッターを背にして空を見上げて吐息を吐いた。住宅街の戸建の屋根に切り取られた広大な空のその一部に、彼女が何を見出だしたのかもまた窺いしれなかったが、実際のところはそこをキャンバスに見立てると、ざわめく心模様を抽象画のスタイルで叩き付け、そこから次の指針が読み取れないものかとその目を凝らしていたのだ。
その翌朝、サキは、寝心地の良いベッドで目覚めたものの、青ざめた血色の悪い見知らぬ若い女が自分を見据えているのに気付き、心底慄き、思わずこう叫んだ。
「誰よ、アンタ!?」
しかし、それが鏡に映る自らの分身であることに気付いたサキは、そんなにも惨めな容貌に至った原因がなんであったのかを徐々に思い出しつつあった……。
そう、この鏡張りの部屋を気怠く見渡している頃には、家康に吉宗のあの徳川ホモカップルに、どうやらどこぞのラブホテルに運ばれてこられたらしく、ということはここはおそらく吉川の所有するホテルに違いなく……、で、アタシは、店から救出された後、結局数日間をそこで過ごした。その間、何事も起きなかったし、JKの行方についても勿論情報はもたらされなかった。一度など、思い切って取り上げたスマホで、JKの着信履歴をリダイヤルしたい誘惑に駆られたが、そもそも着信履歴自体が存在していなかったことに気付かされる始末だった……。
アタシとJKの間に芽生えたつもりだった何かは、何から何までまがい物だったのかどーか、どーしても問い質してみたかったアタシは、その千載一遇のチャンスを逃したくない故に、その数日間、トイレに入る時も、シャワーを浴びる時も片時もスマホを手離さずにまさかの時に備えた。そう、考えれば考えるほど情けないけど、心の何処かでJKから連絡が入って、‛ごめんなさい‚とか、‛いろいろ聞いちゃったかもしんないけれど、あれは全部その場凌ぎの即興、そうジャズなの‚とかその手のフレーズが、アタシの心の何処かへストンって案配にハマっての大団円……、そんな瞬間を待望していたのだから、アタシ相変わらず甘ちゃんで、だからこそ付け込まれて、あんなことになったって訳ぇ……。
アタシは、カウンターのポータブル・プレーヤーで回るLPを眺めながら、そろそろ店を再開しようかどうか考えていた。
アタシは、あのJKに利用されかかった、ただそれだけのことなのだ。曖昧として、全貌が見渡せない作品の、思わせ振りに登場しつつも、生かしきれずに不意に姿を消した脇役ってだけの存在、ただそれだけのことなのだろう……。
プレーヤーが奏でるLPの歌声にこの身を委ねた。『ザ・タイガース╱ヒューマン・ルネッサンス』が流れていた。最初からB面をプレイしていたのか、いつの間にか裏返していたのか、我ながら定かじゃなかった……、
“朝に別れのほほえみを„
ヤバかった。ぬくもりの様にアタシに寄り添いながら、その終わりをもまた感じさせたからだ……。
続く

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