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はは、はしる


はは、はしる について

「はは、はしる 逃亡ひとり旅日記」は、
母親歴7年、36歳会社員・じぇっきゃによる、旅行エッセイです。
内容は、2024年3月23日に「吉祥寺ZINEフェスティバル」において紙の本で発行するものとほぼ同じですが、2点違うところがあります。
・写真を1点増やし、キャプションをつけました
・ホテル名などの情報を一部消しました

以上の点、ご了承ください。

紙の本で読みたいなあ、という方は、各種イベント、もしくは
こちらの通販でどうぞ~(3/24販売開始予定、在庫なくなり次第終了です)
→ https://jetcat.booth.pm/

この文章を書くことになった経緯は、こちらの記事に書いてあるので、よかったらご覧ください。↓


はは、はしる 逃亡ひとり旅日記

はじめに

「お母さん」は、忙しい。

こどもを産んで、はや7年になる。
たかが7年、されど7年。小学6年生が大学生になってしまうような長い長いこの期間、わたしは、多くの「お母さん」になった女性たちと同じく、  「自分」をとりあえずどこかに置いて過ごしてきた。こどもより先に起きてお世話、急いで仕事をして、終わったらこどものお世話。寝かしつけで寝落ち。こどもがいなかったころ、長い夜をどう過ごしていたか、もうほとんど思い出せない。

そろそろ、自分が「お母さん」であることに慣れてきてもいいころだと思うのだが、まだまだ、自分がべつの生き物をこの世に産み出して、そして育てているなんて、信じられないような気持ちで、毎日やみくもに、走りつづけている。
いやあ、「お母さん」ってすごいなあ。大変だなあ。

え?いやいや、
長くね? つらくね?
もうちょっと「自分」のこと、しても、よくね?
そろそろ、「自分」が死にそう!

そんな時に、わたしは逃げるように旅に出る。
はじめは近く、だんだん遠くに。
本書は、その逃亡ひとり旅の記録である。



一泊二日 水道橋


 コロナ禍が勢いを増していた2020年12月、上半期から続いた自宅待機などの疲れが限界に達していたわたしは、夫に交渉をもちかけた。家族から離れて自由になる時間をとるため、1泊ずつ交代で外泊をしてリフレッシュしない? と。
 夫も、なにか息詰まったものを感じていたのだろう。その提案はすんなり通って、先にわたしがひとりで外泊することになった。

 外泊! ひとりで外泊なんて、独身のときもあまりしたことがなかったし、最近では数年前に夫と大喧嘩して財布だけ持って家を出た時以来だ。その時は、最寄り駅近くのビジネスホテルに1泊した。素泊まりで、ただお風呂に入ってテレビを見てひとりでスマホを眺めながら寝ただけだったが、天国みたいだった。久しぶりにベッドをぜんぶ使ってぐっすり眠り、翌日は心も軽くなっていたように思う。またあのスッキリした朝が迎えられるなんて…。

 さて、どこに泊まろう。土日だと、家に残った側がこどもの世話をする時間が長くなり大変なので、外泊は平日。つまり翌日には出社しなければならない。会社に行きやすく、かつ非日常感が味わえる場所… ということで決めたのが、会社から歩いて行ける水道橋駅、東京の中心・東京ドームのとなりにそびえたつ、東京ドームホテルだった。

 ジャニオタであるわたしは、東京ドームホテルに憧れをもっていた。ジャニーズのコンサートが東京ドームで行われるとき、ドームホテルの客室の窓には、宿泊しているファンによってたくさんの飾りつけがなされる。公式グッズのうちわなどだけではなく、黒い紙を切り取って作ったメッセージや、イルミネーションまで。コンサートが終わって駅まで歩く途中で、その窓たちを眺めるのがひとつの楽しみだった。

 東京に住んでいる以上、「あの光」のひとつになることはない、と思っていたけれど、今ならその体験ができる。幸い、コンサートのない平日の宿泊料金はかなりオトクだった。

 待ちに待った宿泊当日。チェックインは3時からだが、最大限に旅の気分を出すため、有給休暇をとって午前中に家を出た。まっすぐ向かったのは、ホテルではなく、東京ドームシティの楽園こと、「スパ ラクーア」である。

 スパ ラクーアは大好きな施設だ。サウナがいいとか、ヒーリングバーデ(岩盤浴)がいいとか、いろいろな点があるけれど、何よりも、女性をメインターゲットにしていることが丸わかりなところがいい。キャッチコピーからして「キレイが、さめない」である。館内も女性やカップルがかなり多く、女性専用の休憩場所があったりと、女性がひとりで行っても気兼ねなく楽しめるようになっている。男性がメインターゲットになりがちで、男性専用なんていうのも多いお風呂施設においては、貴重な存在なのだ。

 お風呂とサウナに入り、アカスリに身を任せてアカチャンレベルに全身つるつるにされたあと、館内着に着替えてなんとなく南国っぽい休憩所でビール。窓からは東京ドームシティが見下ろせる。最高。

 その後も何度かお風呂に入ったりモヒートを飲んだりちょっとウトウトしたりして夕方まで過ごした。

 すっかりゆるみきった状態でホテルのチェックインを済ませると、「プレゼントです」といって小さなボールのオーナメントをひとつ渡された。もうすぐクリスマスだからか。家ではまだクリスマスツリーを飾っていない。こどもと一緒に飾ったら喜ぶかな、と思いながらポケットにしまった。

 外が見えるエレベーターに乗り、中くらいの階層に向かう。案内されたのは、大きな窓からさきほどまでいたラクーアと東京ドームを眺められる部屋だった。思ったより広いしキレイ! やっぱり高いところからの景色にはテンションが上がる。ちょっと窓辺にひざを立てて座ってみたり、自撮りしてみたりした。

 ホテルでの夜には、あの動画を見ようとか、この本を読もうとかいろいろ準備してきたのに、お風呂に入りすぎたのか、もう眠い。夕食を軽く済ませて、バーで1杯飲んで部屋に帰ってきたら、すぐ寝てしまった。ぜんぶ自分のペースである。ストレスなし。最高。

 翌朝は、チェックアウトしてそのまま徒歩で会社に向かった。東京ドームから会社までは徒歩10分くらい。改めて、小さな旅行である。そうだとしても旅行先から仕事に向かうなんて、ふだんのわたしだったらぜんぶ嫌になってもおかしくなかったが、足取りは軽かった。会社に着くと、同じ部署の人が「平日に近くのホテルになんで泊まるの?」みたいな質問を投げかけてきた。この解放感がわからないなんて、ふだん育児や家事をしてないと宣言しているようなものだ。かわいそうだなあ。

 つぎにもし外泊の権利がもらえたら、こんどはゆっくり二日休みをとって、温泉付きの旅館かホテルに泊まろうと考えながら家に帰った。浴衣でゴロゴロするのもやってみたいし、もっと「おこもり感」があってもいいかと思ったのだ。

 1日半ぶりに会ったこどもは、なぜか記憶より大きく見え、そしてめちゃくちゃ可愛かった。ホテルでもらったオーナメントを渡したら、「宝物だ!」と言って、背中がチャックで開くタイプのダッフィーのぬいぐるみの中にしまっていた。

 ちなみに、夫の外泊は新宿にしたらしい。映画を連続で見て、そのまま近くのホテルに泊まって、とても楽しかったそうだ。よかったね。

東京ドームホテルからの景色



一泊二日 箱根


 二度目のチャンスは、突然訪れた。2021年8月、急に夫が「実家にこどもと2人だけで帰省する」と言い出したのだ。夫とこどもが2人で帰省するのは、こどもが生まれて5年、初めてのことだった。

 なぜそうすることにしようと思ったのかは、わからない。たぶん、その時わたしにムカついて一緒に帰りたくなかったとか、前月にわたしがこどもを連れて北海道の実家に帰った時になにか思うところがあったとかだと思うが、追及はしなかった。わたしがまったく反対せず、その間外泊していいかと聞く前に夫から「どこか旅行でもいけば」と言われた。バレている。

 しかし、月末まではあと二週間ほど。お盆を過ぎているとはいえ、夏休み中の時期に、ちょうどいいところは空いているだろうか…。

一泊二日、夕朝食付き、東京からあまり遠くない温泉地で、ひとりで泊まれるプラン…。予算は、スーパーセールで貯めまくった楽天ポイント2万円ぶん。

 予約に使う楽天トラベルは、予約のしやすさ、ホテル情報の見やすさなどからとても気に入っているのだが、複数の地域を横断して宿泊施設を検索することができない。出張など、地域が決まっている時にはいいが、今回のような「どこでもいいからこの条件」というような検索が難しい。なので、まずは地域を絞らなくてもいい「一休.com」で泊まりたいホテルを探し、トリップアドバイザーと公式サイトで詳細や口コミを見て、楽天トラベルで予約できるプランを探す…という手順をとった。

 わたしは「検索」が大好きだ。小学6年生で学校にパソコンルームができたとき、無理やり友達を5人集めてパソコンクラブを立ち上げ、毎日好きなゲームや音楽のことを検索しまくっていた頃から、たぶん他人より検索が好きだし、得意だ。tofubeatsの「おしえて検索」に心から共感していたこともある。「旅行は準備が楽しい」の「楽しい」は、わたしの場合9割くらい検索のことであるといっても過言ではない。

 そんな、鬼のような検索=鬼検索のすえ、箱根小涌園の「天悠」を選んだ。決めては、露天風呂が「インフィニティ温泉」なる景色がよいものであるところと、おひとりさまプランがあったこと。口コミも女性ひとり旅のものがいくつかあった。それと、コロナ禍真っ最中だったこの時期、夕朝食が部屋でとれるプランが選べたのはありがたかった。

 当日、宮城県へと出発する夫と子供を見送った私は、意気揚々と新宿駅へ向かった。 箱根湯本へ行くのには、ロマンスカーを使った。 せっかくなので先頭の展望席に乗りたかったけれど、予約がギリギリになってしまったので、普通席しか空いていなかった。だけど、どの席でも車窓からの景色がよく見えるように設計されており、十分に旅行気分を楽しむことができた。隣の席に人が来なかったのもラッキーだった。

 今回は旅行の写真をたくさん撮りたかったので、初めてぬいぐるみを連れて行ってみることにした。本当は、ジャニーズの担当である菊池風磨さんの小さいぬいぐるみを持って行きたかったのだが、ちょっと考えて、やっぱりくまきちのぬいぐるみにした。これなら後で子供にも写真を見せられると思ったからだ。

 ひとりで旅行する時、私はスマホで適当にだが、写真をけっこう撮る。自撮りもする。 少しだけ SNS にあげるけれど他は誰に見せるでもなく、自分で後から振り返るために撮っている。自分の顔の変化も楽しんでいる。

 そう思うと私はわりかし、自分の顔が好きなのかもしれない。自撮りをし始める中年はヤバいと言われているのを見たことがあるからちょっと怖いけど、私の自撮りは今に始まったことでなく、自撮り歴で言えばもう20年以上になる。

 中学2年生の時、初めて携帯を手に入れて、それがJ-PHONEから出たばかりのカメラ付き携帯だったので、興奮していろんな写真を撮った。画素数は30万くらいだったような気がする。景色や、動き回る猫なんかはまったくうまく写らなくて、一番多く撮ったのが自撮りだった。頭が少し切れるように写したほうが顔が小さく見えるとか、斜め上から撮ったほうがいいとか、加工アプリもないなか試行錯誤してどうにか大人っぽく見えるようにがんばっていた。

 当時は SNS もなかったので、謎のサイトに登録してメルマガの運営をしていた。 自撮り写真とともに、中学生女子のくだらない日常を発信していたのだが、あの時代にしてはけっこう読者がいたように思う。たぶん変態のおじさんたちだったのだろう。今考えると結構怖い。その他にも私はこどもの頃いろいろと危ないことをしていた自覚がある。もし子供が14歳くらいになって(あと7年しかない!)自撮り写真を知らないおじさんたちにばらまいていたら確実に止めると思う。

 だけど今、ネットで友達を作ったりすることにもつながっているので、インターネットで他人と交流することも悪いことばかりではないなと思う。    

思ってみれば現在、飲みに行ったりする友達のほとんどが、インターネットでやり取りをしてから仲良くなった人だ。親に言ったら驚くだろうか。

 くまきちと一緒に自撮りをしながら外の景色を眺めていると、箱根湯本に到着した。 やっぱり近い。 駅前のお土産屋さんを眺めてから最初の目的地へ向かった。

 子供と一緒には行けない場所というのは様々にあるが、私が好きな場所のなかで子供と一緒に行けないナンバーワンは、美術館である。こどもが赤ちゃんの頃一度だけ、ベビーカーに乗せて美術館に連れて行ったことがある。たしか建築系の企画展だった。お昼ご飯を食べさせたあと美術館に着くように計算して行動し、見事、お昼寝をさせている間にゆっくりと展示を見ることができた。だけど、いつ起きるかと常にハラハラしているのはもちろん、ベビーカーではゆっくりとミュージアムショップを見ることもできず、カフェに寄っても広い席が空いていなかったりと、苦労した。文化的な休日…感はまったくなかった。

 自分で歩けるくらい大きくなったら、今度は静かにしていられないので、美術館になど連れて行けるわけがない。 子供の好きそうな展示に連れて行ったこともあるが、興味を示してくれないとすぐ通り過ぎてしまうので、自分が興味があってもゆっくり見ることはできない。とにかく、子供と美術館は相性が悪い。だから、今回の箱根では、好きな美術館に行って好きなだけ滞在することに決めていた。

 最初に向かったのは、「星の王子さまミュージアム」である。箱根には何度か来たことがあるのだが、なんとなく地味なこの施設に一緒に行ってくれる人はいなかった。サン=テクジュペリの名作『星の王子さま』をテーマにしたミュージアムだが、『星の王子さま』を特に知らなくても、インスタ映えというもののために訪れる若い女性が増えているらしい。園内のあちこちに、こだわって写真を撮っている若い人たちが見受けられた。

 景色もとても綺麗だったが、私が一番時間をかけて見たのは、サン=テクジュペリの生涯を紹介する展示 だった。最後まで見終わって、本当にひとりで来てよかったと思った。こどもとでなくても、他のだれかと来ていたとしたら、こんなにじっくり読むことはできなかっただろう。現に、先ほど写真を撮っていたカップルや若い女性のグループは、わたしが熱心に展示されている文を読んでいる後ろを、さっさと通り過ぎていった。
 サン=テグジュペリは、小説家であり、飛行家だった。『夜間飛行』や『星の王子さま』を読んだ時に私が想像していたサン=テクジュペリの人物像は、孤独で静かな男性だったのだが、実際は裕福な家庭に生まれ、家族に囲まれて、飛行機に乗ってさまざまな土地へ行き、最期は…と、かなり激しい人生だったみたいだ。

 写真には、戦闘機に乗る精悍な青年が写っていて、この人が小さなバラやハシバミやバオバブのお話を創造したんだと思うと不思議な気分になった。あたりまえのことだけれど、戦争は最悪だとも思った。

 じっくり展示を見た後は、館内のカフェでレモンを入れると色が変わるバタフライピー の紅茶を飲んだ。 『星の王子さま』の世界にとても合っていると思った。

 ミュージアムショップで散財しそうになったが、ハンカチ一つで我慢した。ひとり旅の不便なところの一つに、荷物が増えると大変だというところがある。 旅行でなくても普段から荷物が多い私は、特に気をつけなければいけない。もし次の日ちょっと歩くところに行きたくなったりしたら、めちゃくちゃ疲れてしまう。おみやげは最小限にするのがわたしのひとり旅がうまくいくコツかもしれない。

 ミュージアムを出るとホテルに向かった。 箱根は車がなくてもいろいろな施設を行き来できるのでとても便利だ。山を上るバスは、時間を合わせるのが少し面倒だが、ゆっくりできる旅の時はいい。

 私はバスがけっこう好きだ。ちょっとメンタルがやばくなって電車に乗るのがつらくなった時期も、バスは大丈夫だった。なぜかはわからないけど、外が見えるから移動している実感があるからかもしれない。 揺れ方で人生の意味もわかるしね。

 箱根小涌園には、ユネッサンという温浴施設がある。水着で入るお風呂のテーマパークのようなところで、家族連れには大人気だ。私も大学の頃、友達とグループで来たことがあった。天悠はユネッサンと渡り廊下で繋がっていて、宿泊者はユネッサンを自由に利用できるらしい。迷ったのだが、今回は美術館を優先させたかったし、リゾートっぽいプールにひとりで入る勇気はまだ湧かなかった。どうやらこのラインがわたしの「おひとりさまレベル」らしい。ユネッサンへの道を通り過ぎて、天悠にチェックインした。

 念願の温泉旅館だ。この日のために、初めてサウナハットを買った。サウナハットをかぶっている人は、「おひとりさまのプロ」っぽい感じがするからである。部屋に荷物を置いて、さっそく温泉に向かった。途中で、館内でやっている体験教室の案内を見つけた。箱根といえば、の、寄木細工のコースターを作る体験みたいだ。こどもがいたら一緒にやりたいなと流しそうになり、少し考えて、べつに私がひとりでやってもいいじゃん! と思い直した。お風呂の後に申し込みに行くことにする。

 インフィニティ露天風呂はとても気持ちよかった。山の景色がすばらしく、サウナの窓からもその景色を見ることができてとてもよかった。

 お風呂ではひとり旅であることはまったく関係なく思える。夫婦やカップルで来ていても、女風呂ではみんなひとりだし。 私のこどもは、小さい頃から温泉や銭湯に連れていっているせいか大きいお風呂を嫌がることはないけれど、特に露天風呂では長時間遊んでしまい、いつまでも上がらないので、一緒に入ってちょっと具合が悪くてのぼせたりするととても困る。

 実はわたしはお風呂がとても好きなわりに、すぐのぼせるのだ。だから友達と温泉旅行に行くのもちょっと躊躇する。せっかく温泉に来たのならお風呂に長く入ろうという人もいるはずだと思うからだ。私の母親がそのタイプで、こどもの頃、家族で温泉旅行に行くと母がずっと露天風呂に入っているので、それにつきあってよくのぼせていた。今考えると迷走神経反射みたいになっていたことも何度かあった。子供って親に合わせてけっこう無理するものだよね、と思う。

 お風呂から上がって、寄木細工の体験を申し込もうとフロントに行くと、コロナ禍であるために今、体験は中止しているのだそうだ。代わりに、自分で寄木細工のコースターが作れるキットが売店に売っているというので、売店をのぞく。売っていない。売り切れかもしれないが、気持ちがしぼんでしまったので特に問い合わせしなかった。 代わりに明日、駅前で 寄木細工を何か買おうと思った。

 フロントの近くには飲み物が数種類置いてあった。めずらしいお茶などが多く、バタフライピーティーもあった。流行っているのか?  色が変わるのが面白いのでまた飲むことにする。ロビーに置いてある箱根の観光雑誌を読みながら、バタフライピーティーを2杯飲んで部屋に戻った。

 夕食のお弁当はもう運ばれてきていた。 持ち込んだビールを飲みながら、高級お弁当をつまみ、テレビを見たり、ビールを飲みながら浴衣をてきとうに脱いで部屋の露天風呂に入ったりした。露天風呂でスマホをいじっていると、クラブハウスで唐木元さんが喋っていたので、勢いで参加してみた。これも普段家にいて子供が近くにいると簡単にはできないことだ。

 唐木さんは仕事でお世話になった方だけれど、友達の友達でもあり、クラブハウスでもたまに話をしていた。今、ひとりで温泉旅館にいるんですよ、と言うとなぜかちょっと家族仲を心配された。家出したと思われたのだろうか。まあ似たようなものかもしれないけど。

 そのまましばらくクラブハウスで雑談を聞いていたが、 またのぼせそうになったので切って、少し無音の部屋でぼーっとした。

 せっかくひとりでゆっくりしているのに、結局誰かと喋りたくなってしまうのは、なにか悔しい。私はいわゆる寂しがり屋なのかと思ってちょっと落ち込んだ。結局かっこいい「おひとりさま」に憧れているダサい人間なのかもしれない。こどもは今どうしているかと思って夫にLINEしたが、まったく既読にならなかった。

 翌朝も二度ほど部屋の露天風呂に入ってから大浴場に行った。サウナハットは忘れていった。

 早めにチェックアウトして、ポーラ美術館に向かった。ずっと来たかった美術館だ。入り口から美しい。建物も綺麗だ。モネの展示をやっていたからか、思ったより混んでいた。ミュージアムのレストランでケーキでも食べたいな、と思ったけど、混んでいて入れなかったので、カフェオレだけ買って飲んだ。

 ミュージアムショップに寄木細工のピアスがあったので、買ってすぐつけた。 耳たぶのピアスをつけるのは久しぶりだった。

 私はピアスの穴が左右合計で6個開いていて、普段は左耳軟骨の2つだけをずっとつけている。耳たぶのピアスは、子供が赤ちゃんの頃に、引っ張られるのでつけるのをやめていた。 今はもう子供は耳を引っ張ったりしないのでつけてもよかったのだが、なんとなくつけないのが習慣になってしまっていた。こうやって少しずつ自分というものを取り戻していくのかもしれないなと思った。フィールヤングっぽい。

 寄木細工の雰囲気はすごく好きだ。ミュージアムショップに木で作られた(これも寄木細工というのかわからない)かわいいミニチュアのティーセットがあったので、買おうか迷ったすえやめた。だけど、バスに乗っているうちにやっぱり買えば良かったなあと思い始めたので、強羅駅のお土産店で探してみた。何軒か回ったが全然売っていなくて、最後に入った 「さいとう」と書いてある店で見つけた。先ほど見たミニチュアのティーセットや、碁盤なんかもあった。お店の人に、これをくださいと言うと、もう、ひとりの職人さんしか作っていないから貴重なものだよと言われた。次に来た時はもう1種類買おうと思った。

 暗くならないうちに、またロマンスカーに乗って東京に帰った。夫と子供が帰ってくるのは次の日だったので、その日は家でもゆっくりすることができた。だけど、もう寂しくなっていた。こどもと2日間も離れているのは初めてだった。1時間も一緒にいれば、うるさくてかなわないと思うようになるのに、少し離れただけでこんなに寂しくなるのが不思議だった。いつかこどもと離れて暮らすようになったら、抜け殻みたいになってしまうのではないかと不安だ。それまでにひとりで楽しめることをたくさん見つけておかないと。いや、ずっと出て行かない、というのも怖いな…、と思った。


バタフライピーティー

一泊二日 仙台


 23年夏は、コロナが少し落ち着いて、世間のムードも、わたしも、出かけようという気力が出てきたような時期だった。Sexy Zoneの長年のファンである私は、初めてコンサートツアーの東京公演に全落選するという経験をした。唯一当選したのは、宮城公演であった。もし当選したら、仙台に住む弟の家にでも泊めてもらおうかと軽い気持ちで申し込んでいたのだが、まさかここだけピンポイントに当たるとは思っていなかった。他の地域はすべて落選したからしょうがないということを武器に、泊まりでの遠征を許してもらった。

 お互いの趣味に寛容なのは、うちの夫婦の最も良いところだと思う。こどもが産まれて半年くらいの頃、夫はオザケンを追いかけて二泊三日でフジロックに行った。その時はまだワンオペがつらかったので、わたしとこどもの世話をしに実家の母が東京に来てくれた。でもそのことはまったく恨んだりしていない。夫もわたしも、趣味を制限されたら死ぬと思っているタイプだからだ。

 うちの夫は飲み会やイベントが大好きで、最近はDJを熱心にやっていることもあり、昼から出かけて終電で帰ってくる(こない)なんてことはザラにある。その場合、わたしは一日中子供と過ごし、寝かしつけ、次の朝の準備までするということになる。もし夫がその晩どこかに泊まってきてもスケジュールは一緒だ。

 つまり、私と同程度に育児ができる夫は、私が一晩どこかに泊まってきてもそんなに困らないのではないかと思うのだが…。まあ、だからといってほいほい外泊されるのも嫌なので、自分もしないでいる。

 日曜日の公演に当選したので、こどもの学校にお迎えに行けるよう、月曜日の昼には東京に帰ってくるスケジュールをたてた。公演に間に合うように家を出ればいいと思い、余裕だななんて表いたのだが、なんと仙台駅から会場に向かうシャトルバスのチケットが朝10時の便しか取れなかった。

 仙台でよくアリーナコンサートに使われるセキスイハイムスーパーアリーナは、 仙台駅からかなり遠い場所に位置している。電車と徒歩でも向かえるのだが、駅から30分以上歩かなければいけないので、体力のない大人のわたしは、必然的に仙台駅からタクシーかバスという選択肢を取ることになる。予約できるタクシーは、当選情報が出た時点ですでにいっぱいで、公式のシャトルバスに応募するしかなかった。

 10時に仙台駅発のバスに間に合うためには、東京駅を8時頃に出発しなければいけない。つまり、家を出るのは7時頃。登山に行く時みたいだ。

 生まれて35年ほど早起きが苦手だった私だが、なんとこの4月から毎朝子供を小学校に送るため6時半に起きていたおかげで、この日も6時にすんなり起きることができた。

 早起きができるようになったのは、こどもが出来てよかったと思うことのひとつだ。ひとり暮らしの時は、休日なんて昼から始まるものだった。ひどい時は夕方にやっとベッドから出て、飲みに行って帰ってきて終わりという感じだった。早起きすると1日が長い。午前中に仙台についていることも余裕なのである。

 そういうわけで、10時に仙台駅発のシャトルバスに乗った私は、11時前にはセキスイハイムスーパーアリーナの前についていた。ここから、13時の公演スタートまでの空き時間が大変だったのだが、それは「おとな交換日記」に書いたのでそちらを読んでほしい(宣伝)。

 コンサート後、仙台に戻ったら弟と会ってご飯を食べるつもりだったが、弟がその日仕事になってしまったため、会えなくなった。弟と会う時は常に肉を食べることになっているため、当然のごとく牛タンを食べに行こうと思っていた。10年ほど前に両親が数年間仙台に住んでいたことがあり、夫も宮城県の人間なので、帰省の際に仙台で牛タンを食べることはよくあった。その際は子供連れなので、「利久」などの席が広いチェーン店を選ぶことになる。子供向けのメニューもあるし、安心だからだ。だけど今日は違う。私が代金を払うことを前提に爆食する弟もいないし、少しだけ高級な牛タンを食べてもいいのではないかと思った。

 だが、私は仙台の土日をなめていた。インターネットで調べることができるような有名なお店はすべて満席で、ひとりでも入り込むことはできなかった。アーケード街をうろうろしているうちに空腹の限界を迎えてしまったので、空いていた居酒屋で少しだけ牛タンと刺身を食べてホテルに向かった。おいしかったけれど、少しだけ負けた気分。鬼検索なんていきがっていたのが恥ずかしい。

 今回泊まることにしたのは、かの有名なドーミーインのグループの和風のお宿。新しくできたようで、すごく綺麗だった。玄関で靴を脱ぎ、下駄箱に入れるシステムで、館内はすべて畳敷きになっている。リラックスできるとも言えるし、簡単に逃げられないとも言える。ちょっと不安になるのは心配しすぎだろうか。

 コンサートが行われる日だったからか、部屋は満室で、少し狭めの部屋しか空いていなかった。ひとりなので十分なのだが、前回泊まった箱根の部屋が広すぎたのでぜいたくになっている。

 最上階にあるお風呂に入った後は、休憩所に置いてあったアイスを食べながら、これも休憩所に揃っていた『サ道』を読み始めた。3巻まで読んで、少し飽きたのでゲーム友達とDiscordで音声通話をした。また、またである。私は結局、ひとりでいると誰かと話したくなってしまうのだ。ずっとひとりでかっこよく過ごすことはできないのだろうか。ゲームをしながら通話していたら眠くなったのでそのまま寝た。

 翌日は月曜日、ちょうど仙台で巡回展をやっていた「刃牙展」を見てから、昼の新幹線に乗った。東京駅でも時間があったのでグランスタで少しビールを飲んだ。旅行気分から戻りたくなかったのかもしれない。

 帰り道、わたしのひとり旅は、夕食やその後の晩酌がちょっとさみしいんじゃないかと考えた。通話をしながら缶ビールを飲むのも、普段はできないのでとても楽しいのだが、せっかく旅行でいろいろな地域に行くならば、もう少し勇気を出して地元の居酒屋とか美味しいものを食べに行ってもいいんじゃないかなと思った。最初は、ひとりでベッドを全部使えるだけで喜んでいたのに、欲が出てくるものである。


刃牙展

二泊三日 盛岡からの箱根アゲイン


 仙台に遠征した私は、はっきり言って調子に乗っていた。もう夫と子供を置いてひとりでどこへ旅行に行っても余裕だろうという感じでいた。そこへ、今年も夫が子供を連れて2人で帰省するというのでありがたく了承させていただいた。

 期間は、お盆ど真ん中の8月12日から15日。15日に東京で用事があったので、12日から14日まで2泊3日でひとり旅をすることにした。

 東京から仙台までは、夫と子供と3人で移動した。そこから私だけ、高校生の時に過ごした盛岡に足をのばすことになった。盛岡を訪れるのは5年ぶりである。

 盛岡駅に到着すると、外は激しい雨だった。駅前のホテルにしてよかったと思った。かつて高校生であった私たちの服を全部売っていた駅前のファッションビル・フェザンはすっかり様変わりしていて、お土産などを売っている店が増えていた。観光客が意外と多く、ちょっと入ったスタバでは外国人の姿が目立った。盛岡は、ニューヨークタイムズで「2023年に行くべき52か所」に選ばれたんだそうだ。なんで?と思ったが、昔の町並みが残っているところが多いから、とのこと。ニューヨークタイムズもマニアックなところを見つけてくるものだなぁ。

 雑貨屋さんで、南部鉄器で出来た土偶(炊飯器に入れると鉄分がとれるというやつ)と、宮沢賢治の小説をモチーフにしたマスキングテープのセットを買った。買ったあと、失敗をしたことに気づいた。前回誓っていた「荷物を増やさない」を、さっそく破ってしまった。しかも南部鉄器、けっこう重い。2泊3日なのにずっと持ち歩くなんて…。後悔しても愚痴を言う相手がいない。

 気を取り直してホテルにチェックインして荷物を置き、友達と待ち合わせている繁華街に向かった。開運橋を渡りたかったので、歩いて行こうと思っていたのだが、ものすごい雨が降ってきたので、アプリでタクシーを呼んで向かう。すぐタクシーを使うようになったので大人になってしまったなと思う。でも、子育てをしているとタクシーをけっこう使う。特にわたしは車を持っていないので、電車やバスが使えない微妙な距離の場所へ行くとき、天気が悪かったりすると、タクシーしか頼るものがない。最近はアプリで呼べるので本当に簡単になった。こどもも、学校から帰る時に疲れていたりすると「タクシーで帰ろうよ」と簡単に言ったりするので本当にやめてほしい。うちはセレブな家ではないということをどうやって教えればいいのか? 子育ては難しい。

 友達との待ち合わせ場所についた。懐かしの「川徳」前にある居酒屋だった。高校3年生の冬、川徳の向かいにあった洋服屋さんで水色のモッズコートを買って、それを着て受験のために東京に行ったことを覚えている。そのコートは今思い返してもなかなかおしゃれだったと思うけれど、ふだんの服装にはあまり合わなくて、東京に出てきたあと何かのきっかけで捨ててしまった。東京に行くからおしゃれしなきゃ、って張り切っていたんだな。18歳のわたし、かわいい。

 飲み会には3人も友達が来てくれた。それぞれに奇跡だった。3人とも子供が2人ずついて、とても忙しい。普段は盛岡に住んでいない友達もいた。たまたま帰省していたのだ。

 彼女は結婚してから義理の実家の近くに住んでいるのだが、子供を産んでから一度も夜の飲み会に行っていないと言っていた。つまり、5年ぶりぐらいの飲み会! そんな場に選んでもらってもらえて光栄すぎた。心から楽しんでほしいと思った。もうひとりの友達も、ひとりで夜出かけるのはとても久しぶりだと言っていた。やっぱり子供がいると、なかなか飲み会の機会がない。(母親は、である。これについては東京よりかなり偏っていると感じた)東京から友達が来ると言ったらやっと出られたらしいので、私も少しは役に立てたかなと思った。3人に渡そうと思って東京駅で買ったお土産は、ホテルに忘れてきていた。自分が嫌になる。また荷物が増えてしまった。

 会はかなり盛り上がり、「わたしたち、もうオバサンなんだから‼ 自覚しよう!」みたいな話で沸いた二次会の店を出た頃には、10時を過ぎていた。シメに盛岡らしく冷麺を食べたい! と言ったら、みんながいろいろな焼肉屋さんを回ってくれた。高校生のころ文化祭の打ち上げをした店、盛岡に引っ越してきて初めて行った焼肉屋さん…、5軒ほど回ったが、すべてその日の営業を終了してしまっていた。一軒だけやっていたが、観光客が長蛇の列を成していて入れず。「そういうとこだぞ、盛岡!」と言いながら解散した。

 悲しみに暮れながらコンビニに寄ったら、盛楼閣のコラボ冷麺が売っていたので、買ってホテルで食べた。写真を送ったらみんな悲しんでくれた。

 少し酔いが覚めた頃に大浴場に行くと、先客がひとりいた。空いていてよかったなと思いながらお風呂に入り、上がって体を拭いていると、その人に話しかけられた。丁寧に話しかけてくれたのだが、すごく訛っていてちょっと何を言っているかわからなかった。どうやら洗濯機の使い方がわからなくなってしまったらしいとわかり、教えてあげたらとても感謝してくれた。でも全部は理解できていなかったと思う。たぶん青森のほうの訛りだったと思う。

  次の日も早めに出発して 今度は再びの箱根に向かった。なぜまた箱根にしたのかというと、ポーラ美術館にもう一度行きたかったのと、会社の福利厚生で安く泊まれる宿が箱根にあったからであった。盛岡から箱根に行くのは少し面倒くさかったが、これも旅行の一部だと思えば意外と電車も楽しかった。今回はレモンサワーのぬいぐるみを持って行っていた。途中からしまいっぱなしだったけれど。

 ぬいぐるみや推しのアクスタと一緒に旅をして、ちゃんとところどころで写真を撮ってアップできる人は、本当にマメだと思う。リアルタイムでアップすれば、反応が来るから楽しいのだろうか。旅行は、リアルタイムで共有したら面白いだろうなあという気持ちと、居場所がバレたらちょっと怖いという気持ちがせめぎ合って、いつも中途半端な時間に投稿してしまう。「今ちょうどそこにいるよ‼ 飲もう!」みたいなこともちょっとやってみたい。

 箱根に着いた時も大雨だった。駅前の商店街を歩き回りたかったけど、雨で大変そうだったので駅前のタクシー乗り場から宿に直で向かった。

 宿には、おそらく10組くらいしか泊まっていなくて、わたしのほかの部屋はすべて家族のようだった。お盆なのだから当然かもしれないが、結果的にこれまでで一番注目されてしまうこととなった。

 部屋は家族仕様ですごく広くて、「旅館でゴロゴロ」を実現するには最適な空間だった。 その頃私は仕事でTikTokを始めなければいけなくなっていて、勉強するという名目で、夕飯の時間までとにかくずっとTikTokを見ていた。なんて無駄な時間だろうと思うが、普段はそんな時間もないのだ。

 平日は、学校から帰ってくると子供がYouTubeをテレビで見るのでずっとそれを一緒に見させられている。見るに耐えないものもあるが、スルーするか、素早く次の動画に誘導する能力は身につけた。だからテレビ番組も見なくなった。たまに自分のスマホでTVerやネトフリを見るくらいだ。悲しい。なので、友達と「大画面でアイドルを見る会」をたまに開いている。カラオケの推し活プランや、ラブホのパーティルームを貸し切って大画面でみんなのおすすめ動画を見る。めちゃくちゃ楽しいのでおすすめだ。

 夕飯は食堂での提供だった。部屋ごとにテーブルが分かれていて、ひとりで来ているのは私だけのようだった。3世代で泊まっている家族などもいて、特に年配の人がチラチラこちらを見ているのがわかった。健保の宿でひとり瓶ビール、それも金髪の女なのは珍しかったのだろう。ちょっと気まずい思いでさっと食事を済ませて部屋に戻った。まだ私には自信が足りない。ひたすらTikTokを見て寝た。

 次の日はまた雨。ポーラ美術館を訪れた。前回の反省をふまえ、いちばんにレストランの予約票を取る。展示を見たり館内でぼーっとしたりして過ごし、 優雅にランチを食べた。窓から見える中庭は、雨でもきれいだった。料理はちょっとだけしょっぱかった。

 それから、強羅駅前で前回ミニチュアのティーセットを買ったお土産屋さんに行って、碁盤セットを買った。もう、ひとりしか作る人がいないんですよ、と、前回と同じ話を聞けた。また来ますねと言って箱根駅前に戻った。もし、次に行った時になかったらすごく寂しいなぁと思った。

 2泊3日の間、夫にはちょくちょく連絡をしていたが、向こうから返ってくることはなかった。娘の様子を少し教えてくれてもいいのに、夫はいつもそうだ。どうやらいつもの子育てや仕事を忘れてほしいという気遣いのようだが、ちょっと寂しい。我ながらわがままだとも思う。

鉄の土偶は3個セットだった。重い

一泊二日 福岡


 季節は冬。夏に行ったSexy Zone のコンサートツアーの、追加ドームツアーが始まった。Sexy Zone という名前で回る最後のツアーだ。当然、全公演申し込んだのだが、福岡だけ1枚当たった。というわけで今回もひとりで福岡に行くことになった。さすがに夫がちょっと苦言を呈しそうになっていたが、夫も月6回ぐらい休みの日にDJをしに出かけているので、何も言わせなかった。

 福岡には仕事で二度、ライブで一度行ったことがあった。そう考えると私がひとりで行くところは、以前に行ったことがあるところばかりだ。これは明らかに私の性格に原因がある。

 とにかく初めて行くところにビビるのだ。そして、一度行けば安心して同じところに何度も行く傾向がある。居酒屋やランチもいつも同じ店に行く。ちょっとは冒険してみてもいいかなと思うけれど、気づいたらそうなっているのだ。

 福岡には飛行機で行った。例によって朝早く出て、昼に着くように羽田空港へ向かった。羽田空港へ行くのにはいつもリムジンバスを使う。昔は電車を乗り継いで行っていたが、こどもと一緒に空港へ行くようになり、一度バスを使ってからはもう電車には戻れなくなった。何も考えずに座っていればつくし、携帯の充電もできる。場合によっては電車より早く着く時もあるのだ。

 時間に余裕を持ってバスに乗り、羽田空港に着いたら2時間も時間が空いた。朝早かったのでまだ空港内のショップはやっていなくて、さっさと保安検査を通過してラウンジで過ごした。

 学生の頃、空港のラウンジになぜかすごく憧れていた。ゴールドカードを持っている大人しか入れないというイメージがあったので、かっこいいと思っていた。5年前くらいに会社で作らされたカードがゴールドだったので、無料で入ることができるようになった。最近はそういう人が多いのか、とても混んでいる。

 ラウンジでは黒酢ドリンクが無料なのでガブガブ飲む。健康にいいのか悪いのかわからない。どちらかというと悪そう。

 午後、福岡空港に到着。博多との近さにはいつも感動する。前回博多に来た時に、駅のお土産街「マイング」でずっとSexy Zoneの曲が流れていたのを覚えていたので、今回も行ってみた。 やっぱり流れている。歓迎ムードがとても嬉しい。勝手に感動して、梅ヶ枝餅を1つ買ってホテルに向かった。

 今回泊まるホテルは、札幌に出張で行った時に同じ系列のホテルに泊まってとても良かったので選んだ。まず、大浴場に露天風呂があるのがいい。部屋の内装も派手過ぎず地味すぎない可愛いものでまとまっていて、ビジネスホテルっぽくない。今回はレディースルームというのを選んだので、部屋にマッサージ機がついていた。他にも、ドライヤーが高級なものだったりして、キャッキャして遊んでいたら行く時間になってしまった。慌ててタクシーに乗る。

 Sexy Zone のドームコンサートは最高だった。初めてのドームでSexy Zone最後のツアー(これは後でわかることだが、中島健人さんがいる状態では本当に最後のツアーだった)とても感動的なコンサートだった。

 余韻もそこそこに、コンサート会場からタクシーで向かったのは「ブックバーひつじが」。11月に文学フリマに出展した時、隣のブースにトーキョーブンミャクという方たちがいて、そこで買った『酩酊読書』という本を書いた人が福岡でブックバーをやっていると教えてくれた。偶然にもすぐに福岡に来る機会が訪れたので、足を運んでみることにした。

 ひつじがの近くにはよさげな居酒屋やバーがいっぱいあって、楽しそうな場所だと思った。8時オープンの店に7時45分頃に着いてしまい、店の下をウロウロするという不審者的な行動をした。下の階のお店の人はさぞかし怪しがっていただろう。8時ちょうどを待ち、店のTwitterが更新されたのを見てすぐ階段を上った。

 当然だが、お客さんはまだ誰もいなくて、カウンターに座るのかテーブル席に座るのかドギマギしたすえカウンターに落ち着いた。ひとりでバーに入るのには慣れていない。カウンターには様々な漫画の1巻だけが並んでいて、そのどれもが面白そうだった。知っている漫画もたくさんあって嬉しかった。マスターは同世代かな、と思ったらやっぱり同い年だった。

 マスターおすすめの焼酎「なかむら」のお湯割りを飲みながら文フリの話などをしていると、お客さんが集まってきて、いろいろな話をすることができた。すごく楽しかった。

 ひとり飲みは、携帯や本を見ながらダラダラ飲むのもいいけれど、やっぱりそこにいる人と自然に会話が生まれるというのがなんかかっこいい。憧れていたことがちょっと実現して嬉しかった。Sexy Zoneの魅力も伝えられて良かった。また絶対行きたい。

 翌日、またマイングに寄っておみやげを買った。とんこつラーメンの入浴剤があったらおもしろいな、と思って探したけどなかった。マイングのお土産屋さんに聞いたら、「見たことないですけど、おもしろいので探して入荷します」と言っていた。次に行ったらあるかもしれない。空港でとんこつラーメンを食べて東京に帰った。

 北海道で生まれたわたしは、九州のことをとても遠いところだと思っていて、今回はすごく遠いところに行ったという意識があった。満足感が違う。

 家に帰ると、子供が「お土産は?」と要求してきた。明太子のキャラが書かれたハンカチと、ご当地ちいかわのキーホルダーをあげると喜んでいた。寂しかったとか、一緒に行きたかったとかは言わないのでいい子だと思ったが、それって大丈夫なのかな。きっと大丈夫だろう。


お湯割りがしみた

一泊二日 大阪


 博多に遠征した次の月、今度は大阪に行くことになった。夫はちょっと怒っていた。さすがに2か月連続はやりすぎだったかもしれない。一度ひとりで出かけると、すぐ次の機会のことを考えてしまう。海外旅行好きの人もそうであるという話を聞いたことがある。これは依存なのか? でも、いつもこどもと一緒に寝ていてベッドが狭いし、腰が痛いし、ひとりでぐっすり眠れる夜が本当に好きなので許してほしい。

 今回行くのは、7人組ボーイズグループBE:FIRSTのアリーナツアー、大阪公演だ。大阪に住んでいる友達と一緒に行くので、ライブはひとりじゃない。

 会場が大阪城ホールなので、すぐ近くのニューオータニを予約した。大浴場つきのビジネスホテルのほうが安かったので迷ったが、東京ドームと同じく、憧れがあったから決めた。コンサートで大阪城ホールにくるとすぐ目の前にある、あのホテルだ。1階にあるカフェで、大阪に住んでいた元カレとお茶を飲んだこともある。庶民が泊まれるようなところではないと思っていたけど、日曜日だったからか意外とお安く泊まることができた。しかも朝食付き。楽しみだ。

 大阪には新幹線で行こうと思っていたのだが、ちょうど航空会社のセールがあり、大阪までなんと片道7700円で行くことができたので、飛行機で行くことにした。伊丹空港を使うのは初めてだった。

 伊丹空港に着くと、イヤフォンがないことに気がついた。記憶を辿って、羽田空港の保安検査場でトレーに置き、そのあと使っていないことを思い出した。生涯で忘れ物を1億万回ぐらいしている私は、もう慌てなかった。羽田空港にコートを忘れて真冬の北海道へ行ったこともある。すぐに空港の忘れ物問い合わせフォームに登録をして、特徴を入力する。黄色い首掛けイヤフォン…。なくさないように目立つ色のものを選んでいてもこれだ。Air Podsなんて絶対失くすから買えない。

 とにかくこれで、似たようなものがあった場合には防犯センターから電話がかかってくるはずだ。こんなことばかりうまくなる。最初からなくさなければいいのに…。イヤフォンなし、というちょっと不安な旅の始まりになってしまった。

 ホテルのチェックインまで時間があったので、梅田の百貨店でやっているという台湾フェアを見に行くことにした。 実はお正月に台湾に行ったばかりで、台湾が恋しくなっていたのだ。確か阪急百貨店だと思って向かったのだが、やっていたのは阪神百貨店だった。紛らわしいにもほどがある! しかも駅をはさんで逆方向だ。時間がなくなってきて汗だくになりながら台湾フェアを眺め、漁師網のナイロンバッグを買った。

 結局、待ち合わせに間に合う時間のギリギリになってしまい、大慌てでニューオータニに向かった。チェックインすると、荷物を持ってくれる方がついて部屋まで案内してくれた。さすがニューオータニ。 汗だくで少し恥ずかしかった。部屋を観察する間もなく、すぐ待ち合わせの居酒屋に向かった。大阪城ホール近くのミライザカ。ふだんはあまりチェーンの居酒屋には行かないけど(四文屋はのぞく)、近くで昼からやっているお店が少なかったので選んだ。

 その友達は、高校のころの同級生で、会うのは久しぶりだった。子供が3人いて、インスタなどを見ていても日々とても大変そうだ。だけど大阪で開催されるライブなどにはけっこう行っているらしい。夫の実家が近いからできることだと言っていた。共通の友達が東京にめちゃくちゃ高くて狭い家を買った話などして過ごした。やっぱり東京の家の値段はおかしいなと思った。

 そうこうしているうちにライブの時間になったので大阪城ホールに向かった。席がとてもいいところで、大満足のライブになった。

 終わったあと、少しだけ感想戦をしようということになったのだが、近くに居酒屋がほとんどなく、カフェやファミレスもすでにしまっている。結局、先ほどのミライザカに戻った。店員さんが「二度も来ていただいてありがとうございます」と言ってくれた。2回目の冷やしトマト。

 昔からの友達とも、子育ての話をたくさんするようになった。高校時代からもう20年も経った。こどもたちもあと10年もすれば高校生になる。自分たちの若い頃の話と子育ての話が、つながる時が来るんだろうなぁと思った。

 私は親が転勤族で、小さい頃からずっと近くに住んでいる友達というのがいなかったのもあり、幼なじみというものになじみがないと思っていた。だけど、20年友達だったらもう 幼なじみだと言っていいのではないだろうか? 10年でもいいかもしれない。そういう意味では、今いる友達はもうほとんどが幼なじみだ。これからできる友達だって、20年つきあうかもしれない。人生は長いなあと思った。

 朝起きると、ホテルの部屋の外に新聞がかけられていた。すげえ。アメリカの映画とかで見るやつ。いちおうベッドの上で広げ、ふむふむと読んだ感じを出してそのままチェックアウトした。

 この日会ったのは、最近できた友達だ。2年前からやっているゲームで知り合った人たちで、直接会うのは初めてだけれどチャットや音声通話はしたことがあった。大阪に来たこの機会に会っておきたいなと思って約束をした。ひとりがJRの野田駅の近くで働いているというので、お昼休みに出てきてもらって、駅前のランチもやっている居酒屋を紹介してもらい、そこで初対面した。かなり地元感が強いお店で、そのセレクトも趣味が合っていてうれしかった。

 おでんがおいしいよ、と言われたので大根を頼んだのだが、「しゅんでないですけどいいですか」と言われ、大根の旬の時期っていつだったっけ?と思い、「いつでしたっけ?」と言ったら、「???」となってしまった。「しゅんでる」っていうのは「染みている」という意味だよ、と友達が教えてくれたので、やっと理解してみんなで笑った。大阪弁はテレビなどでよく聞くので、わからないことはないだろうと思っていたが、思わぬところでローカル感を味わっておもしろかった。おでんはとてもおいしかった。1時間だけ話して、伊丹空港に向かった。

 インターネットで知り合った人に会うのは、とても楽しい。スリルもある。たまにやばいやつもいる。けど面白い。ここ2年くらいはゲームの友達が増えて、たまに飲みに行く人もできた。友達が少ないわたしにとっては、いいことだと思う。

 ひとり旅ではあったけれど、ずっと友達と喋っている2日間だった。こどもの話ではなくて、自分の話ばかりしたのも久しぶりだったかもしれない。充実した気持ちで東京へ帰った。


新聞は種類が選べた

おわりに

 
 これで、2020年から2024年はじめまでのわたしの逃亡の記録は終わりだ。合計で6回。このほかに泊まりの出張に二度行ったり、友達との旅行に一度だけ行ったりしているが、それがわたしの家族旅行ではない外泊のすべてである。多いと思うだろうか、少ないと思うだろうか。

 何度かひとりで旅行してわかったのは、私はわりと喋るのが好きだということだ ひとりでいるのは好きだけど、ずっとひとりはつらいというわがままなタイプ。でも、そのバランスをこれからも保っていければいいなと思っている。

次はどこに逃げようかな。

著者近影


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