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哀・ヘルメット。

 中学生の頃だった。田舎の中学校は自転車通学が一般的で、安全面からヘルメットの着用が厳しく取り締まられていた。もう1つ田舎の中学校は縦社会であるため最高学年にもなるとこぞって調子に乗り出すこともあり、多くの生徒はヘルメットをかぶらなかった。
 だが私は頑なにかぶり続けた。黄色い風となって街を花粉が覆った日も、燦燦と太陽が輝いていた日も、薄っすらと金木犀が香っていた日も、カナダくらい雪が降った日も、3年間頑なにヘルメットをかぶり続けた。
 遡ると1年生のある日に心当たりがある。私は元々なぜかヘルメットが似合う顔たちだったので周りの人ほどヘルメットに恥ずかしさを感じていなかった。そんな私はヘルメットに救われたのだ。ある日の下校途中、踏切で電車が過ぎるのを待っているとヘルメットに衝撃が走った。衝撃と言ってもどんぐりが当たったくらいのものだったが、周囲に木は生えておらず、雨が降ったわけでもないので心当たりがなかった。踏切待ちで暇だったのでヘルメットの頭頂部を触ってみた。温かい何かが左手の指に付着した。確認すると白い液体だった。鳥のクソだった。私の地域ではバードミサイルと呼ばれている。この21世紀の日本でまさか爆撃からヘルメットで頭部を守ることになろうとは思わなかった。
 家について手とヘルメットを洗った。その日は不幸中の幸いとはこの事かと、備えあれば憂いなしとはこの事かと思いながら眠りについた。
 それからしばらくたって、私は自転車で街中を徘徊することに凝っていた。放課後、週末になるたびに街中の路地を探索しつくしていた。自分の知っている場所から知らない道を通って知っている場所に到達することに妙な高揚感を覚え、街中を縦横無尽に駆け回っていた。
 徘徊にも慣れてきた頃、私は山道も開拓することにした。小高い丘の上にある公園まで自転車を無理やり持ち込み、サドルに跨った。狭く粗い道に集中し、ペダルを踏んずけた。ガタガタとパンクしたような振動を受けながら山道を駆け降りていった。降り始めてすぐに視界の左側がひらけ、見たことのない景色が目に入った。隣町だ。緩やかにブレーキを掛けながら景色を見ていた私は視界を正面に戻した。次の瞬間ヘルメットの前部に衝撃が走った。ラリアットのような衝撃だった。巨人の鉄槌のような衝撃だった。しっかり自転車から転げ落ちた私は痛みに耐えながら山道に飛び出ている木の幹を確認した。
 自転車を押しながら山道を降り、家で怪我の手当てをしながら前方不注意とはこの事かと痛みを心に刻んだ。
 それからというものヘルメットは必ず被っていた。いつだってヘルメットは私の頭部を守ってくれた。道路脇の妙な段差に自転車のタイヤが擦れてバランスを崩した時も、民家の塀に頭が削られることから守ってくれた。踏切がなり始めてから自転車を漕ぎ始め、バーに閉じ込められる前に走り抜けるチキンレースの時も、ギリギリで頭部に接触したバーから私の頭を守ってくれた。
 時は流れ、3年生になった時、私のヘルメットは顎のアタッチメントが割れていた。私はそれをテープでとめてでもヘルメットをかぶり続けた。
 中学を卒業し、高校は電車通学になったこと、そもそものヘルメット着用の取り締まりから解放されたことにより私は3年間寄り添ったヘルメットからも卒業した。相棒のようなヘルメットをもう被ることがないのかと思うと少し寂しくなった。
 高校を卒業し私は大学へと進学した。大学生になった私はバイクで通学を始めた。中学の頃からレベルアップしたフルフェイスのヘルメットを被った私は無敵のように感じていた。
 中学時代のようなヘルメットの加護を受けることなく無事に大学を卒業した私はスペースコロニーサ〇ド3にて軍人としてモ〇ルスーツに搭乗していた。来る日も来る日もジーク・ジ〇ンという言葉を胸に作戦に従事し続けた。
 地球連○軍との決戦も終盤となったある日、ア・バ〇ア・クーにてモ〇ルスーツを破損した私はノー〇ルスーツでコックピットから脱出した。
 建物に入り、そこで私は敵と邂逅を果たした。1対1、お互いそこにあったサーベルで戦闘を開始した。激しい攻防の末、一瞬のスキを突かれた私は頭部に一撃を食らってしまった。ビリヤードのような正確な一撃だった。
 だが私は死ぬことはなかった。
「ヘルメットがなければ即死だった。」
 そう心の中でつぶやいた私はヘルメットへ感謝をしつつその場から逃げだした。

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 目を覚ました私は見知らぬ天井を見つめていた。

「先生!来てください!目を覚ましました!」

「目覚めて良かった。手足の感覚はあるかな?すぐにご両親が来るだろう。」

「ここはどこですか?」

「病院だよ。君は山で自転車に乗っている時頭を強くぶつけて転落してね。先週運ばれてきたんだ。」

「山?それはもう何年も前の話じゃ。」

「記憶が混濁しているようだね。」
「無理もない。君は、、、」


「ヘルメットがなければ即死だった。」

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