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【エッセイ】冬の精霊、夏の亡霊

 実家の犬と出会ったのは、五百円のくじ引きだった。
 くじ引きとは、常に平等でなければならない。一等賞がなかったり、景品がなかったりすることは、絶対にあってはならない。ただ、平等すぎるのも考えものなのだ。
 元旦の話だ。ペットショップでくじ引きが行われた。今では想像できないが、一等賞は犬や猫といった動物だった。「ペットなど、うちで買えるわけがない」と、僕は子供ながらに思ったものだ。それも能天気に。
 だって当事者になるとは夢にも思わないのだから。無論、初夢にも出てこない。
 姉貴が一等賞を当てたのは、両親も祖父母にも、もちろん僕にも予想外のことだった。姉貴の豪運か、僕の傍観者意識か、はたまたペットショップの魂胆か。何から疑えばいいのか分からなかった。考える間もなく、景品――犬は僕ら家族の手に渡った。
 ところで、読者諸君は名付け親になった経験はあるだろうか。両親はある。そして姉貴にもある。うちの犬に「ポッキー」と名付けたのは、他でもない、姉貴なのだから。
 どうやら色合いがポッキーに似ていたらしい。だからポッキー。なるほど。仮に姉貴が柴犬を当てたら、名前はうんこになったかもしれない。
 こうして、ポッキーは僕の友達になった。ポッキーとの日常は、まあ多少なりとも騒がしくはあったが、それなりに充実していたように思う。親父や母親は、どこへ出かけるにもポッキーを連れて行った。一番最後にパーティーに加入したのに、いつしかパーティーの中心になっていった。そんなRPGあってたまるか。
 余談だが、僕は去年まで遊園地に行ったことがなかった。犬は遊園地に連れていけないからだ。僕は聞き分けの良い子供だったから、表立って、遊園地へ行きたいと騒ぎ立てたことはなかった。子供臭いと思い込んだ。所詮、見せかけの楽園なのだと信じて、疑わないようにした。
 今年、群馬と新潟の遊園地に行った。あまりに楽しかった。十九歳にして、初めてジェットコースターに乗った。喉が裂けそうなほど叫んだ。口角が上がった。純粋に楽しかった。子供さながらにはしゃぐ僕を見て、両親は満足そうに笑った。
 僕が心置きなく遊園地に行けたのは、もうポッキーを案じる必要がなかったからだ。人間だけで旅行を楽しみ、ポッキーだけペットホテルでお留守番することも、二度となかったからだ。
 強く雨の降る日だった。僕が外出しているときに、ポッキーは亡くなった。心臓が破裂したのだ。元々、病弱な体ではあった。覚悟はしていた。ただ、あまりに突然だったものだから、ひどく取り乱した。ひとしきり泣いて、死んだように眠った。死にたかった。
 その頃、僕は左足の前十字靭帯を切った。悲しむ暇もなく入院して、病院で二・三週間ほど過ごした。松葉杖をつきながら帰ってきたとき、爪が床を叩くような、あのチャカチャカという音が聞こえなかった。
 家族は、ポッキーのいない生活に慣れようとしていた。僕だけが置いてきぼりにされた気がした。無性に寂しかった。誰にも相談できなかった。
 ポッキーが亡くなってから、僕は小説を書くようになって、文学を究めるために関東へと引っ越した。ポッキーはおろか、家族さえも忘れる日々が続いて、清々しいのか寂しいのか分からぬまま、一年が過ぎた。
 自作ゲームのコンテストで好成績を収めたり、新人賞で一次・二次選考を通過できるようになったりして、着実に小説の能力を培ってきた。確かに成長してきた。
 ふいに、これで良かったのかと思うときがある。
 半生を共にしたポッキーは亡くなり、久々に会った両親はシワと白髪が目立つようになっていた。姉貴は体調が悪そうで、この前も救急車で運ばれたらしい。
 僕だって、少しばかり精神疾患に悩まされているが、残された家族の中では一番健康だ。その僕が、先の見えないことに時間を投資していいのだろうか。布団にもぐるたびに考える。一・二時間かけても答えが出なくて、ふっと考えるのをやめたとき、意識が落ちる。
 両親も姉貴も亡くなってしまって、僕だけが残ってしまったとしたら、握った筆を置いてしまうのではないか。
 怖かった。ただ怖かった。震えながら眠った。これ以上、誰も死んでほしくなかった。この前、祖母が亡くなった。眠りの浅い日が増えた。答えなんか出るはずもなかった。
 数日前、眠れないまま朝日を見た。自分が最初に死んでしまう気がした。
 
 よくポッキーが泊まっていたペットホテルがあった。そのブログが、まだ動いていた。
 今から十一年前の十一月、そこにポッキーがいた。意味のわからない台詞を当てられて、何を考えているか分からない表情で、ただそこに存在するように、ブログは稼働していた。
 生きていた。
 そのブログを見つけてから、半生をだらだらと喋るような、こんな取るに足らない駄文を書いている。小説甲子園の代表だからでもなく、文藝部の部員だからでもなく、他でもなく、自分のために。
 実績ばかりに目を向けて、自分を救えるような文章を、物語を書くことを忘れていた。それを思い出させてくれたのは、ポッキーだったというわけだ。
 写真を見ると、ゴールは過去にあるのではないかと錯覚するときがある。ここで「錯覚」と言い表すのは、今までの努力が無駄なのだと思いたくないからだ。でも過去を振り返るのにも努力は必要で、振り返る過去を紡ぐためにも、努力を絶やしてはならないのだ。ようやく気がついた。二年も使ってしまった。
 家族から、ポッキーが登場する小説を書いてほしいと頼まれている。丁度、そのプロットを仕上げている途中だ。
 物語の中なら、ポッキーは生き続ける。心臓が破裂することはない。最期を看取れないこともない。僕の思うままの、日常の楽しかった部分だけを切り取って、アルバムにできる。
 いずれ完成する。どこかしらの新人賞に引っ掛かってくれる。ポッキーはみんなのものになって、物語は次へ次へと受け継がれていく。その時代の波に、僕とポッキーはいる。
 僕ならできる。書ける。天才だから。

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