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本の内容を取り込みすぎてしんどくなる話

ハウツー本を読んで、まだ見ぬライフハックや考え方を知るのが好き。

けれど読み進めていく中で、ひとつ問題が起きることがあります。

著者が正しくて、自分が全面的に間違っているような気がしてくるのです。

意見を自分の中に取り込んで読む

高い共感力と想像力を持ってしまっている私は、大抵のことに共感しながら生きています。

もちろん、本を読む時も。

「自分」という固定化されたものを脇に置いて、まずは物語の世界観、著者の主義主張に飛びこんでいく。

読書中の精神を言語化すると、そんな感じのことをしていると思います。

臨場感あふれる物語世界を冒険するのは楽しい体験だし、共感性を活かしたこの読み方がマイナスな方にしか働かないとは思いません。

ただ、実用書を読む時にも同じ読み方をしてしまって困るのです。

動揺に対処するために必要な時間は

特に知識のためでなく、「この本から何かを得たい」「役立つことを知りたい」という前のめりな気持ちがある時はなおさら。

読んでいる時は、ひとまず著者の考えを全面的に受け入れようという体勢になってしまっています。

これは切り替えスイッチがついているものではなく、自動的に。

だから読んでいるうちに「著者が正しくて、自分が今までやってきたことは間違っていた」という錯覚に陥ることがあるのです。

こうなると、もう動揺まっしぐら。

「あの時のことも、この時のことも」と著者の考えに沿わない過去の記憶が次々に思い出されて、ひどく動揺し、目が冴えて落ち着かなくなってしまいます。

気持ちを落ち着かせるために、ひとり静かに考えこむ時間が必要になることもしばしば。

寝る前などは目を閉じて30分ほど、起きたままやろうとするともっとかかってしまいます。

取りこんだものを、分ける作業

この30分の間になにをしているかというと、内側に取り込んだ著者の考えと「自分はこう思う」という持論を、引きはがし選り分けています。

静かに考えているうちに気持ちが落ち着いてきて、
「そういえば私は、これについて○○という風に考えていたんだった」
と自分の気持ちが思い出せてくるのです。

ひとつ思い出したら、「そうだ、私には私の意見があった」と心強くなって、他に取り込んだ意見も選別していけるようになります。

とはいえ気づいて、分けて、落ち着いて……をしている30分間が、とにかくしんどい。

「自分は今まですべて間違えていたんじゃないか……」から始まる自己反省は、非常に重いものがあります。

しかも、著者と自分の考えをより分けたら落ち着けるだけで、マイナスをゼロに戻しただけ。

大きくプラスになるわけでもないことに30分もを費やしてしまうことが、無駄なのでは……? と思えて落ち着かないのです。

なにしろ30分あれば、記事がひとつは書けてしまいますから……(´・ω・`)

どうして動揺してしまうの?原因の考察

私はこの現象の原因を、自分軸の弱さ境界線の薄さにあると捉えています。

「自分は、こう思う」「私のやり方は、こう」という自分軸が、ありながらまだ柔らかいから、外からやってきた他者の考えに容易にぐらつかされてしまう。

境界線も似たようなもので、そもそも私は本に入りこんで読むから、読みはじめた時点で境界線は超えているんですよね。

だから意見の区分けが分からなくなって、「どっちだっけ……」となってしまう。

時間をかければ落ち着くことはできるけど、もっと短時間で落ち着ける方法、あるいはそもそも動揺しないで済む方法がないものか……?

模索しながら生きてます。



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