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アクセル全開女 愛国者学園物語68

 日仏の友情に亀裂を入れたこの事件では、真相を知ろうと、取材活動を始めた人々がいた。その一人は、日本政府が国立競技場で開催した、徴兵自衛官の行進式を取材した、あのフランス人女性ファニーだった。

 子供のころ、テレビで偶然日本のアニメ映画「AKIRA」を見たファニー。パリの大学で日本語と日本文化を専攻してテレビ局に入り、日本で仕事をして成功を収めた。休日は「AKIRA」の影響で、ホンダの400CCバイクに乗って走り回る彼女は人当たりが良く、日本人のファンや友人がたくさん出来た。しかし、日本社会が極右化する様子に衝撃を受けた彼女は、あの行進式の取材を最後に、日本を離れることを決めた。大ホテルで行われたさよならパーティーには、3千人以上もの人が集まり、彼女の帰国を悲しんだ。

 フランスに帰国した彼女はテレビ局を辞め、ある大学で研究員のポストを得たものの、かつての覇気を失っていた。愛する日本があのような醜い変貌を遂げたことに、ショックを受けていたからだ。そのせいか、ついに大学も辞めてしまい、生ける屍になっていた。


 ファニーは日本を愛するあまり苦しんでいた。


日本は過去の歴史に学んでいなかった……。

 愛国者学園のような学校が増えて愛国心を叫ぶ子供たちを大量生産した。政府は必要のない徴兵制度を復活させただけでなく、徴兵する若者の数を増員することを決定した。それは、近未来に発生すると想定される超巨大地震、南海トラフ地震に備えるのが目的だと日本政府は説明した。また、ある条件と引き換えに、多くの日本人が徴兵制度に賛成したことも、ファニーにはショックだった。

 多すぎる軍人は戦争を求めるであろうことをファニーは感じていた。21世紀、日本が他国を軍事的に侵略することはありえないが、集団的自衛権を根拠に、何処かの国へ自衛隊の大部隊を送り込むことは充分ありうることであった。そして現地で、現地人やテロリストと衝突を引き起こすか、現地勢力の小競り合いに巻き込まれて、武力を行使するだろう。

 トランプは、米大統領とは思えない言動で世界を侮辱し、アメリカだけの利益を求めた。それゆえ、日本にも海外派兵を求め、日本もそれに応じたから、日本兵が戦争に巻き込まれる可能性の飛躍的に増えた。こんな一昔前ならまず無理の派兵も、憲法改正で非常時大権(緊急事態条項)を手にした日本政府には不可能はなかった。事実上の一党独裁政権を率いる政権与党に対し、おとなしすぎる国民と叫ぶだけの野党は、ただ政府に従うだけの生き方しかできなかった。ファニーの愛する日本は消えてしまった。そして彼女の情熱もどこかに隠れてしまった。


 「人間には光と影があります。どちらか一方だけを見ていては駄目。あなたは経験を積んだジャーナリストなんだから、それがわかるでしょ。光も影も、どちらも併せ持つのが人間なのよ。そして、そういう人間が社会をつくっているの」

 ファニーの母は愛娘にそう説いた。自慢の娘はエネルギッシュで、正義感の強い女性だった。母はそんな娘を大いに誇りに思っていたが、親として娘の短所にも気がついていた。ファニーは熱し易く冷め易い性格の持ち主だった。そして、仕事の持続性に欠けていた。

 彼女の日本への愛情も、その好奇心が満たされる時は、彼女は沈まぬ太陽のように燃え続けるが、そうでないときはまるで月の裏側のように冷えていた。両極端なのだ。日本で働いていた時は、周囲の人たちが彼女のそんな気質をサポートしていたので、問題は起きなかったが今は違う。わが娘はもちろん生きてはいるが、それはジャーナリストとしてのファニーではない。母は娘が生き生きと仕事をしている姿が何よりも好きだった。愛する娘がうつむいて日々を過ごしている。私がファニーのエンジンをかけなければ。

 母の問いかけに、ファニーの反応は鈍かった。しかし、母は自分の思いが娘の心に届いたらしいことを感じた。短所は多くても元々は素直な娘だ。母にはそれが見えていた。

 そして、ある日、吉報が日本から届いた。それは国際ニュースメディア・ホライズンの編集部からで、ミスズ・ミツハシという女性からだった。そのメールを読んだファニーは依頼を快諾した。ついにファニーは息を吹き返した。彼女はもともと、「アクセル全開女」と呼ばれるほどのエネルギッシュな人だったから、パソコンとヘアブラシを京都で買ったバッグに押し込んで駅に突撃し、マルセイユ行きTGVに飛び乗った。ルイーズの家族や友人に会わなきゃいけない。フランスと日本の双方を知るファニーでなければ、この仕事、「私はルイーズ」事件の真相解明は出来ないだろう。

 やがてファニーたちのレポート「私はルイーズ事件」が刊行され、冷静な視点で、あの事件とその背後関係を解明した。


続く

大川光夫です。スキを押してくださった方々、フォロワーになってくれたみなさん、感謝します。もちろん、読んでくださる皆さんにも。