伏線回収の甘い罠

それまで散りばめられてきた伏線がパズルのようにガッチリはまり、一気に物語が収束すると、人々は拍手喝采! 「伏線がすげぇ~!」とSNSは絶賛一色に。アナタもきっと思うでしょう。「こんなかっこいい伏線回収を書いてみたい」と。

断言しますね。アナタも書けますよ。プロにはなれなかった私でも、それぐらいのコツは知っています。では、お教えしますね。メモのご用意はよろしいですか?

初稿を書き上げてから伏線を仕込めばいいだけ

そう、一度書き上げたラストをよ~く吟味し、逆算するんです。そして第2稿執筆時に、伏線を仕込んでいけばいいだけなんです。簡単でしょ?

最初から完璧な物に仕上げようなんて横着してはいけません。プロの世界では直しは必須。ならば、伏線だって直しで調整していけばいいんですよ。
(時間的制約の厳しい連ドラでは、それをプロットの段階でやるプロも多いでしょうが、直す工程という意味では同じこと)

さて、伏線回収のコツを伝授したところで、今回の本題に入ります。SNSで喝采されるような派手な“伏線回収芸”もいいのですが、私たちはまだ脚本家見習いです。ならば基本に立ち返って、伏線の真髄を学びませんか?

そもそも伏線というものは、《忍び》なんです。観ている人に「これは伏線だな」「伏線回収きたーっ!」などと脚本家の狙いに感づかれたら、本来は伏線失格。本筋のドラマへの集中を妨げず......つまりは、主人公への感情移入や謎への興味に観客が集中している間に、そっと《忍び》こみ、できれば鑑賞後も《忍び》続ける。それこそが伏線の真の醍醐味!真の《忍び》道! 脚本家の作為なんて、観客にバレない方がいいんですよ。

さてさて、もしかしたら「鑑賞後も《忍び》続ける」という記述に首を傾げている方も、結構いらっしゃるかもしれませんね。ここで、“伏線回収芸”の宝庫『ダイ・ハード』を例に挙げましょう。

・裸足で足の指を丸めるという高所恐怖症の克服法
 →マクレーンが裸足で闘わねばならなくなる
 →ハンスの名台詞「ガラスを撃て!」
 →裸足のマクレーン、大ピンチ!

これは、回収した瞬間に「おお~!」と声を上げたくなるような“伏線回収芸”。前述の通り、マクレーンを裸足にしてピンチを演出したいという逆算から、飛行機での謎のアドバイスシーンが生み出されたのでしょう。

では、問題です。この派手な伏線回収芸の裏で謎のアドバイスシーンが果たした、伏線としてのもう1つの役割にお気づきですか?少し考えていただきたいので、数行空けますね。しばし考えてからスクロールしてください。

正解発表!

飛行機でのアドバイスは全くもって意味不明なものでした。飛行機を降りてから裸足で足の指を丸めたって、高所恐怖症が治るわけないでしょう。それでもマクレーンは試してしまいます。そう!疑り深いはずの刑事なのに意外にも純粋で隙がある人物だと、観客は知らず知らず刷り込まれてしまったんですよ!
(しかも、マクレーンが刑事だと観客に明かしたタイミングでこの伏線!)

その結果、中盤に明らかに胡散臭い人質芝居をハンスが始めると、謎アドバイスおじさんと無意識に重ね合わせてしまいます。すると、裸足で足の指を丸めているマヌケな姿も脳裏によぎってしまうんですね。にも関わらず、我らがマクレーンは敵に銃を渡してしまうのだから、そりゃあ最大限にドギマギしてしまうワケです。「まずいよ、そいつがハンスだよ。信用しちゃダメだ!」と。

これこそが、私たち脚本家見習いが優先的に学ぶべき伏線術だと思います。“観客の心理を誘導するための伏線”は、ストーリーだけでは成し得ない面白さを付加していきます。「伏線回収が上手い!」と観客に持て囃されることよりも、観客に気づかれることなく効果を上げる《忍び》術をマスターしていきましょう。

大事なことなので、最後にもう一度言いますね。

脚本家の作為なんて、バレない方がいいんですよ。

☆意外にも『ダイ・ハード』は決定稿が固まらないまま撮影に入り、撮りながら脚本を仕上げていったそうです。そのため、今回指摘した伏線は偶然の産物という可能性もあります。しかし、わかりやすい例なので使わせてもらいました。本記事は作品レビューではありませんので、脚本術の勉強になるなら構わないでしょう。
☆余談ですが、「観客にどれだけの情報を与えるか」という視点でも、『ダイ・ハード』は大変勉強になる作品です。これについても、いつかお話ししましょう。

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※不定期ですが、週1を目安に更新していきたいと考えています。暫くは体系的に書くのではなく、何かの作品を観て思いついたテーマについて記す予定です。扱ってほしいテーマがある場合は、コメントをいただければできる限りお応えします。

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