TENETは“時系列”通りの親切設計

『TENET』の感想・レビューには「難解」という言葉がセットで使われています。しかし、ノーランが難解さを目指しているとは思えないんですよね。そこで、具体的なネタバレはせずに、『TENET』から学ぶべき脚本術を見ていきましょう。

TENETは“時系列”通りの一本道構成

は?お前寝たのか? 時間が進んだり戻ったり色々してたろ!......罵詈雑言が聞こえてきそうですが、私いたって本気です。

たしかに『TENET』は、時間の逆行をモチーフにした複雑な物語。だからこそ、ノーランはシンプルなプロットに仕立てているんです。

その仕組みを説明するにあたって、参考になる邦画を一本紹介します。それは人気劇団ヨーロッパ企画初の映画『ドロステの果てで僕ら』。

PCモニターを通して2分前や2分後の自分と繋がってしまうSFコメディなんですが、どんどん事態は複雑化していきます。当然演じているのは同じ人ですから、どれがどの時間の主人公かわからなくなりそうなものですが、そんな混乱は一切起きないんです。

さて、ヨーロッパ企画は脚本にどんな魔法をかけたのでしょう? 答えは簡単。冒頭に登場した主人公をワンカット長回しで追い続けたんです。つまり、私たち観客は目の前の主人公を追えばOK!一見複雑な物語も、私たちが目で追っている主人公が経験していく通りに綴られていき、まさしく《“時系列通り”の一本道》プロットに!

もうお分かりですね? ノーランも同じ手を使っているんですよ!

時間の逆行が起きようと、私たち観客は主人公を追っていけばいいんです。目の前の主人公が経験し、混乱し、学習し、前に進んでいく。そう、こちらもまさしく《“時系列通り”の一本道》じゃないですか!

脚本の勉強をしていると、脚本書き=物語作りと錯覚しそうになります。たしかに物語は脚本の根幹ですから。でも、同じ物語を脚本に仕立て直すコンテストをやれば、きっと実力差が如実に表れるでしょう。そう、脚本には物語作りと同じぐらい重要なスキルがあるんです。

観客に情報を与えるタイミング

情報の出し入れについては、今後も幾度となく記事を書くと思いますが、今日は『ドロステ』『TENET』から学べることをまとめておきます。

主人公をひたすら追う《“時系列通り”の一本道》構成にすることは、主人公が情報を得るタイミングと観客が情報を得るタイミングを揃えることになります。これによって、主人公と一緒に手探りで前に進む感覚を観客に楽しんでもらうことができます。

『TENET』の場合、時間の逆行というややこしい現象だけでなく、主人公が知らないことが多すぎるので、難解と思われがち。でも、ノーランはシンプルに主人公と一緒に冒険をしてほしいんですよ。

脚本を学んでいる皆さんも、まずは主人公との刺激的なアドベンチャーを楽しんで下さい。そのあとで、物語には手を加えず、情報の出し入れのタイミングだけを変えたプロットを考えてみましょう。ね? ノーランって親切でしょ?

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※不定期ですが、週1を目安に更新していきたいと考えています。暫くは体系的に書くのではなく、何かの作品を観て思いついたテーマについて記す予定です。扱ってほしいテーマがある場合は、コメントをいただければできる限りお応えします。

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