『メメント』から学ぶ ~なぜノーランは時制をいじるのか~

『TENET テネット』が絶好調のクリストファー・ノーラン。彼の出世作と言えば『メメント』です。公開時には某タレントが「編集遊び」と斬り捨てていましたが、それを読んだ私は拳をわなわなと震わせたものです。断じて言いましょう。これは単なる「編集遊び」なんかではありません!

映画『メメント』の概要
主人公は約10分間しか記憶を維持できない男。そのため、写真を撮り、時には自身の体にメモをしていきます。そのメモによれば、主人公は妻を殺した男を探しているのですが、なかなか思うように犯人捜しは進みません。それを“信用できない語り手”である主人公の視点から見せられて、終始混乱と不安に駆られる体験をするのが、映画『メメント』の醍醐味です。

この特異なスリラーは、時間が逆行する短いシーンから始まります。この映像が後の『TENET テネット』に繋がったことは言うまでもありませんが、今はそんなことはどうだっていいのです。大事なことは、まず現象を見せて観客を混乱に陥れる作劇術です。

《クリストファー・ノーラン作劇術》
①いきなり現象を見せる
②作品内ルールのチュートリアル
③ルールに則りつつも事態が複雑化していく
④混乱の果てに辿り着くのは人間ドラマ

これは私の分析にすぎず、異論もあるかと思います。全作品に当てはまる訳でもありません。しかし、とりあえずはこのまとめを呑み込んで最後まで読んで下さい。異を唱えるのはいつでもできますから。

さて、ノーラン作劇術が凝縮されている『メメント』では、①の後に②がきます。ここで本作の特徴的なルールが明示されるんです。それは、時系列が逆に綴られていくということ。


A.15:50~16:00

B.15:40~15:50

C.15:30~15:40

これがクセモノなんですが、時間がAからBへと進む(いや、戻る)とAのシーンの見え方が変わる仕組みになっているんですね。もちろんCになると、また見え方が変わります。こんな不安定なルールの中で、私たち観客は主人公と旅をさせられる訳です。

このように明確なルールを自ら作り出し、それにふさわしい物語を紡いでいくのがノーラン流ストーリーテリングなんですね。では、なぜこんなややこしいルールを自分に課しているのでしょう?

ノーランの時制操作は観客への情報コントロール術

簡単に言えば、観客に与える情報を制限するためです。与えられた情報の中で観客は整合性が取れそうな理解をしていきますが、時間が進む(いや、戻る)と新たな情報が与えられ、また再構築を余儀なくされます。こうして観客を主人公と似た混乱(厳密には同じではない)に陥れ、スクリーンに釘付けにすることこそが、ノーランの企みなんですね。

前回の記事では『TENET テネット』を題材に情報の出し入れ術について触れましたが、『メメント』もまたノーラン流情報の出し入れ術が光る作品です。しかも、情報のコントロールに関しては『メメント』の方が遥かに高度な技術が使われているんですよ。それは、低予算映画ゆえ派手な視覚的ギミックが使えない分、プロットによって幻惑的な世界を構築しているからです。

そうです。私たち脚本家見習いに役立つのは『TENET テネット』よりも『メメント』。時間の逆行構成をそのまま真似するのは芸がありませんが、本作でいかに情報をコントロールしているのかは、研究すべき技術です。何を知らないから観客は誤解してしまったのか? シークエンスごとに分析していくと、一般的な順行構成にも活かせるはずです。

また、本作が作為的な時間の省略を行っていないことも、特筆に値することです。ノーラン自ら設けたルールを観客に明示し、その後もルール通りにプロットを構築しているんです。もしごまかしを行えば、観客は途端に醒めていくわけで。ルールを一度決めたら最後まで全うするフェアプレイ精神も学びたいものですね。

☆一部のDVDには、時系列順に再構成されたバージョンが収録されています。しかし、こちらは面白みが大きく減じているんですよ。物語自体ではなく、情報の出し入れ術によって本作が刺激的な映像体験になったことが明白です。

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