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国民を餌食とする日本の記者クラブと談合システム

マスメディアの本来の目的は、国民が自らの手では届きにくい情報を伝えることである。例えば、世間で起きている事件や政府の政策や災害、天気やスポーツ、イベントなど、独自の連絡網や取材から得たあらゆる情報を国民へ提供する。しかし、マスメディアの報道や情報の入手方法が、いつも正しいとは限らない。日本のマスメディアでは、記者クラブと警察、政財界との談合が毎日のように起きており、真実が知らされない。

また、一般市民に対するマスメディアの行き過ぎた取材は、長年問題視されている。犯罪報道で被疑者や被告を実名で報道することや、家族や友人までも、生活に支障が出るほど追い回すことが、ある意味マスメディアの仕事なのだと、一般市民からは認識されていると言っても過言ではない。国民が暮らしやすいよう、情報を提供するはずのマスメディアだが、一般市民にとっては不信感ばかりが募っていくのが実情だ。

たとえ国民が彼らに追い詰められ命を絶ったとしても、言論・報道の自由や、表現の自由を盾に取り、日本のマスメディアは自らの立場を正当化する。他国のそれと比較しても、異質な日本の記者クラブで起きていることや、その談合システム、そして日本のマスメディアの未来について取り上げる。

日本の記者クラブ組織とは

 日本の記者クラブは、日本のマスメディアの最も重要な要素と言える。記者同士の親睦を図るためのエンターテインメントである他国のプレスクラブとは大きく違い、情報を統制するための組織であり、大手メディアの記者が所属する。記者クラブは次の3種類に大別される。

まず一つ目が、国会記者会館内や総理大臣官邸内など官公庁関連、次に、国会議事堂の衆議院内や自民党本部内など政党関連、最後に、東京証券取引所内や日本鉄鋼連盟内などの業界・経済団体関連である。

また、これらの記者クラブの他に、外国人記者たちの日本での活動拠点である日本外国特派員協会や、自由な報道を目指して発足した日本ジャーナリスト協会なども存在する。日本外国特派員協会や日本ジャーナリスト協会などは、フリージャーナリストや多国籍の記者たちが加盟でき、大手メディアの記者が所属する記者クラブとは異質である。

 日本の記者クラブの歴史の起点は130年も前に遡る。1890年に開催された第1回帝国議会では、議会は新聞記者による取材の禁止を命じた。それに対し、ある新聞社の記者たちが議会に出入り可能な記者団を結成。日本各地の記者が集まり、1910年代ごろから記者クラブとしての活動が本格化され取材組織として公認化、自由な取材が可能になった。

個人が加盟可能だった当時の記者クラブだが、日本が太平洋戦争を開戦した後には個人の加盟から各新聞社などの会社単位となった。1945年のポツダム宣言により記者クラブは取材組織としてではなく、他国に存在するプレスクラブのような親睦団体に変換するよう命じられたが、後に日本の政界や財閥などに精通していたジャパン・ロビーの圧力により、記者クラブの存在が特別措置として受け入れられた。

 このように、他国のプレスクラブと日本の記者クラブの存在意義が大きく違う理由は、この歴史にある。彼らは政財界と通じているため、社会の状況により記者たちの行動は大きく左右する。

端的に言うと、総理大臣が変われば、取材方法や報道の規制も変化する。そのような報道の変化により国民が得られるものは、国民にとって知るべき、または信頼できる情報ではない。マスメディアは記者クラブを筆頭に、政財界や警察からの教えを守り、一般市民の事件をエンタテイメント的に取り上げる。

日本メディアの執拗な報道

 日本の報道はもはや単なる社会制裁である。事件や事故その後の行方よりも、発生したその時点が優先され、世に伝えられる。長い歴史を持つ日本の報道で特に昨今問題となっているのが、マスメディアの一般市民への過熱した取材である。

例えば、死亡事故が起きるとすぐに、マスメディアは被疑者本人の生活状況や過去を関係する人々へ聞いてまわる。被疑者の自宅近所の店の主人や子供時代に通っていた学校の教師までも、執拗に追い回すこともある。なかでも実名報道については問題視されており、事件や事故を起こす20歳以上の人は、誰でも実名で報道されるという一般市民の共通の認識があるほどだ。20歳という成人年齢は少年法に関わるのだが、この成人年齢が2022年4月には18歳に引き下げられ実名での報道が可能になった。このことは、マスメディアにとって取材対象が拡大されることになり、今後更なる問題が生じるであろう。

 マスメディアが、実名報道は必須であると主張する理由は、事件や事故のきっかけや背景を世に知らせるためだという。氏名や写真など個人的な情報を公開することで、その事件や事故の苦痛なエピソードがより印象深くなり、犯罪の抑止力になると主張する。

同様の事件や事故を起こさせないことと、個人情報を公開することは別の問題である。実名を明かされるのは被疑者だけではない。たとえ小さな子供でさえも、重大事件や事故の被害者は実名で報道される。遺族たちは一生思い出したくもない体験をした後に、実名での報道により、何度も疑似体験をすることになる。

 マスメディアは国民の知る権利や報道の自由を主張し、被害者のプライバシーは守られない。これは完全にマスメディアからの被害と言える。実名報道と報道の自由や一般市民の知る権利、メディアスクラムと犯罪抑止力など、マスメディアの都合で使われる多くの言葉たちは、記者たち自身、自らの矛盾を十分に認識している。

事件や事故の当事者や関係者以外の一般市民は、好奇心で取得した情報をインターネット上で拡散する。この仕掛けられたシステムの沼に、マスメディアと一般市民の両者がはまり、事態が悪化しているのが現状である。

 報道における情報公開に関して他国と比較すると、米国は日本よりオープンである。これは米国社会自体が、市民によって成り立つ歴史に基づき、納得のいくものだ。しかしその米国でさえも、軽犯罪での名前や写真の公開をやめる動きが出ている。特にインターネット上には長く情報が残るため、後の人々の生活に支障をきたすためである。

実名報道が原則の国は他にも多くあるが、このような流れの中、日本での実名報道は非国家公務員の一般市民に集中する。マスメディアのスクープが無い限り、官僚や検察官などの支配階級にある上級国民はその罪でさえも揉み消されることが多々ある。そのような政財界の情報の統制には、記者クラブの存在が欠かせない。日常的に行われている談合というシステムで成り立つ彼らの関係は、一般市民には理解しがたい。

日本の記者クラブの談合システム

 日本では古くから談合と呼ばれるシステムがある。例えば、建設会社の競争入札などの前に行う事前交渉といった不正行為である。談合は一人の個人のみでは行われないため、組織的犯罪と言えるのだが、この談合というシステムが記者クラブと政治家や警察などの間に存在してしまうのが日本の報道の体質と言える。政治家は都合よく記者の質問の内容を事前に選び答えを用意し、会見で答える。政治家が触れたくない件に関して記者は質問を投げることができない。

記者クラブと政治家の間での談合システムが強まったきっかけとして、1974年にマスメディアが起こした有名なエピソードがある。外国特派員協会での会見で、日本の政界や状況に忖度しないニューズウィークやワシントンポストなどの外国人記者たちが、田中角栄元首相へ金銭問題についての質問を投げかけ、彼を失脚へ追い込んだのだ。その後、政治家たちは外国特派員協会での会見を避け、日本記者クラブや官公庁、政党関連の記者クラブでは触れられないような内容を、海外向けに発信したい政治家や専門家たちが外国特派員協会で会見を行うようになった。(記者クラブの会見とは別の使い方をしているということ。)

記者クラブは外国特派員協会と対立し、政治家は記者クラブを情報の統制のために利用している。例えば米国でのトランプ元大統領への質問はどうだろうか。インタビューされる当人には不躾な質問が繰り返されるが、核心を突いていたはずだ。

 日本に限らず、どこの国でもマスメディアは、その時の社会状態に強く依存するものである。ある分析では、西洋のマスメディアのシステムを地域で比較した際に、システムが同様に発展するなど多くの類似点がみられた。そこで東アジアの日本、韓国、中国の3国でも同じようにマスメディアの類似性を示すのかを分析したところ、政治的環境に大きく依存し、それぞれのシステムに違いが顕著に表れた。

日本のマスメディアは当該3国の中では比較的自由とみられ、分析の結果は世界報道自由度ランキングでも容易に知ることができる。2002年で26位であったが、2021年では67位と大きく転落している。報道の自由が尊重されていると、2010年には11位まで順位を上げたが、翌年2011年の東日本大震災の原発事故後には、検疫や警察、司法によるマスメディアへの威嚇が存在するとし、2016年は72位まで降格した。震災後の数年間は、原子炉メルトダウンについての情報や問題を取り上げることはタブーとされ、多くのニュースキャスターが突然降板したり、姿を消し、さまざまな憶測を呼んだ。その報道の規制は、一般市民にも手に取るように分かったものである。

 2020年から2021年の新コロナウイルスのパンデミック中では、政治家の表現をそのまま使用し、例えば医療崩壊といった専門家の言葉は使われず、報道の内容については政治家の承認が得られなければ公表できない。実名報道や一般市民の事件や事故を大きく取り上げる多くの記者たちは、国民の知る権利や報道の自由を主張する。一方で、彼ら自身が政治家や警察などと共謀し、国民へ真実を伝えないでいる。このような談合が行われている状態では、マスメディアと強いつながりがある政治家の会見や報道は、単なるショーに過ぎない。

衰退する日本のメディアと記者クラブの行方

 日本では古くから朝と夕に新聞が配達され、人々の生活の一部となっている。現在でも100以上の新聞が存在しているが、技術と共にメディアの存在が薄れているのも確かである。

マスコミ系の労働関係団体として日本最大規模である日本マスコミ文化情報労組会議が実施したアンケートでは、「官邸や政権に都合の良い報道ばかりが世に流され、忖度を認める。中間管理職や番組制作者らはトラブルに巻き込まれたくないため、事なかれ主義を通す。そのため、悪事を批判し、正していくことができない」などと現在のマスメディアを危惧するコメントがあった。小さな島国である日本では、同調圧力が絶えない。記者として、記者クラブという組織の中で生き残るには、談合システムから逃れられないのだろう。しかし、国民の一般的に流されるマスメディアの報道への信頼は確実に薄れてきている。

 パンデミック中には新聞やテレビの情報が信じることができないと、多くの日本人がTwitterに登録し、日本国外在住の人々から、海外で報道されている他国や日本の状況を知りたがった。情報は報道のプロからではなく(中には専門家もいるが)、YouTuberなどによって拡散される。メディアリテラシーや情報リテラシーの低い一般市民は、煩雑化する情報に圧倒され、半ば諦めた状態で情報を飲み込む。そのような人々をターゲットに、マスメディアは統制された情報を流す。

 安全で平和な国として知られる日本で、真実が一般市民へ届くことはあるのだろうか。インターネットで氏名と共に顔写真や経歴など、あらゆる情報が個人によって拡散される現代、マスメディアは派手なショーで視聴者をキープしなければならない。一時のマスメディアの快楽のために、一般市民のプライバシーは侵害され続ける。たとえ殺人事件の犯人だとしても、報道の売り物とされ、本来ならば更生されるであろう将来を閉ざされるとしたら、もはやマスメディアの存在意義は一体どこにあろうか。組織的な状態を好む日本人にとって、物事が統率された状態は不快ではない。しかし、記者クラブが政治家や警察、司法の共謀あってこそというのならば、記者クラブの解体をいち早く望むほかになく、他国のプレスクラブのように、単なる記者の交流の場へと遷移することは期待できない。

こちらの記事は、下記のリンク元を参考にしております。
The Asia-Pacific Journal Japan Focus  False Dawn: The Decline of Watchdog Journalism in Japan
PR TIMES MAGAZINE 「記者クラブとはどんな組織?活用方法や投げ込みの仕組みを解説」
「The Logic of Collusive Action: The Political Roots of Japan's Dangō System」
Media Systems and Political Systems in East Asia: A Comparative Analysis of China, Japan, and South Korea

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