見出し画像

僕には、むずかしい

先輩は赤信号で車を停めた。
となりの僕は目の前の景色に唖然とする。
不思議な交差点に出会ってしまったのだ。
いつ進めばいいのか、仮に進んだとして、どこに進めばいいのかも分からない。
いつもハキハキとした態度で、かき氷機のように次々課題を粉砕している先輩。
しかし今回ばかりは動きをピタリと止め、「これ行っていいと思う?」と純然たる後輩である僕に聞いてくる始末だ。

かねて、新しい意味で使われるようになった「蛙化現象」という言葉をなんというか下に見ているため、先輩にこの言葉は使わない。(現象を下に見出したら終わりだ。相手が人間ならまだ良かった。)
むしろ、先輩はどのようにこのピンチを乗り越えるのかに関心が高まった。
すると先輩は言ったのだ。
「俺には、むずかしい」と。

「この人にできないと思われたくない」
「何でもそつなくこなす人になりたい」
と、無理だと分かっていても思ってしまう。
完璧な自分像づくりに肝心な時間と労力を費やしてしまい、現実を生きるのが難しいのだ。

でもこの出来事があってから僕は、心の中で、
「僕には、むずかしい」
と日々唱えている。
そうすると、現実のなかに身を埋めることができるのだ。
あいつにとっては簡単、こいつにとっては楽勝。
どうであれ、僕にはむずかしいのである。

先輩はその後、当たり前のように然るべき(と推測される)タイミングで、然るべき(と推測される)道を行って事なきを得たのだった。
さすがだ。
やはり先輩のようになるのは、僕には、むずかしい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?