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積年の「シャンパン問題」

「あの、シャンパンありますか?」

  これは、いまの職場に勤め始めた当時、私が接客中に一番恐れていた質問である。

 私は地方の、とある観光ワイナリーで働いている。様々なお客様がワインを買いに来るが、この質問はよくある質問だ。

 で、一見シンプルに見えるこの質問。

 結論から言うと、うちに「シャンパン」はない。答えそのものは簡単だ。

 では、何が問題かと言うと、その質問に「当店にはシャンパンはございません」では済まないからだ。
 ちなみにスパークリングワインなら、ある。だがそうなると、お客様からしたら「いや、無いわけないでしょ」となる。

 どういうことか、これから説明しよう。

 泡のあるワインは、みんな「シャンパン」だと思っている方は多い。むしろ圧倒的大多数が、そう思っていると思う。だがここは、実はイコールではない。

 では「シャンパン」とは何か?

 すばり、スパークリングワインの一種である。フランスはシャンパーニュ地方で作られ、決まった品種(ピノ・ノワール、シャルドネ、ピノ・ムニエ)だけを使い、瓶内二次発酵(シャンパーニュ製法とも言う)で作られた、発泡するワインだけが、いわゆる「シャンパン」を名乗ることができる。

 ゆえに、それ以外の発泡するワインは「スパークリングワイン」であり「シャンパン」はその一種、というわけだ。

 だから、うちのような日本のワイナリーには「シャンパン」は無い。あるのはスパークリングワインだけだ。
 ただ、あまりにも「シャンパン」という言葉が有名過ぎて「発泡ワイン=シャンパン」というイメージが一般に浸透している、という実情がある。
 なので、お客様は皆「シャンパンありますか?」と聞いてくるわけだ。

 物凄く怠惰な言い方をするが、これが面倒くさい。説明する上で、非常に、めんどくさい。

 一からここを説明するのは時間がかかり、なおかつお客様には「あー、やっぱりワインってややこしくて面倒」とか思う方もいる。絶対、いる。

 ワイン好き、というか自分の推しの同担のを増やした私としては、そういう「面倒くささ」を、ライトな層のお客様に感じて欲しくないわけである。せっかく買いに来ていただけたのに、ワイン離れの元だ。

 ワイナリーで勤め始めた当初、私はしたり顔で「シャンパンは日本にはないんですー」といちいち説明していた。今考えたら、ウザい。人様の知らんことをいちいちつつく、嫌な店員である。
 実際に「シャンパンが欲しい」と言ったお客様に律儀に説明したら「それくらい知ってる!」と逆ギレされたこともあった(でもたぶん、ほんとは知らなかったと思う。恥をかいた、と思ったのでは。)
 
 でも正しいことを伝えないのもなあ…と、悩んだりもして、とにかく「シャンパンありますか?」という質問にビビっていた。

 ただ、他所のワイン専門店ならともかく、うちに「シャンパンありますか?」という質問があれば、イコールでスパークリングワインを求める方、というのが分かる話だ。
 そこら辺を割り切って以来、この質問が来ると、私はしれっと「スパークリングワインですね」と言ってご案内することにした。そこで突っ込んで聞いてくるお客様にのみ、詳しく説明することにしている。

 接客の基本として、私はお客様に不快な思いをさせてはいけない、と思っている。信条だ。なので、余計なことは言わない方針で、今は接客している。

 知識よりも、大事なもの。

 それはワインを楽しむことだ、と私は思う。シャンパンだろうとスパークリングワインだろうと、飲んで楽しめれば、それでいい。

 ちなみに、私自身は、炭酸が苦手なため、実はスパークリングワインは基本飲まない。クリスマスはとっておきの赤ワインを飲んだ。

 多様性は大事である。

 
 

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