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ココロのワクチン

ワクチン接種の一回目がようやく終わり、ハイキングに行きたいが注射をした左腕の軽い筋肉痛が24時間以上を経過しても収まらない。山歩きの最中に副反応で遭難して、救助隊員に「ワクチン接種の影響で左手が上手く使えない。」とは言いたくない。そこで私は小田原の石垣山に登ることに決めた。

石垣山は豊臣秀吉の小田原城攻めの際に城が築かれた山であり、山頂にはスイーツ・ショップの「ヨロイヅカ・ファーム」がある。小田原駅から約40分ほどの登山?の後にスイーツを食べるつもりだった。

私はいつも通り小田原駅で降りて通称「太閤農道」と呼ばれる坂道を約30分間昇り続けて山頂に着くと豊臣秀吉が築いた城趾の石垣を見学しながら一人のお年寄りが石垣の見学コースの遊歩道の落ち葉を竹箒で掃除して、遊歩道を歩き易くしているのを見かけた。私は「お掃除、ご苦労さまです。」と声を掛けてみた。

掃除をしていた老人は手を止めて「そんな大したことではないよ。ここら辺の石垣は重心がそれぞれの切石の後方になるように綿密に計算して積まれている。わしがまだ若い頃に苦労して積んだ石垣を見て、自分の過去を振り返ると気持ちが落ち着くから、そのついでだよ。」とその老人は答えるとまた落ち葉の掃除を再開した。

城趾のほとんどの切石の正面が斜め上約30°ぐらいの角度に向くかたちで積まれている。これは切石の後方約3割の位置に重心を置いている事を示している。私はご老人がこの石垣積みに関わっているならば石垣積みの実務にかなり精通しているなと思った。

石垣好きとしては実務家の貴重な話を聞いてみたいと思う。しかし、ご老人にとって公園の掃除は心の平穏を保つための大切なルーティンの可能性があるので黙ってその場を立ち去った。

その後、公園内を散策している時に良い考えが浮かんだ。「隣の〈ヨロイヅカ・ファーム〉でお菓子を買って、休憩しながら話を聞けばいい。」取り敢えずは食べ物で釣る幼稚で底の浅い思い付きの計画だった。私は遠目にご老人が公園内にいることをしっかりと確認して、公園に隣接したスイーツ・ショップで〈シュー・アラ・クレーム〉を2個買うと急いでお年寄りのところに戻った。お年寄りが公園内にいる間に用事を全て済ませる必要があるので飲み物を買う余裕は無かった。

公園内は城趾の特徴で出口は一箇所しかなく、道は曲がりくねっていて、周りは崖に囲まれている。老人の脚で遠くに行けるとは思われなかったがご老人を見つけることはできなかった。

探しても見つからないものはしょうがないので私は用意していた〈シュー・アラ・クレーム〉を一人で2個食べることに決めた。それは硬めのシュー生地にカスタード・クリームが入った美味しいスイーツで硬めのシュー生地が私の〈石垣色の脳細胞〉を刺激して思考活動を活発にしてくれた。

石垣が築かれたのが約500年前の戦国時代後期、その後、本格的な修復はされていない。ご老人が若い頃にこの石垣を積んだならばご老人は500才以上のご高齢か?天寿を全うして、現在は第二の人生を生きている事になる。ご老人がこの世の理の外側にいるならば出口が一箇所しかない公園から消えた理由もかなり無理がある説明ができる。

たった1回のワクチン接種で筋肉痛になる平凡な私には正しいことは分からないが過去を振り返りながら前向きに生きていくことに年齢も寿命も関係がないのかもしれないと思うのだった。

#小説

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