見出し画像

大切な距離

ある夜、仕事帰りに公園のの中でピンク色のジャージを着て中国拳法の演舞の練習をしている女性がいた。その人は両手を身体の前で合わせて、呼吸を整えてから街灯の薄明かりの中に突きを繰り出した。突風のような速さで下段蹴り、腰を落として脚払い、後ろに飛び上がって、正拳突きの構えをしてから、私の眼には映らない誰かと向き合っているようだった。美しかった。もし、いつも通りにその公園の砂場を横切るように自宅に迎えば自分が感動した美しさを壊すようで、私は公園の外を迂回して帰宅した。もちろん、公園の生け垣を挟んで横目でその演舞の練習をする女性を練習の邪魔だけはしないように見ていた。

郊外のある街で看板に面白い注意書きがあった。
「野生の猿の目撃情報があります。目を合わせると襲いかかる恐れがあります。絶対に目を合わせないようにして下さい。」
線路沿いの路上で住宅の塀の上を猿がこちらに向かってくるのを気づくまでは私には無関係な事だと思っていた。私はその猿に襲われたくないので目をそいつから逸らして歩いていた。しかし、気になるので横目で相手を見るとその猿もこちらをチラチラと見ていた。お互いに相手の隙を窺いながら、手出しできない距離を保ちながらすれ違った。そいつが私の真横を通り過ぎてから約5歩辺りのところで私は後ろを振り返った。その猿がこちらを見ていた。私はカメラを取り出して慌てて写真を撮った。猿の顔が不審者を観るような冷めた顔つきになっていた。改めてその時の写真を見ると私にはその猿のお尻と顔の区別が上手く見分けがつかない。これではどちらが他人に迷惑を掛ける不審者なのかよく分からない。その猿にも近づいてはいけないように思った。
コロナ禍が明けて、東京の街にイベントが戻ってきた。ステージ上からボーカリストが観客を煽る、観客はそれぞれのやり方でライブを楽しむ。バンドの演奏は熱を帯びていく。「イッペイさん」と紹介されたドラマーがタイトなリズムを刻む。やはりイッペイさんはここでもみんなの注目を集めている。私は会場で演舞の女性や路上マナーをしっかりと守っていた猿には出来なかった事を思い切り楽しむ。だから私はライブが好きだ。明日も出掛けよう。時計を見たら今日だった。眠れない時はこうして下らない文章を書いている。
#エッセイ
#休日の過ごし方
#六本木ヒルズ
#街歩き
#猿
#小田原


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?